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3章
02 クセの強いふたり
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「男性を陥穽(かんせい)にはまらせる、と」
萌が少し驚いた様子である。成実がやれやれと言わんばかりに首を振った。
「落とし穴を難しい言葉で言わなくていいよー」
「誰にするのですか?」
「そのことなんだけど……」
優美は前夜の彩乃とのやりとりを成実と萌に話す。
「近日中に来店されるのですね。承りましたわ」
萌が笑顔でうなずく。成実が興味津々に優美に聞いてきた。
「ねえねえ、新人くんはどんな感じの子か聞いた?」
「そういえば、名前しか聞いてないわね」
「えぇー、ちゃんと聞いておいてよねー」
成実は不満を露わにし、肘で優美の腰の辺りを軽く小突く。
「主任もその子も悪い人じゃなければ、常連さんになってもらいたいんだからね。事前のリサーチができるんなら、徹底的に洗っとかないと」
「う、うん。言われてみればそうよね……」
成実の言うことはもっともだった。データがあるなら活用する手はない。店の雰囲気的に売り上げなど関係ないものだと思っていた優美は、役に立てていない自分にガッカリした。
「そんなしょんぼりしなくてもいいよ~。あたしたちももちろん協力するから」
「きっとお姉様は、主任の特徴のみを伝えておけば、大丈夫であると踏んだのでしょうね。新人さんは小鴨のようについて来るでしょうし。あまり気にせずともよいかと」
ふたりの励ましを受けて優美は力強くうなずいた。
「ふたりともありがとう! 私がんばるよ!」
「何かプランはあるの?」
「豪篤の持論通り動くわ。アイツが決めたことで気に食わないところもあるけど、自然とやりやすいのよね。私も気をつけるべき部分もあるし」
「おお~、短期間ですっかり意思疎通が取れてるじゃーん♪」
「なんともうらやましい限りですね」
「……まあ、最初は明るい感じで接して、好感度を上げて行きます。人間好意を持たれてると思われれば、個人差はあれども腹を見せてくれるからね。慣れてきたらボディタッチと声色を変えたりして惹きつけられたらな、と」
「なかなか練られた戦略ですけれど、お姉様が軍師か参謀の役目でして?」
素直に感心した萌は種明かしが聞きたかった。優美はあっさり種を明かした。
「うん。私や豪篤はほとんど意見を出さなかったから」
「ふむ。やり手な方なのですね。どこか芸能事務所にでもお勤めとか」
「違う違う。本人の言葉を借りれば『中小企業のしがない経理』だよ」
「過去に自己プロデュースの経験がおありとか?」
「うーん、そんな話は聞いたことないかな。どこで身につけたんだろうね」
優美はやや視線を逸らし、手をもじもじさせる
姉――彩乃の過去の話はしたくなかった。あまり自分から話したくないのもあるが、彩乃自身が普段話したがらないことで、過去を封印しているように感じ取れもする。ここで勝手に優美が封印を解いてしまうのは、彩乃と豪篤の姉弟間の不文律を破ってしまう気がしたのだ。
「きっとさ、昔は恋愛経験が豊富なイケ女だったんだよ~」
「そうかもしれませんわね」
成実の強引な結論に、萌はひとまず溜飲を下げた。これ以上掘り下げようもない話題である。
「そういう結論でお願いします……」
そのとき、入口の鈴が鳴り、「失礼します!!」と、体育会系のような気合いの入った声とともに、スーツを着た青年が入店した。3人が出迎えのあいさつをするが、表情を硬くしたまま気をつけの姿勢を崩そうとしない。
「どうしました?」
不審に思いながらも優美が接客に当たる。相当緊張しているらしく、真冬にも関わらず額汗が滲んでいた。
「自分はこういう者です!!」
仕込まれた芸を披露するかのように、名刺をピッと渡される。名刺を受け取る作法なんて優美が知るわけがない。ひとまず失礼のないように両手で受け取った。
「編集者・大山(おおやま)……大山?」
優美はまじまじと相手を見つめる。彩乃の話が本当なら、この大山と名乗るスーツの青年が例の新人である。キリッとした眉に、面長の男らしい顔つきをしており。切れ長な目には鋭い眼光を湛えていた。ローファーのヒールのせいで、5センチは上乗せされている優美と目線がほぼ同じことから、180センチを超えているのは間違いなかった。
「編集者の方がうちの店になんの用事ですか」
堰を切ったように説明し始める大山。声量大きめでハキハキと歯切れよく理由を伝えていく。成実と萌がわざわざ近づいて聞くまでもなかった。
(コイツの声……天然ものメガホンなの? 頭が痛くなるわ……)
耳を塞ぎたくなる衝動を抑えつつ、優美は腹の中で毒づく。
――同感同感。人に聞かせる声の音量じゃないよな。自分の意見を言う音量だな。
「――どうでしょうか!?」
大山のどや顔がとてもじゃないけど気に入らないらしく、顔をそむけながらできるだけ丁重に言った。
「そうは言われましても、今は店長が不在でして……」
「だそうです。主任!」
大山は店の入口に呼びかける。すると、物陰からひとりの男が現れ、店内に足を踏み入れてきた。
(主任!?)――主任だと!?
