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ゼロとハチ
後編
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奥山は扇原に対し「良いんですよ」と言ってから戸田に視線を向ける。
「お前が言わんとしていることはわかるよ。『ゼロ』は『俺の親父が作ったとされる個体』だ。もちろんハチには期待しているし、確かに優秀ではあるが……、どうなんだろう。あの話は特殊というか、ここにいる個体とは少し違うからなぁ」
「それはわかっています。あれは『試作品』なんですよね? だから通称『ゼロ』。それなのに、予想を遥かに上回る結果になったばかりか、それ以上の個体が生まれることはない程の成功作となった。あまりの出来に、出荷前にも関わらず特例として数々の『他国調査』を成功させた。しかし『ゼロ』は出荷される直前に自分を作った研究者たちを施設ごと……」
「爆破した」
扇原は横から口を挟み、そのまま続けた。
「そういう話だ。ただな、今お前が言った通り、そこにいた研究者は施設もろとも吹き飛んでしまった。『ゼロ』の実験データとされる数値を確かめる術はもちろん、出荷前の『他国調査』に関する情報だってどの国にも残っていない。その後の『ゼロ』の行方だって不明のままだ。そうなると、『ゼロ』は本当に存在していたのか、という話になる。実験は危険が伴うが失敗は許されない。施設が爆発したのは研究者の不備であり、こうした失敗を世に出さないようにする為、濡れ衣を着せる存在として、あの施設の研究者が『ゼロ』という『保険』を掛けていたという可能性だってある。そんな幻ともいえる存在の実験データを追い求めるのも良いが、あまり拘り過ぎると足元をすくわれるぞ」
扇原の鋭い視線に、戸田は「わかりました」と不承不承に答えた。
戸田の返事に力を誇示するように扇原は小さく頷き、「では、後を頼むぞ」と言って試験場を後にした。
戸田は試験場の扉が閉まると振返ると、眉根を寄せながら口を開いた。
「あんな言い方、奥山さんのお父さんに対して失礼じゃないすかね。まるで奥山さんのお父さんがミスをしたとでも言いたげな……。だから天下りの『いるだけ人間』は苦手なんす」
「まぁまぁ。扇原さんの言い分もわからなくはないし、そもそも俺は気にしてないよ」
「奥山さんは人が好過ぎるんすよ」と戸田はタブレット端末の画面を数回ペンで叩いてから、「でもちょっと気になることがあるんすけど」と言って話を続けた。
「『ゼロ』はどうして施設を爆発なんかしたんですかね。どの国に出荷されたとしても、『ゼロ』なら絶対に上手くいったはずでしょ? それこそ国を、なんなら世界を裏から操ることだって出来たかもしれない。それくらいの力を持った『ゼロ』が、わざわざ施設如きを壊す必要なんてなかったと思いませんか?」
「俺も詳しくは知らないが……。一つ言えるのは、少なくとも親父はそんなミスをするような人間じゃなかったってことだ。さらに言えば『ゼロ』の実験データはおろか、『他国調査』の記録も残っていないなんて、これもまたおかしい。親父が作ったなら必ずどこかにバックアップの一つは取っているはず。だとすれば『ゼロ』を『保険』扱いしたがった、もしくは潰しておきたかった何者かの圧力が働いているような気がしないでもない」
「本当の黒幕がいるんじゃないかってことですね?」
「あくまで俺の想像だがね」
「その黒幕のこともいつか、このハチに調査してもらえると良いですね」
奥山は静かにベッドに座ったハチを、希望の眼差しとともに見つめていた。
――あれから半年の月日が流れ、再び試験日が訪れた。
「大変です! ハチの数値がどれも異常値に……」
「な……、何て数値だ……。システム側のエラーじゃないのか?」
「システムエラーは認められません。確実にハチの力が異常なまでに上昇しています……、あぁ! ダメです! これ以上制御が効きません!」
施設内に緊急事態を知らせる警報が鳴り響く中、白衣を着た研究員は走り回り、幾人もの大きな声が行き交っている。
