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6章
07 意を決して
しおりを挟む泣きやんだ渚と優美は河川敷に下りる階段に並んで座り、大まかにちぎれた雲の多い空を見上げている。
所々から赤く輝く太陽の光が地上に射し込んではいるが、風がちょっと吹けば寒いものは寒い。
優美は寒さに少しの身震いを感じつつも、重い口を開いた。
「渚のプレゼントや誘いを、最初のほうで断りきれなかった私にも責任はあるわ。放っておいた罪の重さも認める。私もあのときどうすればいいか、わからなかったもの」
渚の目が少し腫れぼったくなっているが、穏やかな笑みをくずさず首を横に振った。
「優美が謝ることないじゃない。全面的にあたしが悪いの。またあたしの話になってしまうけど、過去に何人もの女の子と付き合ってきた。だけど、それはあたしが男役として。それなりに背が高いせいで、あたしがしっかりしなければならないんだ。甘えちゃダメなそんな雰囲気」
切なげに眉をしかめ、目をすがめた。
「あたしだって、誰かに甘えたかった。でも、甘えようとするとケチをつけられたり、ひどいときは罵声を浴びせられたこともあった。相手が悪かったのしれないけど、自己中のわがまま女ばっかりで、人間関係に疲れちゃった。高校には行ってたけど誰とも喋らず、さっさと家に帰るとすぐ部屋にふさぎこんで、ネットをしてた」
虚空を見上げ、口元を意地悪気に吊り上げた。
「それから街中で豪篤にナンパされて、ああ男だけどこいつならいいかもと思ったけど、1週間でフッたのがさっきまでの話。それからはネットの世界に出会いを求めた。で、出会ったのが美喜だった」
美喜との出会いが相当うれしかったのだろう。目元と頬がだらしなさ一歩手前まで緩む。
「美喜はあたしを甘えさせてくれた。見た目は子どもっぽいけど、精神的にはすごい大人で……あ、でもときどきは本当に子どもっぽくなるのよ? とにかく、ずっとそばにいても飽きないし、安息の地を見つけた思ったんだけど」
横目で一度見やってから、優美のほうに体を向けた。
「あの日、優美に会ったおかげで、あたしはすっかり盲目状態になった。見苦しい言い訳になるけど、自分よりも高身長で美人の黒髪ロングが弱点なのね。しかも褐色肌のおまけつき。そうくれば今までの分のストレスと欲望が大爆発。何がなんでも振り向かせたくて、美喜を頭と眼中から消してしまった」
これまで黙って聴いていた優美が、気になっていたことを言った。
「それが原因で美喜が渚の目が濁っていたって言ったわけね」
「美喜にはそんなふうに見えたのかも。とにかく、24時間ずーっと優美のことしか考えられなかった。今は落ち着いたよ。美喜や優美の店の人たちにも謝らなきゃと思う。でもさ、これからも優美のことを好きでいてもいい?」
哀願するように言われては仕方がない、と、優美は快く承諾した。
「いいわよ。……でも、本当のことを知ってからにしたほうがいいかもね」
真剣なまなざしを渚に送る。
――ついに言うのか。
(今しかないじゃない)
「何か隠してることでもあるの?」
「ついてきて」
優美は階段を下りていく。
渚も頭に疑問符を載せて、あとに従った。
水飲み場に立った優美はいたって真面目に、命令のような言葉を言い放った。
「私がいいって言うまで、あっちを向いていること。いいわね」
「う、うん……わかった」
渚は言われるがまま優美に背を向けた。
背負っていたリュックをかたわらに下ろし、大きめの紙袋を取り出して広げる。
パチパチとカツラと髪の境目の留め具をはずし、カツラを腕で巻いて紙袋の中に突っ込む。
カツラをはずした瞬間から人格が入れ替わって、今は豪篤の状態で事を進めている。
渚が不意に振り向かない限り、とりあえずは大丈夫だろう。
豪篤はリュックから手鏡とタオルを取り出して手元に置く。
(よし、これでいいな)
――冷たいというより痛いわよ?
(仕方ねぇだろ。やるっきゃねえさ)
――頼もしいわね。
豪篤は蛇口をひねる。水量を調整しつつ両手ですくう。腰をかがめ、それを顔面に何度もぶち当て、ひたすら化粧を落とし続けた。
顔面どころか全身が寒さで震えてくる。しかし、豪篤は耐えに耐えた。ガチガチ鳴りそうな歯を、舌先を甘噛みすることで押さえる。とめどなく出る鼻水は水といっしょに流し、化粧を落とすことに集中した。
――そろそろいいんじゃない?
タオルで顔を拭いて手鏡で確認する。化粧はすっかり全部落ち、豪篤の素顔が映っていた。
(ああ、完璧だ)
ポケットから出したティッシュで鼻をかんで、ゴミ箱に投げ入れた。
――あとは頼んだわよ。
(任せとけ)
豪篤は目をつぶり、高まりつつある心臓の音を、深呼吸を数回行うことで抑えようとした。
(ふー、よし!)
少しは治まったところで、最後に頬を手のひらで強めに張る。渚の背に寄って肩を指先でたたいた。
振り向く渚。すぐさま目が点になり、驚愕が顔面に貼り付けられている状態となった。
「優美は俺なんだ」
「え……?」
* * *
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