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4章
05 疑似兄妹
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4
豪篤が帰ってきてリビングに入ると、そこには紺色のスーツを着たヤクザ風の男が、竹刀片手に立っていた。
「……誰?」
――バカ兄貴!?
(バカ兄貴? ああ……そう言われてみれば、面影があるな)
「っせーな! ぶっ飛ばしてやっから、こっちに来いよ愚弟がッ!」
甲高い罵声とともに持っていた竹刀で、ソファを勢い任せに殴りつけて威嚇する。
豪篤は表情を消して、ひと昔前のヤクザにつかつかと歩み寄る。
ヤクザは竹刀を振り下ろす。言葉とは裏腹にブンッと弱々しい風切り音が鳴った。
しかし、豪篤は眉ひとつ動かさず、最低限の動作でかわして左手で左腕をつかむ。
ヤクザが次の動作に移る前にふところに入り、右手で胸ぐらをつかんで手首を返す。
豪篤がすばやく体を回しながら少し体勢を低くし、ヤクザをソファに投げつけた。
ソファに背中から叩きつけられたヤクザが、目を見開き口も開けている。ズレた金髪のカツラの合間からは、普段の茶髪が見えていた。
「姉貴、なんのマネだ」
天井を見るともなく見ていた彩乃は、投げ飛ばされた状態のままあっけらかんな口調で言った。
「いやー、コスプレをしてたころの血が騒いじゃってさ」
「いい年して何やってんだか」
「んー? アンタがそれを言うー?」
「……ま、俺もだけどさ……」
「そういや、アンタは憶えてるかどうかはわからないけどさ、昔は女の子の格好をして喜んでたのよね。ほら、私が兄ちゃん役で、擬似兄妹って遊びをしてたじゃん」
「そんなことをしてたっけ」
豪篤は腕組みをして眉間にしわを寄せる。脳内で軽く探したが、記憶がない。目をつむって姉や外界の情報を遮断し、自分だけの世界にもぐる。
――ちょっと、とんでもないことをしてたらどうするのっ?
(ああもう、思い出せそうなんだから、黙ってろ!)
――何よっ、怒ることないじゃない! ふん、せいぜい身悶えてればいいわっ!
優美の声が響くように残る。
(何をそんなにカッカしてんだか。……まあ、俺もだけど)
だが、自分の世界に深くもぐるにつれ、優美の声は徐々に消えていった。
深海のような真っ暗闇。一寸先もまともに見えない。何が潜んでいるのか、わからないところを深く深くもぐる。
やがて、何かが一瞬光った気がした。まばたきをすれば、見逃してしまいそうな光を豪篤は目指していく。
近づくに従い、光は白く大きな球体のようなものであることがわかった。その球体が呼吸をするように、光ったり消えたりしている。
豪篤は光ったタイミングを見計らって、片手で触れてみる。途端に、幼少期の情報が流れ込んできた。驚いて手を離すと、情報が遮断されて何も入ってこなくなった。
球体から光がなくなる。
(もしかして、光ってるときに全身を突っ込めば、一気に思い出すんじゃ……!)
球体が再び光る。
豪篤は覚悟を決め、白く輝く光の中へ身を投じた。
* * *
彩乃が部屋着に着替えて戻ってくると、豪篤がテーブルに突っ伏していた。
それだけですべてを察した彩乃は、紅茶を注いだカップを持って対面に座った。ひとつのカップを豪篤の前に置く。
「思い出した?」
「ばっちり……な」
豪篤の小さく沈んだ声が返ってくる。顔を上げると、なんとも言えない複雑な表情をしていた。
「俺が『優美』で、姉貴が『豪(ごう)』。あんな恥ずかしいこと、よくやってたもんだ」
「そう? 私はアンタがかわいいと思ったよ。私は私で現在進行形で役に立ったからよかったけど」
「そう言われると、俺もだな……」
「だからさ、優美って名前も小さいころのあの役からきてるもんだと」
「ああ……俺は思いっきり消してたつもりだったんだけど……残ってるもんだな」
「そんなもんだよ。人の記憶って」
「さっきのコスプレは何?」
「あれはね、豪がヤクザになっちゃったんだ」
「ヤンキーからヤクザかよ。悪化してんじゃねえか」
「あははは、いいじゃん。豪本人の意思なんだから」
「兄貴自身の意思ならいいんだけどさ……でもなあ」
彩乃は苦笑いを浮かべる。
「ま、豪にも豪でいろいろあるんだと思うよ。よーし、作っておいた晩御飯を皿に移したりするかねー」
彩乃はイスから立ち上がる。
「俺も手伝うよ」
豪篤も彩乃のあとに続く。
仲睦まじい姉弟の姿がそこにはあった。
* * *
豪篤が帰ってきてリビングに入ると、そこには紺色のスーツを着たヤクザ風の男が、竹刀片手に立っていた。
「……誰?」
――バカ兄貴!?
(バカ兄貴? ああ……そう言われてみれば、面影があるな)
「っせーな! ぶっ飛ばしてやっから、こっちに来いよ愚弟がッ!」
甲高い罵声とともに持っていた竹刀で、ソファを勢い任せに殴りつけて威嚇する。
豪篤は表情を消して、ひと昔前のヤクザにつかつかと歩み寄る。
ヤクザは竹刀を振り下ろす。言葉とは裏腹にブンッと弱々しい風切り音が鳴った。
しかし、豪篤は眉ひとつ動かさず、最低限の動作でかわして左手で左腕をつかむ。
ヤクザが次の動作に移る前にふところに入り、右手で胸ぐらをつかんで手首を返す。
豪篤がすばやく体を回しながら少し体勢を低くし、ヤクザをソファに投げつけた。
ソファに背中から叩きつけられたヤクザが、目を見開き口も開けている。ズレた金髪のカツラの合間からは、普段の茶髪が見えていた。
「姉貴、なんのマネだ」
天井を見るともなく見ていた彩乃は、投げ飛ばされた状態のままあっけらかんな口調で言った。
「いやー、コスプレをしてたころの血が騒いじゃってさ」
「いい年して何やってんだか」
「んー? アンタがそれを言うー?」
「……ま、俺もだけどさ……」
「そういや、アンタは憶えてるかどうかはわからないけどさ、昔は女の子の格好をして喜んでたのよね。ほら、私が兄ちゃん役で、擬似兄妹って遊びをしてたじゃん」
「そんなことをしてたっけ」
豪篤は腕組みをして眉間にしわを寄せる。脳内で軽く探したが、記憶がない。目をつむって姉や外界の情報を遮断し、自分だけの世界にもぐる。
――ちょっと、とんでもないことをしてたらどうするのっ?
(ああもう、思い出せそうなんだから、黙ってろ!)
――何よっ、怒ることないじゃない! ふん、せいぜい身悶えてればいいわっ!
優美の声が響くように残る。
(何をそんなにカッカしてんだか。……まあ、俺もだけど)
だが、自分の世界に深くもぐるにつれ、優美の声は徐々に消えていった。
深海のような真っ暗闇。一寸先もまともに見えない。何が潜んでいるのか、わからないところを深く深くもぐる。
やがて、何かが一瞬光った気がした。まばたきをすれば、見逃してしまいそうな光を豪篤は目指していく。
近づくに従い、光は白く大きな球体のようなものであることがわかった。その球体が呼吸をするように、光ったり消えたりしている。
豪篤は光ったタイミングを見計らって、片手で触れてみる。途端に、幼少期の情報が流れ込んできた。驚いて手を離すと、情報が遮断されて何も入ってこなくなった。
球体から光がなくなる。
(もしかして、光ってるときに全身を突っ込めば、一気に思い出すんじゃ……!)
球体が再び光る。
豪篤は覚悟を決め、白く輝く光の中へ身を投じた。
* * *
彩乃が部屋着に着替えて戻ってくると、豪篤がテーブルに突っ伏していた。
それだけですべてを察した彩乃は、紅茶を注いだカップを持って対面に座った。ひとつのカップを豪篤の前に置く。
「思い出した?」
「ばっちり……な」
豪篤の小さく沈んだ声が返ってくる。顔を上げると、なんとも言えない複雑な表情をしていた。
「俺が『優美』で、姉貴が『豪(ごう)』。あんな恥ずかしいこと、よくやってたもんだ」
「そう? 私はアンタがかわいいと思ったよ。私は私で現在進行形で役に立ったからよかったけど」
「そう言われると、俺もだな……」
「だからさ、優美って名前も小さいころのあの役からきてるもんだと」
「ああ……俺は思いっきり消してたつもりだったんだけど……残ってるもんだな」
「そんなもんだよ。人の記憶って」
「さっきのコスプレは何?」
「あれはね、豪がヤクザになっちゃったんだ」
「ヤンキーからヤクザかよ。悪化してんじゃねえか」
「あははは、いいじゃん。豪本人の意思なんだから」
「兄貴自身の意思ならいいんだけどさ……でもなあ」
彩乃は苦笑いを浮かべる。
「ま、豪にも豪でいろいろあるんだと思うよ。よーし、作っておいた晩御飯を皿に移したりするかねー」
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仲睦まじい姉弟の姿がそこにはあった。
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