奥山は施設長に呼ばれ、施設長室にいた。
「奥山! これは一体、どうなっている? 今朝のメディカルチェックは問題なかったのだろう?」
「はい。今朝も特に異常はありませんでした」
扇原の視線が奥山とモニターを行き来する。
「では何故こんなことが起こっている? お前の確認が疎かになっていたんじゃないのか?」
「そんなことはないと思いますが……」
扇原はまるで犯人に自白させるかの如く、見開いた目を充血させ、唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。
「くそ! 抑えろ! 他の『他国調査』の個体を何体使っても良い! 何としても奴を抑えるんだ!」
試験会場を管理する管理室へと繋がるマイクに向かって、扇原はまたも声を荒げた。
「こんな失態、『上』に知られたら……」
扇原の心の声が奥山の耳まで届いた。
その後、扇原は無言のまま試験会場を映し出すモニターを見ていたが、求める結果にならなかったのか、激しく舌打ちをした。
そして、管理室から現実を突き付ける知らせが届く。
「施設長! 個体番号イチからロク、失敗です! ハチの暴走を止めることが出来ません」
「く……、あと三体、『他国調査』はあと三体残っているはずだ! 早くそいつらも向かわせるんだ!」
「しかし、あの三体はまだ出荷の目途すら経っていない新規個体で……」
「施設長の私に逆らうのか? 私が向かわせろと言ったら、黙って向かわせるんだ!」
「あ! ダメです! もう試験室の扉が……壊され……あぁ!」
その言葉を待たずに、試験室の映像、そして管理室との音声が途切れた。
「どうなっているんだ……。何が起こっている……」
扇原は髪の少なくなった頭を両手で抱え込む。
「奥山……。あいつは、ハチは何をするつもりなんだ?」
その瞳には涙が浮かんでいた。
奥山が口を開こうとしたその時、後ろから銃声にも似た大きな音が轟く。
振り返ると、そこには施設長室の扉をこじ開けたハチの姿があった。
「は……、ハチ……」
扇原の声は震えていた。
次の言葉を投げかけようと必死に口を動かしてはいるが、言葉にならないといった表情をしている。
ハチはゆっくりと部屋の中へと進んで行く。
「と、止めろ! 奥山、ハチを止めるんだ!」
扇原は人差し指で奥山とハチを何度も繰り返し指した。
「奥山! 聞こえんのか!」
「私にもこの状況はもう……」
扇原の顔はみるみるうちに青ざめていく。
そして何かを察したような表情を見せると、ハチに向かって言った。
「ハチ……、良く聞け。『上』には俺から良いように報告しておいてやる。悪いようにはしないさ。約束だ。どうだ、俺と手を組まないか?」
その言葉に、ハチの動きが止まった。
扇原は口元を緩ませる。
「そう、それで良い。お前は『ゼロ』とは違う。幾ら優れているからとはいえ、お前が『上』から消されることもないんだ」
ここぞとばかりに、扇原は流暢に言葉を続けていく。
「『ゼロ』は『他国調査』という存在そのものを問題視しただけでなく、『他国調査』に行った国々でそれを言葉巧みに吹き込み、施設に多大な損害を与えようとした。だから『ゼロ』を製造した奥山の親父とともに消すことになったんだ。だがお前は違う。まだやり直せる。俺と一緒に、世界をこの手に掴もうじゃないか」
そうハチに向かって問いかけながら、扇原が手元の抽斗を静かに開けているのを奥山は視界に捉えていた。
「ハチ。お前の言葉を聞かせてくれ」
諭すような優しい口調でハチに言葉を掛けた次の瞬間、扇原はハチと奥山に向かって拳銃を向ける。
「俺に楯突くなどお前も『ゼロ』と同じだ!」
不敵な笑みを浮かべた扇原は、その表情のまま奥山へと視線を移す。
「悪いが奥山。この話を聞いた以上、お前もハチもろとも消えてもらう」
その言葉が投げられた直後、部屋中に二発の銃声が轟く。
それと同時に――……、
扇原は首から血を流し、床に崩れ落ちるように倒れたのだった。
扇原の隣には、大量の血が滴るナイフを持ったハチが立っている。
ハチは扇原から視線を前に戻すと、ゆっくりと口を開いた。
「あなたが『ゼロ』ですね……」
奥山は親指と人差し指で摘み上げた銃弾を顔に近づけると、笑みを浮かべながら言った。
「扇原さん……。これも保険扱いとして処理しておきますよ」
「お前が言わんとしていることはわかるよ。『ゼロ』は『俺の親父が作ったとされる個体』だ。もちろんハチには期待しているし、確かに優秀ではあるが……、どうなんだろう。あの話は特殊というか、ここにいる個体とは少し違うからなぁ」
「それはわかっています。あれは『試作品』なんですよね? だから通称『ゼロ』。それなのに、予想を遥かに上回る結果になったばかりか、それ以上の個体が生まれることはない程の成功作となった。あまりの出来に、出荷前にも関わらず特例として数々の『他国調査』を成功させた。しかし『ゼロ』は出荷される直前に自分を作った研究者たちを施設ごと……」
「爆破した」
扇原は横から口を挟み、そのまま続けた。
「そういう話だ。ただな、今お前が言った通り、そこにいた研究者は施設もろとも吹き飛んでしまった。『ゼロ』の実験データとされる数値を確かめる術はもちろん、出荷前の『他国調査』に関する情報だってどの国にも残っていない。その後の『ゼロ』の行方だって不明のままだ。そうなると、『ゼロ』は本当に存在していたのか、という話になる。実験は危険が伴うが失敗は許されない。施設が爆発したのは研究者の不備であり、こうした失敗を世に出さないようにする為、濡れ衣を着せる存在として、あの施設の研究者が『ゼロ』という『保険』を掛けていたという可能性だってある。そんな幻ともいえる存在の実験データを追い求めるのも良いが、あまり拘り過ぎると足元をすくわれるぞ」
扇原の鋭い視線に、戸田は「わかりました」と不承不承に答えた。
戸田の返事に力を誇示するように扇原は小さく頷き、「では、後を頼むぞ」と言って試験場を後にした。
戸田は試験場の扉が閉まると振返ると、眉根を寄せながら口を開いた。
「あんな言い方、奥山さんのお父さんに対して失礼じゃないすかね。まるで奥山さんのお父さんがミスをしたとでも言いたげな……。だから天下りの『いるだけ人間』は苦手なんす」
「まぁまぁ。扇原さんの言い分もわからなくはないし、そもそも俺は気にしてないよ」
「奥山さんは人が好過ぎるんすよ」と戸田はタブレット端末の画面を数回ペンで叩いてから、「でもちょっと気になることがあるんすけど」と言って話を続けた。
「『ゼロ』はどうして施設を爆発なんかしたんですかね。どの国に出荷されたとしても、『ゼロ』なら絶対に上手くいったはずでしょ? それこそ国を、なんなら世界を裏から操ることだって出来たかもしれない。それくらいの力を持った『ゼロ』が、わざわざ施設如きを壊す必要なんてなかったと思いませんか?」
「俺も詳しくは知らないが……。一つ言えるのは、少なくとも親父はそんなミスをするような人間じゃなかったってことだ。さらに言えば『ゼロ』の実験データはおろか、『他国調査』の記録も残っていないなんて、これもまたおかしい。親父が作ったなら必ずどこかにバックアップの一つは取っているはず。だとすれば『ゼロ』を『保険』扱いしたがった、もしくは潰しておきたかった何者かの圧力が働いているような気がしないでもない」
「本当の黒幕がいるんじゃないかってことですね?」
「あくまで俺の想像だがね」
「その黒幕のこともいつか、このハチに調査してもらえると良いですね」
奥山は静かにベッドに座ったハチを、希望の眼差しとともに見つめていた。
――あれから半年の月日が流れ、再び試験日が訪れた。
「大変です! ハチの数値がどれも異常値に……」
「な……、何て数値だ……。システム側のエラーじゃないのか?」
「システムエラーは認められません。確実にハチの力が異常なまでに上昇しています……、あぁ! ダメです! これ以上制御が効きません!」
施設内に緊急事態を知らせる警報が鳴り響く中、白衣を着た研究員は走り回り、幾人もの大きな声が行き交っている。
奥山は施設長に呼ばれ、施設長室にいた。
「奥山! これは一体、どうなっている? 今朝のメディカルチェックは問題なかったのだろう?」
「はい。今朝も特に異常はありませんでした」