優美は入口のほうを注視した。
猫背の体に、ネイビーのスーツとその上にブラックのチェスターコートをまとっている。大山に比べると細身というより痩せの部類だ。あごひげをうっすらと生やし、ややこけたの頬、青白い肌も手伝って生気が抜けているようにも見え、薄気味悪い存在感放っていた。
(本当に仕事できる人なのかしら)
「どうも、わたくしは、こういう者です」
大山よりも格段に滑らかな動作で名刺を差し出される。優美は目を点にして受け取った。名刺には確かに真澤(まざわ)出版、主任、と北川(きたがわ)という名前のフォントとほぼ同じ大きさで表記されていた。
「いやあ、ここは素晴らしい! 早速誤解を招くような物言いとなるかもしれませんが、個人的にマストな性癖を、全身に電流が走るように刺激されたのです。わたくし、自身よりも背の高い別嬪さんが大層真ん中中央――いわゆるひとつのドストライクなのでございます。それがそれがおふたりもおられるとは、いやはや参りました。胸が高鳴り、興奮を抑えきれずにはおれません。さらにもう御一方おられるのであれば、これはもう心のキャッチャーミットのド真ん中にズドン! でございます。ひとりで勝手に見送り三振といった次第になりましょうか」
芝居がかった言い回しにつけられた声はムダによく、若手落語家のようなどこか朗々とした語り口であった。
店内を眺めていた北川の目が成実で止まる。瞬間、しまったとばかりに口を歪めた。
「しかしながらそこにおられる小柄な貴女も、植物的な可憐さを放っており、わたくしの心を違った形で捉えて離しません。日々の新しい発見の一助とでも申しましょうか、ええ」
北川なりのフォローなのだろう。女好きの性格らしく、普通にかわいいと思えば、例え性癖に突き刺さらずとも褒めずにいられないらしい。成実の近くに寄り、独特の言い回しのフォローという名の雑談をしだした。
(この場に郷子さんが出てきたらうるさくなるだろうな……)
「それでですね! 店長さんがいなければ、ほかに責任者の方はおられますか!?」
今まで黙っていた大山が、耳を覆いたくなるほどの声量で問いかけてきた。
「いません。それに店長は来る日もあれば来ない日もあるので」
厨房とフロアの間の物陰から、こちらの様子をうかがっている郷子を一瞬盗み見た。とても快く応対してくれるような感じではない。
(いるといればいるんだけど、郷子さんは絶対出てこないだろうな……)
見るに見かねた萌が、助け舟を出そうと優美の前に出た。
「申し訳ありませんが、今日のところはお引き取り――」
「おはよう!」
入口の呼び鈴が盛大に鳴ってひとりの男――店長の島が入ってくる。
「あの人が店長です!」
優美と成実の声が重なった。その声は難敵相手に苦闘した安堵と疲れが混じっていた。
「店長の島さんですね?」
「そうですが、なんでしょう」
キャラの濃そうな男ふたりに詰め寄られ、笑顔の引きつった島は思わず後ずさりする。
「こちらの『メイドォール』を取材したいのですが、しばしお時間をいただけませんでしょうか。なぁに、そこまで時間泥棒にならない程度にいただきませんから。双方とも有益な話となるでしょう」
「は、はあ……じゃあ、あちらの席で伺いましょう」
萌が少し驚いた様子である。成実がやれやれと言わんばかりに首を振った。
「落とし穴を難しい言葉で言わなくていいよー」
「誰にするのですか?」
「そのことなんだけど……」
優美は前夜の彩乃とのやりとりを成実と萌に話す。
「近日中に来店されるのですね。承りましたわ」
萌が笑顔でうなずく。成実が興味津々に優美に聞いてきた。
「ねえねえ、新人くんはどんな感じの子か聞いた?」
「そういえば、名前しか聞いてないわね」
「えぇー、ちゃんと聞いておいてよねー」
成実は不満を露わにし、肘で優美の腰の辺りを軽く小突く。
「主任もその子も悪い人じゃなければ、常連さんになってもらいたいんだからね。事前のリサーチができるんなら、徹底的に洗っとかないと」
「う、うん。言われてみればそうよね……」
