アルケミア・オンライン

メビウス

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間章 それぞれの1日

第8話 イレギュラー・プレイヤー

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「……まずは、こちらをご覧ください」

資料を切り替える。トラブルについて話すなら、まずこれは外せないだろう。

「これは…………賢者の石か」

「はい。物語の根幹を左右するアルティメット・レガシー・アイテム、賢者の石…………そのレプリカ品と高率に一致する周波が、アルケミオスにて検知されたのです」

会議室が騒めきに揺れる。そりゃそうだ。あのアイテムは、本来プレイヤーの手に渡ることを想定していない。プレイヤーが入手可能なレプリカ版、即ち今回発見されたものですら、それが出てくるのはクリア後…………所謂、エンドコンテンツというものだ。

「早瀬課長、第1サーバーでは既に、そこまでストーリーが進行していると?」

「いいえ、まだ1が終わった程度です。普通であれば、まだその存在すら殆どのプレイヤーに認知されない程度です」

「普通なら、な。だが君のサーバーには普通でない因子がいくつも存在しているだろう?そしてそれを一手に掌握する、イレギュラー・プレイヤーが…………!」

「…………残念ですが、部長。そのプレイヤー、X01は、今回の件には一切関与してはおりませんでした」

実際、私が直接話を聞いた結果だ。間違いない。彼は賢者の石について、存在だけでなく、その背景ストーリーまで大体のことを知っていた。最も、レプリカ品が作られた経緯…………革命についての詳細は把握していなかったが。

だがいずれにしろ、あの王立図書館の全ての蔵書をひっくり返したとしても、そこまでの情報を持つには至らない。それ自体も間違いなくイレギュラーだ。

加えて、彼は宝石術師のジョブに就いている。つまり、空気中のマナ、更にはその配列を視認できる特殊スキルを有している。あの様子ではほぼ確実に、賢者の石の特有の配列を、その目で見たのだろう。

だが、彼は少なくとも直接には関与していない。だからこそ、事態は深刻なのだ。

「最初に…………今回、賢者の石が含まれる武器を使用したプレイヤー、そしてその武器を錬成したプレイヤーを、今後新たな特別指定プレイヤーとして、X14、X15と呼称します」

「それで、その2人の主張は?」

「まずX14は、今回の件について一切知らなかったそうです。単に、他の武器を圧倒するスペックが秘められている、という認識だったそうで」

無理もない。実際、オリジナルの賢者の石こそ無限のリソースを掌握できるチートアイテムだが、レプリカ品はマナ……というより、天命を消費して一時的に、賢者の石に匹敵するリソースを獲得するに過ぎない。瞬間的な能力こそ再現されているが、その本質は本物のそれとはまるで異なる。

だから、仮に多少賢者の石について知っていたとしても、あれがそのレプリカ品だと気付ける人はそういない。あのプレアデスですら、あの一瞬の情報だけではそこまでの結論に至らなかったのだ。

「そしてX15は、とあるクエストの報酬でNPCから受け取ったレプリカ品を、当時彼に武器製作の依頼をしていたX14に、その武器に内蔵する形で渡したそうです。自分の知る、最高のプレイヤーに使ってほしい、と」

「ちょっと待て。クエスト報酬で受け取っただと?そんなクエストは存在しないはずだ」

「おっしゃる通りです…………レプリカ品とはいえ、シナリオの進行度的に、そんなクエストが存在していいはずがない。調べたところ、元の報酬は普通の強化素材でした。それが何者かの手によって、すり替わっていました」

「何者か……?早瀬君、君はこのゲームのシステムに何者かが干渉していると、そう言いたいのか!?」

部長からの厳しい視線が刺さる。また胃に穴が空きそうになるが、奥歯をギリリと噛み締めて堪える。博士はああ言っていたが、それでもやはり見過ごせない!この事態を、正しく伝える義務がある。それがサーバー管理者としての、私の責任だ!