扇原の視線が奥山とモニターを行き来する。
「では何故こんなことが起こっている? お前の確認が疎かになっていたんじゃないのか?」
「そんなことはないと思いますが……」
扇原はまるで犯人に自白させるかの如く、見開いた目を充血させ、唾を飛ばしながら怒鳴り散らす。
「くそ! 抑えろ! 他の『他国調査』の個体を何体使っても良い! 何としても奴を抑えるんだ!」
試験会場を管理する管理室へと繋がるマイクに向かって、扇原はまたも声を荒げた。
「こんな失態、『上』に知られたら……」
扇原の心の声が奥山の耳まで届いた。
その後、扇原は無言のまま試験会場を映し出すモニターを見ていたが、求める結果にならなかったのか、激しく舌打ちをした。
そして、管理室から現実を突き付ける知らせが届く。
「施設長! 個体番号イチからロク、失敗です! ハチの暴走を止めることが出来ません」
「く……、あと三体、『他国調査』はあと三体残っているはずだ! 早くそいつらも向かわせるんだ!」
「しかし、あの三体はまだ出荷の目途すら経っていない新規個体で……」
「施設長の私に逆らうのか? 私が向かわせろと言ったら、黙って向かわせるんだ!」
「あ! ダメです! もう試験室の扉が……壊され……あぁ!」
その言葉を待たずに、試験室の映像、そして管理室との音声が途切れた。
「どうなっているんだ……。何が起こっている……」
扇原は髪の少なくなった頭を両手で抱え込む。
「奥山……。あいつは、ハチは何をするつもりなんだ?」
その瞳には涙が浮かんでいた。
奥山が口を開こうとしたその時、後ろから銃声にも似た大きな音が轟く。
振り返ると、そこには施設長室の扉をこじ開けたハチの姿があった。
「は……、ハチ……」
扇原の声は震えていた。
次の言葉を投げかけようと必死に口を動かしてはいるが、言葉にならないといった表情をしている。
ハチはゆっくりと部屋の中へと進んで行く。
「と、止めろ! 奥山、ハチを止めるんだ!」
扇原は人差し指で奥山とハチを何度も繰り返し指した。
「奥山! 聞こえんのか!」
「私にもこの状況はもう……」
扇原の顔はみるみるうちに青ざめていく。
そして何かを察したような表情を見せると、ハチに向かって言った。
「ハチ……、良く聞け。『上』には俺から良いように報告しておいてやる。悪いようにはしないさ。約束だ。どうだ、俺と手を組まないか?」
その言葉に、ハチの動きが止まった。
扇原は口元を緩ませる。
「そう、それで良い。お前は『ゼロ』とは違う。幾ら優れているからとはいえ、お前が『上』から消されることもないんだ」
ここぞとばかりに、扇原は流暢に言葉を続けていく。
「『ゼロ』は『他国調査』という存在そのものを問題視しただけでなく、『他国調査』に行った国々でそれを言葉巧みに吹き込み、施設に多大な損害を与えようとした。だから『ゼロ』を製造した奥山の親父とともに消すことになったんだ。だがお前は違う。まだやり直せる。俺と一緒に、世界をこの手に掴もうじゃないか」
そうハチに向かって問いかけながら、扇原が手元の抽斗を静かに開けているのを奥山は視界に捉えていた。
「ハチ。お前の言葉を聞かせてくれ」
諭すような優しい口調でハチに言葉を掛けた次の瞬間、扇原はハチと奥山に向かって拳銃を向ける。
「俺に楯突くなどお前も『ゼロ』と同じだ!」
不敵な笑みを浮かべた扇原は、その表情のまま奥山へと視線を移す。
「悪いが奥山。この話を聞いた以上、お前もハチもろとも消えてもらう」
その言葉が投げられた直後、部屋中に二発の銃声が轟く。
それと同時に――……、
扇原は首から血を流し、床に崩れ落ちるように倒れたのだった。
扇原の隣には、大量の血が滴るナイフを持ったハチが立っている。
ハチは扇原から視線を前に戻すと、ゆっくりと口を開いた。
「あなたが『ゼロ』ですね……」
奥山は親指と人差し指で摘み上げた銃弾を顔に近づけると、笑みを浮かべながら言った。
「扇原さん……。これも保険扱いとして処理しておきますよ」
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