成実の言うことはもっともだった。データがあるなら活用する手はない。店の雰囲気的に売り上げなど関係ないものだと思っていた優美は、役に立てていない自分にガッカリした。
「そんなしょんぼりしなくてもいいよ~。あたしたちももちろん協力するから」
「きっとお姉様は、主任の特徴のみを伝えておけば、大丈夫であると踏んだのでしょうね。新人さんは小鴨のようについて来るでしょうし。あまり気にせずともよいかと」
ふたりの励ましを受けて優美は力強くうなずいた。
「ふたりともありがとう! 私がんばるよ!」
「何かプランはあるの?」
「豪篤の持論通り動くわ。アイツが決めたことで気に食わないところもあるけど、自然とやりやすいのよね。私も気をつけるべき部分もあるし」
「おお~、短期間ですっかり意思疎通が取れてるじゃーん♪」
「なんともうらやましい限りですね」
「……まあ、最初は明るい感じで接して、好感度を上げて行きます。人間好意を持たれてると思われれば、個人差はあれども腹を見せてくれるからね。慣れてきたらボディタッチと声色を変えたりして惹きつけられたらな、と」
「なかなか練られた戦略ですけれど、お姉様が軍師か参謀の役目でして?」
素直に感心した萌は種明かしが聞きたかった。優美はあっさり種を明かした。
「うん。私や豪篤はほとんど意見を出さなかったから」
「ふむ。やり手な方なのですね。どこか芸能事務所にでもお勤めとか」
「違う違う。本人の言葉を借りれば『中小企業のしがない経理』だよ」
「過去に自己プロデュースの経験がおありとか?」
「うーん、そんな話は聞いたことないかな。どこで身につけたんだろうね」
優美はやや視線を逸らし、手をもじもじさせる
姉――彩乃の過去の話はしたくなかった。あまり自分から話したくないのもあるが、彩乃自身が普段話したがらないことで、過去を封印しているように感じ取れもする。ここで勝手に優美が封印を解いてしまうのは、彩乃と豪篤の姉弟間の不文律を破ってしまう気がしたのだ。
「きっとさ、昔は恋愛経験が豊富なイケ女だったんだよ~」
「そうかもしれませんわね」
成実の強引な結論に、萌はひとまず溜飲を下げた。これ以上掘り下げようもない話題である。
「そういう結論でお願いします……」
そのとき、入口の鈴が鳴り、「失礼します!!」と、体育会系のような気合いの入った声とともに、スーツを着た青年が入店した。3人が出迎えのあいさつをするが、表情を硬くしたまま気をつけの姿勢を崩そうとしない。
「どうしました?」
不審に思いながらも優美が接客に当たる。相当緊張しているらしく、真冬にも関わらず額汗が滲んでいた。
「自分はこういう者です!!」
仕込まれた芸を披露するかのように、名刺をピッと渡される。名刺を受け取る作法なんて優美が知るわけがない。ひとまず失礼のないように両手で受け取った。
「編集者・大山(おおやま)……大山?」
優美はまじまじと相手を見つめる。彩乃の話が本当なら、この大山と名乗るスーツの青年が例の新人である。キリッとした眉に、面長の男らしい顔つきをしており。切れ長な目には鋭い眼光を湛えていた。ローファーのヒールのせいで、5センチは上乗せされている優美と目線がほぼ同じことから、180センチを超えているのは間違いなかった。
「編集者の方がうちの店になんの用事ですか」
堰を切ったように説明し始める大山。声量大きめでハキハキと歯切れよく理由を伝えていく。成実と萌がわざわざ近づいて聞くまでもなかった。
(コイツの声……天然ものメガホンなの? 頭が痛くなるわ……)
耳を塞ぎたくなる衝動を抑えつつ、優美は腹の中で毒づく。
――同感同感。人に聞かせる声の音量じゃないよな。自分の意見を言う音量だな。
「――どうでしょうか!?」
大山のどや顔がとてもじゃないけど気に入らないらしく、顔をそむけながらできるだけ丁重に言った。
「そうは言われましても、今は店長が不在でして……」
「だそうです。主任!」
大山は店の入口に呼びかける。すると、物陰からひとりの男が現れ、店内に足を踏み入れてきた。
(主任!?)――主任だと!?
