30 / 52
4章
05 疑似兄妹
しおりを挟む
4
豪篤が帰ってきてリビングに入ると、そこには紺色のスーツを着たヤクザ風の男が、竹刀片手に立っていた。
「……誰?」
――バカ兄貴!?
(バカ兄貴? ああ……そう言われてみれば、面影があるな)
「っせーな! ぶっ飛ばしてやっから、こっちに来いよ愚弟がッ!」
甲高い罵声とともに持っていた竹刀で、ソファを勢い任せに殴りつけて威嚇する。
豪篤は表情を消して、ひと昔前のヤクザにつかつかと歩み寄る。
ヤクザは竹刀を振り下ろす。言葉とは裏腹にブンッと弱々しい風切り音が鳴った。
しかし、豪篤は眉ひとつ動かさず、最低限の動作でかわして左手で左腕をつかむ。
ヤクザが次の動作に移る前にふところに入り、右手で胸ぐらをつかんで手首を返す。
豪篤がすばやく体を回しながら少し体勢を低くし、ヤクザをソファに投げつけた。
ソファに背中から叩きつけられたヤクザが、目を見開き口も開けている。ズレた金髪のカツラの合間からは、普段の茶髪が見えていた。
「姉貴、なんのマネだ」
天井を見るともなく見ていた彩乃は、投げ飛ばされた状態のままあっけらかんな口調で言った。
「いやー、コスプレをしてたころの血が騒いじゃってさ」
「いい年して何やってんだか」
「んー? アンタがそれを言うー?」
「……ま、俺もだけどさ……」
「そういや、アンタは憶えてるかどうかはわからないけどさ、昔は女の子の格好をして喜んでたのよね。ほら、私が兄ちゃん役で、擬似兄妹って遊びをしてたじゃん」
「そんなことをしてたっけ」
豪篤は腕組みをして眉間にしわを寄せる。脳内で軽く探したが、記憶がない。目をつむって姉や外界の情報を遮断し、自分だけの世界にもぐる。
――ちょっと、とんでもないことをしてたらどうするのっ?
(ああもう、思い出せそうなんだから、黙ってろ!)
――何よっ、怒ることないじゃない! ふん、せいぜい身悶えてればいいわっ!
優美の声が響くように残る。
(何をそんなにカッカしてんだか。……まあ、俺もだけど)
だが、自分の世界に深くもぐるにつれ、優美の声は徐々に消えていった。
深海のような真っ暗闇。一寸先もまともに見えない。何が潜んでいるのか、わからないところを深く深くもぐる。
やがて、何かが一瞬光った気がした。まばたきをすれば、見逃してしまいそうな光を豪篤は目指していく。
近づくに従い、光は白く大きな球体のようなものであることがわかった。その球体が呼吸をするように、光ったり消えたりしている。
豪篤は光ったタイミングを見計らって、片手で触れてみる。途端に、幼少期の情報が流れ込んできた。驚いて手を離すと、情報が遮断されて何も入ってこなくなった。
球体から光がなくなる。
(もしかして、光ってるときに全身を突っ込めば、一気に思い出すんじゃ……!)
球体が再び光る。
豪篤は覚悟を決め、白く輝く光の中へ身を投じた。
* * *
彩乃が部屋着に着替えて戻ってくると、豪篤がテーブルに突っ伏していた。
それだけですべてを察した彩乃は、紅茶を注いだカップを持って対面に座った。ひとつのカップを豪篤の前に置く。
「思い出した?」
「ばっちり……な」
豪篤の小さく沈んだ声が返ってくる。顔を上げると、なんとも言えない複雑な表情をしていた。
「俺が『優美』で、姉貴が『豪(ごう)』。あんな恥ずかしいこと、よくやってたもんだ」
「そう? 私はアンタがかわいいと思ったよ。私は私で現在進行形で役に立ったからよかったけど」
「そう言われると、俺もだな……」
「だからさ、優美って名前も小さいころのあの役からきてるもんだと」
「ああ……俺は思いっきり消してたつもりだったんだけど……残ってるもんだな」
「そんなもんだよ。人の記憶って」
「さっきのコスプレは何?」
「あれはね、豪がヤクザになっちゃったんだ」
「ヤンキーからヤクザかよ。悪化してんじゃねえか」
「あははは、いいじゃん。豪本人の意思なんだから」
「兄貴自身の意思ならいいんだけどさ……でもなあ」
彩乃は苦笑いを浮かべる。
「ま、豪にも豪でいろいろあるんだと思うよ。よーし、作っておいた晩御飯を皿に移したりするかねー」
彩乃はイスから立ち上がる。
「俺も手伝うよ」
豪篤も彩乃のあとに続く。
仲睦まじい姉弟の姿がそこにはあった。
* * *
豪篤が帰ってきてリビングに入ると、そこには紺色のスーツを着たヤクザ風の男が、竹刀片手に立っていた。
「……誰?」
――バカ兄貴!?
