魔族とエルフの異世界旅行記

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ナルファナ

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王国領東部最大の都市ナルファナ
 魔王軍との戦争において最前線拠点であったナルファナは難攻不落の城塞都市である。戦争が終わった後も城塞都市としての機能は維持されており、高さ16メートルの二重防壁には十分な数の衛兵が常時駐留し、魔族や呪い除けの守護結界で覆われているなど、軍事色の強い都市である。
 現在は東方貿易と旧魔王城があった辺境開発の拠点として目覚ましい発展を続けており、多くの商人や開拓団が訪れるホットスポットとなっていた。

防壁東側

「通って良し。商人は直ちに衛兵所へ襲撃を報告せよ。」

 事情を説明した商人によって、衛兵は半壊した商隊の通行を許可する。様々な都市と交易を行っている商人なだけあって、護衛にエルフがいたり、盗賊の奴隷がいてもうまく立ち回っていた。
 商人と分かれたリュクス達は最初の防壁を越えた先にある検疫所へ進む。
 この城壁は強度の高い岩石を匠の技をもって組み上げて魔法で補強するタイプだが、高い防御性能もさることながら、高度な魔法回路が組まれていたため、リュクスの関心を引いた。

「魔王軍でも破れなかった城壁だ。」

「確かに、強固な壁だな。」

 ジンの言葉にリュクスは応えるが何か引っかかる。確かに壁は強固だが、この程度で魔族は止められない。どうも、この世界の魔族は自分の認識と大きく異なるようだ。
 そもそも、この世界は魔族が人間を養殖するために作った箱庭セットで、魔族がいたとしても管理者か探している学生くらいだろう。箱庭に入ってから闇属性の人間を1人も見ていない事から、この世界では闇属性の持ち主は全員魔族と判断している可能性が高い。

「やっと、休めるぜ。」
「検疫所を抜ければ町だ。」

「・・・」
「着いちゃった。」
「私達、もう逃げられない。」

「縛り首になるなら、このままでも・・・」

 護衛達は意気揚々と荷物を運んでいく一方、奴隷や山賊達の顔は沈んでいる。


「へぇ、検疫所ってのは、この事だったか・・・」

 リュクスの前に広がるのは、第二城壁と同化した巨大な対魔結界だった。城壁の防御力に結界の防御力を上手く組み合わせてあり、検疫所は通る事で闇属性の者を見つけ出し、呪物を強制解除させる構造になっている。

「大魔法使いハルケアの大結界だ。ミノタウロスの突進ですら、びくともしないんだぜ。」
「ミノスケを防ぐか・・・」

 でも、あの学生は止められないな。口には出さないものの、結界を一目見たリュクスは結界の死角を見つけていた。
 ターゲットの性格からして、問題は極力起こさない。能力を活かして功績を上げたり名声を得るなんてことはしないし、悪事も働かない。例えるなら「人間社会に違和感なく溶け込んでいる異物」。それが、捜索を困難にしていた。

「手っ取り早く情報を集めるなら、冒険者ギルドへ行って冒険者になるといい。」

 ジンは異世界のエルフに大結界を説明し、ナルファナのどこに情報が集まるかを話す。情報は衛兵、商人ギルド、行政庁、冒険者から集めるのが基本だが、見ず知らずの者にタダで教えるバカはいない。ある程度、社会的地位を手に入れなければ金を積んでも手に入らないのだ。
 そんな中で社会的地位を手っ取り早く上げられるのが冒険者ギルドである。ジンはリュクス程の実力があれば、1年でトップクラスの冒険者になれると予想していた。

「そのつもりだ。拠点に着いたら奴隷共の面倒を見てやってくれ。」
「貴様は俺の所有者ではない。」
「直になる。」
「ふっ、いいだろう。」

 ジンは人の下には付かず、他人の指図は受けない性格だが、快く了承してしまう。このエルフと一緒にいると昔を思い出して血が騒ぎだすのだ。


同時刻、防壁北側
 ゴブリンの襲撃から逃れて来たエリーゼ一行もナルファナに到着していた。

「伝令によると、開拓地は壊滅したとのことだ。よく生き残ったな。」
「逃げている途中で、諸国を旅している魔法使いに出会ったの。彼女がいなかったら、私達は逃げきれなかった。」

 エリーゼが衛兵に事情を説明している傍ら、利子はノルンとククリから大結界の説明を受けていた。

「王国指定の付呪器で付呪されていない装備は検疫所で解呪されちまうぞ。そのローブは置いて行った方が良いんじゃないか? 値打ちもんだぜ。」
「検疫所を抜けた魔族はいない。死霊術士風情が通れるなど、にわかには信じられんな。」

「ご心配なく。通り抜けるコツがあるんですよ。」

 心配する2人に利子は笑顔で答える。城門に着く前、大結界を遠くから観察した際に利子が使える数少ない妖術「障壁」を使えば抜けられる事が分かっていた。
 障壁は外の世界において、東洋の大妖怪達が編み出した無属性に分類される魔法であり、究極の防御魔法「防御スクリーン」に匹敵する術である。その違いは、防御スクリーンが極一部の大魔法使いしか使用できないのに対し、障壁は誰でも使える一般的な術で、強度が術者の能力に依存することだろう。
 障壁も防御スクリーンと同じく物理現象と魔法を遮断できるため、利子は自身の障壁で大結界を抜ける事が出来ると判断していた。ただ、彼女の使用する障壁は防御スクリーン換算で上から3番目の強度となるレベル3であり、物理遮断性能なら120㎜の戦車砲弾を完全に防げてしまう。「コツがある」といっても、実質的にゴリ押しである。

「通って良いぞ。全員、衛兵所への報告を忘れるな。」
「そこの魔法使い! 」

「はい? 」

「開拓団の者を助けてくれて、感謝する。名前を教えてほしい。」

 利子が衛兵に呼び止められたことで、エリーゼは一瞬焦ってしまったが、感謝の言葉を伝えたかっただけのようで安心した。しかし、一つめの難関をクリアしても最大の難関が目の前にそびえ立っていた。本人は「大丈夫」と言っているものの、検疫所を抜けた魔族は存在しない。もし、検疫所で彼女が引っ掛かり、魔族と言う事が判明した場合、私達は終わる。





「わぁ、凄い。中世って感じ? 」
「東部で一番大きな町だ。何でも手に入るぜ。だが、まぁ、俺達は働き先を見つけるのが先だな。」
「助けてもらった礼だ、受け取ってくれ。売れば金になる。」
「えっ、そんな、悪いですよ。」
「ククリ! てめぇ、どさくさに紛れてそんな物持ち出してたのか。」

 ククリは隠し持っていた高級毛皮を利子に渡し、ノルンは再出発の資金をどうするのかククリを問い詰めていている。3人は安全地帯に到着したことで完全に安堵していた。

「大結界、通っちゃった・・・」

 エリーゼは「何事もなく」結界を通過した利子に恐怖を抱いていた。契約を交わしたことで彼女に襲われる心配はないが、彼女を狙う者に自分まで標的にされる危険があるのだ。

「聖騎士団・・・いや、勇者に狙われるかも。」

 ゴブリンから逃れるために魔族と契約して生き延びたは良いが、今は世界最強の存在に狙われる可能性が出て来た。ただ、ここまで来たら、行くところまで行くしかない。

「利子、直ぐにギルドへ行くわ。冒険者登録を早く済ませましょう。」

 エリーゼの人生をかけた綱渡りが、ここに始まるのだった。
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