優美は入口のほうを注視した。
猫背の体に、ネイビーのスーツとその上にブラックのチェスターコートをまとっている。大山に比べると細身というより痩せの部類だ。あごひげをうっすらと生やし、ややこけたの頬、青白い肌も手伝って生気が抜けているようにも見え、薄気味悪い存在感放っていた。
(本当に仕事できる人なのかしら)
「どうも、わたくしは、こういう者です」
大山よりも格段に滑らかな動作で名刺を差し出される。優美は目を点にして受け取った。名刺には確かに真澤(まざわ)出版、主任、と北川(きたがわ)という名前のフォントとほぼ同じ大きさで表記されていた。
「いやあ、ここは素晴らしい! 早速誤解を招くような物言いとなるかもしれませんが、個人的にマストな性癖を、全身に電流が走るように刺激されたのです。わたくし、自身よりも背の高い別嬪さんが大層真ん中中央――いわゆるひとつのドストライクなのでございます。それがそれがおふたりもおられるとは、いやはや参りました。胸が高鳴り、興奮を抑えきれずにはおれません。さらにもう御一方おられるのであれば、これはもう心のキャッチャーミットのド真ん中にズドン! でございます。ひとりで勝手に見送り三振といった次第になりましょうか」
芝居がかった言い回しにつけられた声はムダによく、若手落語家のようなどこか朗々とした語り口であった。
店内を眺めていた北川の目が成実で止まる。瞬間、しまったとばかりに口を歪めた。
「しかしながらそこにおられる小柄な貴女も、植物的な可憐さを放っており、わたくしの心を違った形で捉えて離しません。日々の新しい発見の一助とでも申しましょうか、ええ」
北川なりのフォローなのだろう。女好きの性格らしく、普通にかわいいと思えば、例え性癖に突き刺さらずとも褒めずにいられないらしい。成実の近くに寄り、独特の言い回しのフォローという名の雑談をしだした。
(この場に郷子さんが出てきたらうるさくなるだろうな……)
「それでですね! 店長さんがいなければ、ほかに責任者の方はおられますか!?」
今まで黙っていた大山が、耳を覆いたくなるほどの声量で問いかけてきた。
「いません。それに店長は来る日もあれば来ない日もあるので」
厨房とフロアの間の物陰から、こちらの様子をうかがっている郷子を一瞬盗み見た。とても快く応対してくれるような感じではない。
(いるといればいるんだけど、郷子さんは絶対出てこないだろうな……)
見るに見かねた萌が、助け舟を出そうと優美の前に出た。
「申し訳ありませんが、今日のところはお引き取り――」
「おはよう!」
入口の呼び鈴が盛大に鳴ってひとりの男――店長の島が入ってくる。
「あの人が店長です!」
優美と成実の声が重なった。その声は難敵相手に苦闘した安堵と疲れが混じっていた。
「店長の島さんですね?」
「そうですが、なんでしょう」
キャラの濃そうな男ふたりに詰め寄られ、笑顔の引きつった島は思わず後ずさりする。
「こちらの『メイドォール』を取材したいのですが、しばしお時間をいただけませんでしょうか。なぁに、そこまで時間泥棒にならない程度にいただきませんから。双方とも有益な話となるでしょう」
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