(バカ兄貴? ああ……そう言われてみれば、面影があるな)
「っせーな! ぶっ飛ばしてやっから、こっちに来いよ愚弟がッ!」
甲高い罵声とともに持っていた竹刀で、ソファを勢い任せに殴りつけて威嚇する。
豪篤は表情を消して、ひと昔前のヤクザにつかつかと歩み寄る。
ヤクザは竹刀を振り下ろす。言葉とは裏腹にブンッと弱々しい風切り音が鳴った。
しかし、豪篤は眉ひとつ動かさず、最低限の動作でかわして左手で左腕をつかむ。
ヤクザが次の動作に移る前にふところに入り、右手で胸ぐらをつかんで手首を返す。
豪篤がすばやく体を回しながら少し体勢を低くし、ヤクザをソファに投げつけた。
ソファに背中から叩きつけられたヤクザが、目を見開き口も開けている。ズレた金髪のカツラの合間からは、普段の茶髪が見えていた。
「姉貴、なんのマネだ」
天井を見るともなく見ていた彩乃は、投げ飛ばされた状態のままあっけらかんな口調で言った。
「いやー、コスプレをしてたころの血が騒いじゃってさ」
「いい年して何やってんだか」
「んー? アンタがそれを言うー?」
「……ま、俺もだけどさ……」
「そういや、アンタは憶えてるかどうかはわからないけどさ、昔は女の子の格好をして喜んでたのよね。ほら、私が兄ちゃん役で、擬似兄妹って遊びをしてたじゃん」
「そんなことをしてたっけ」
豪篤は腕組みをして眉間にしわを寄せる。脳内で軽く探したが、記憶がない。目をつむって姉や外界の情報を遮断し、自分だけの世界にもぐる。
――ちょっと、とんでもないことをしてたらどうするのっ?
(ああもう、思い出せそうなんだから、黙ってろ!)
――何よっ、怒ることないじゃない! ふん、せいぜい身悶えてればいいわっ!
優美の声が響くように残る。
(何をそんなにカッカしてんだか。……まあ、俺もだけど)
だが、自分の世界に深くもぐるにつれ、優美の声は徐々に消えていった。
深海のような真っ暗闇。一寸先もまともに見えない。何が潜んでいるのか、わからないところを深く深くもぐる。
やがて、何かが一瞬光った気がした。まばたきをすれば、見逃してしまいそうな光を豪篤は目指していく。
近づくに従い、光は白く大きな球体のようなものであることがわかった。その球体が呼吸をするように、光ったり消えたりしている。
豪篤は光ったタイミングを見計らって、片手で触れてみる。途端に、幼少期の情報が流れ込んできた。驚いて手を離すと、情報が遮断されて何も入ってこなくなった。
球体から光がなくなる。
(もしかして、光ってるときに全身を突っ込めば、一気に思い出すんじゃ……!)
球体が再び光る。
豪篤は覚悟を決め、白く輝く光の中へ身を投じた。
* * *
彩乃が部屋着に着替えて戻ってくると、豪篤がテーブルに突っ伏していた。
それだけですべてを察した彩乃は、紅茶を注いだカップを持って対面に座った。ひとつのカップを豪篤の前に置く。
「思い出した?」
「ばっちり……な」
豪篤の小さく沈んだ声が返ってくる。顔を上げると、なんとも言えない複雑な表情をしていた。
「俺が『優美』で、姉貴が『豪(ごう)』。あんな恥ずかしいこと、よくやってたもんだ」
「そう? 私はアンタがかわいいと思ったよ。私は私で現在進行形で役に立ったからよかったけど」
「そう言われると、俺もだな……」
「だからさ、優美って名前も小さいころのあの役からきてるもんだと」
「ああ……俺は思いっきり消してたつもりだったんだけど……残ってるもんだな」
「そんなもんだよ。人の記憶って」
「さっきのコスプレは何?」
「あれはね、豪がヤクザになっちゃったんだ」
「ヤンキーからヤクザかよ。悪化してんじゃねえか」
「あははは、いいじゃん。豪本人の意思なんだから」
「兄貴自身の意思ならいいんだけどさ……でもなあ」
彩乃は苦笑いを浮かべる。
「ま、豪にも豪でいろいろあるんだと思うよ。よーし、作っておいた晩御飯を皿に移したりするかねー」
彩乃はイスから立ち上がる。
「俺も手伝うよ」
豪篤も彩乃のあとに続く。
仲睦まじい姉弟の姿がそこにはあった。
* * *
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件
こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。
『専属メイド全員が重すぎる愛で迫ってくる!~大学生の僕、11人?の美女に24時間甘やかされ尽くす生活~』
まさき
青春
僕は、ちょっと普通じゃない日常を送ることになった――それは、専属メイドが全員僕のことを溺愛してくれる暮らしだ。
朝は髪を整えてくれるリナ、朝食で笑顔を見せてくれるミユ、どの瞬間も全力で僕を甘やかす。掃除、料理、悩み相談まで、僕のためだけに動くメイドたち。
「ご主人様の笑顔が見たいんです」
その一言で、僕の毎日はちょっとドキドキ、ちょっと幸せ。
全員が僕を独占したいと競い合う日常の中、僕はどうやってこの溺愛地獄(?)を生き抜けばいいのか――!?
甘々、至れり尽くせりの日常ラブコメ、開幕。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる