魔族とエルフの異世界旅行記

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威嚇

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魔族
 高い身体能力と魔力を保有することで生態系の上位に君臨していた人類の天敵。長い寿命と豊富な魔力によって人知の及ばない魔法を編み出し、他種族を駆逐する彼等は永らく恐怖の対象だった。
 国と種族の垣根を越えた対魔族同盟が組まれ、500年を超える壮絶な戦いの後、人類は魔族を駆逐することに成功する。

魔族の滅亡
それが、今から20年前の出来事である。


「あなた、魔族だったの。」

「あっ、ご迷惑はおかけしませんので・・・」

 利子は自分の種族を明かすが、深刻な表情のエリーゼに最悪の事態が頭をよぎる。

「もしかして、この国、魔族NGだったりします? 」

「見つけ次第、討伐対象よ。」

 王国だけじゃない。世界のどこにも魔族の居場所なんてない。

「そんな・・・私、帰りたいだけなんです。」

 目の前の魔族は本当に魔族だろうか? 人間に助けを求める魔族など聞いたことがない。
 魔族を助ける人間なんていない。そんな事をしたら極刑は免れないだろう。いや、魔族に操られているとして問答無用で殺される。
 万が一、魔族を見つけた場合は衛兵に知らせなければならないが、エリーゼは現状と自身の知識を総動員して魔族と敵対するか協力するか、双方のメリットとデメリットを天秤にかける。

「あの2人には人間ということにしておいて。」
「え? 」
「私が貴女の面倒を見てあげる。その代わり、私を手伝いなさい。」

 こんな状況で魔族と敵対する程、私はバカじゃない。
 エリーゼは生き残るために魔族へ取引を持ち掛ける。実の所、エリーゼの一族は魔族と取引をしていた過去があり、魔族との接し方に関しては知識を持っていた。


「外、見える所にゴブリンライダーが1騎。」
「1騎? 全員でかかれば倒せるんじゃないか? 」
「動くな。」

 岩陰に身を潜めるククリは、身を乗り出そうとしたノルンを引き留める。

「ありゃ囮だ。何騎いるか分からんが、出た途端囲まれる。」
「くそぅ。ほんとにゴブリンかよ! 」

 ノルンは野生のゴブリンしか見たことが無かったため、高度な戦術を使う「訓練」されたゴブリンに恐怖を抱く。そして、ハンターであるククリはゴブリンの身のこなしとフォレストウルフを観察し、人間による訓練が行われていると判断していた。居住地が襲撃された時から感じていた事だが、襲撃の感覚が野生動物の襲撃よりも、軍による攻撃に近かったからだ。

「お待たせ。」
「完全に囲まれた。」
「・・・もう、お終いだ。」

 合流したエリーゼに、ククリは状況を説明する。

「心配ない、死霊術士が協力してくれるわ。」
「あんな小娘に何ぎゅふ・・・」
「よし、奴の攻撃呪文は何だ? 」

 狼狽するノルンの口を黙らせたククリは、エリーゼから死霊術士の能力を聞き出して連携攻撃を組めるか確かめようとした。

「彼女が奴等を追い払うわ。」
「何? あれは只のゴブリンではないのだぞ! 」

 魔法には野生動物を寄せ付けない物もあるが、対象が魔物であった場合、術者には相応のレベルが必要になる。たかがゴブリンでも、訓練されたゴブリンは高位魔術士か大魔法使いクラスでなければ追い払えないだろう。

「赤羽利子。ここを乗り切れたら、貴女を仲間としてナルファナへ案内します。」

「あの、私、こういうのは・・・」

「おねがい。私達を助けて。」

 エリーゼの必死な願いに、利子は洞窟の外へ出てしまう。

グルグルグル・・・ザザッ

 最初1騎だったゴブリンライダーは、利子が姿を現した瞬間左右から新手が現れて彼女を取り囲こみ、中央のゴブリンがフォレストウルフから降りて利子の目の前まで歩いてきた。

「・・・中ニイル人間ヲ引キ渡セ。」

 人語を喋れる? ゴブリンが言葉を発したことで、利子は対話による平和的な解決の可能性を見出したが・・・

「私は何もしません。中の人達をどうする気ですか? 」

「分カリ切ッタ事・・・男ハ殺シ、肉ヲ魔王様ヘ捧ゲ、女ハ繁殖ニ使ウ。」

 あ~、うん。ダメだこりゃ。
 利子は一瞬で対話による解決を諦めた。


 一方、洞窟内ではエリーゼ達が固唾を呑んで見守っていた。

「おいっ、不味いんじゃないか? 」
「奴等、死霊術士を恐れていない。威嚇は意味が無いぞ! 」
「大丈夫、二人とも大人しく見てて。」

 利子を一般人だと思い込んでいるノルンと死霊術士だと思っているククリは、1人で行かせたことを判断ミスと思っているようだ。しかし、利子の正体を知っているエリーゼには勝算があった。
 魔族や魔物は同属性の強い者に従う習性がある。そして、様々な強さがある中で、魔力量が一番大きな指標となっていた。ハイエルフの大魔法使いを越える魔力を保有していたとされる魔族が、下級の魔物相手に負けるわけがないのだ。

「魔力量はまだ650偽装か、周りのゴブリン共は・・・げっ、600もあるの!? 」

 エリーゼは水晶球を利子にかざして推移を見守るのだった。


「退ケ、邪魔ヲスレバ容赦シナイ。」

 ゴブリンはキャバリーランスを構えながら利子に近付いてゆく。その光景を見て、利子は平和的な解決が時間切れとなった事を悟った。
 人生経験の少ない利子は、話し合いによる解決が中々成功しない事に無力感をかみしめる。
 どうして上手く行かないのだろうか? 今は考えたところで意味がない。人として平和的な解決が出来なくなった。だったら、魔族として平和的に解決する他ない・・・


 ククリとノルンは些細な違和感を持つ。一瞬にして空気の質が変わったような気がした・・・

「魔力量800、900、1500、リミッターを解除したみたいね。」

 エリーゼは水晶球に表示される魔力量がどんどん上がるのを見て安堵する。これでゴブリン共は彼女(利子)に歯向かう事はしないだろう。後はナルファナまで付いてきてくれれば無事に帰れる。

3000、4700、6200、8000・・・


「凄い、エルフの大魔法使い並みだわ。」

 上限を感じさせない上昇量にエリーゼは感心するが、、、

12000、25000、54000・・・

「えっ!? うそ・・・」

 ギャー、ギャーギャー
 洞窟の周囲では、異常を察知した動物と魔物達が一斉に逃げていく。

80000、97000、10万、14万、20万・・・

「さん、じゅうまん・・・」


 リミッターを解除した利子の前に、3匹のゴブリンが平伏していた。彼等は利子の魔力量が1万を超えた時点で武器を捨てて頭を地面に深く突き立てており、その後ろではフォレストウルフが尻尾を腹部まで丸めて震えあがっている。

「それで? 私の寝床に土足で入る気? 」

「滅相モ御座イマセン! 」

 視線だけでも強烈な魔力波を発する利子に、ゴブリン達は頭を上げる事が出来ない。

「中の人間は私と契約しています。大した用が無いなら行きなさい。」

 利子の声に、ゴブリン達は逃げるように去って行った。


 この出来事がきっかけで、エリーゼの所属するDランク冒険者パーティーに邪神が加入する事となる。
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