「間違いありません…………何者かが、管理者権限を行使してgiveコマンドを実行し、当該クエストNPCに、意図的に渡した可能性があります!」

「………………!!」

動揺混じりの気まずい沈黙が、会議室内を漂流する。

い、言ってしまった……!だが、悔いはない。私は、私の正義を貫いたのだ。

「ふむ…………もしそれが本当ならば、これは重大なコンプライアンス違反だ」

「あの!それは本当に私達の問題だったのでしょうか?そのクエストNPCのAIが自発的に賢者の石とすり替えた……或いは、そのプログラムにバグがあった可能性はないのでしょうか?」

「その可能性はほぼゼロと言って良いでしょう、山本さん。ご存知の通り、アルケミア・オンラインには私達管理課の他に、NPCのバグを防ぎ排除する、自浄作用が働いています。普通、そのようなバグが検出されれば、すぐに排除・書き換えられてしまうはずです」

自動でバグを検出し元の正常なプログラムに戻す、オートデバッガー…………所謂、免疫細胞のようなものだ。それが、各サーバーに配置され24時間監視をしている。私達管理課の仕事は、このプログラムが取りこぼした軽微なバグへの対処と、プレイヤーの動向を注視しバランスを保つことだ。

前作、ベルセリア・ナイツでの失敗を糧に、監視態勢の更なる強化を目指して導入された、新システムだ。これがあるからこそ、私達は安心してプレイヤーの監視に努めることができる。

「では君は……本部の人間にその実行犯がいると、そう言いたいのかね?」

「ええ、そうなりますね…………デバッグプログラムも、giveコマンドのような上位のマスターコマンドの実行権限も、本部にしか扱えませんから」

「成る程…………ひとまず、この件は私が責任を持って預かろう。次の定例会議までに、本部で今回の実行犯を探す」

「宜しくお願いします……」

部長に頭を下げる。この人もまた、強い正義感を持った運営の鑑のような人であり……そして、宙野博士と同じ、開発初期から携わっているメンバーでもある。私達管理課長が、絶対的な権限を持つ博士とある程度対等に話せるのは、全管理課を束ねる部長の影響が大きい。

「では今回のイベントでは、X01の動きは落ち着いていたのですか?」

ぐっ、痛いところを突いてくるな、山本め……!大問題の提示で上手いこと誤魔化せると思ったのに。

「ええ、はい。当然そのようなわけもなく…………また随分と、派手にやられてしまいました」

「話せ。今度は何をしでかしたのだ、あの男は!?」

部長に詰められる。またトイレに行きたくなってきた…………いつもの会議とは違う、テンションの乱高下で私の胃酸は高潮警報が鳴り止まない。

仕方ない、記録映像を見せながら説明するしかないか。

「…………まず、決勝トーナメントの1回戦。その終盤ですね……ここです。ここでX01は土壇場で編み出した新スキルを披露しました。スキル名は【暴食グラトニー】」

映像では、プレアデスが対戦相手のレオンの最高火力攻撃を、謎の仕組みで全て吸収し跳ね返すという、惨い光景が流れていた。

「何だ?よくある防御スキルではないか?」

「問題はその効果の強さです。彼は宝石技師なので、専用のスキルによってMPの許す限り無限に宝石を生み出せたのですが…………その仕様と噛み合わせることで、理論上無限に錬金術を防御できてしまいます」

錬金術がウリのこのゲームで、その完全な対処法が存在するなんて、あってはならない。ましてや、それが1プレイヤーの、或いは1職業でのみ実現可能とあれば、全プレイヤーがそのスキルを必須で取らなければまともに戦えない、などという地獄の環境になりかねない。

「その対処は?」

「既にナーフしました。スキルそのものの弱体化ではなく、宝石技師の生成可能な宝石の量を制限するという、仕様変更によって」

今後の彼の、無限生成を悪用したコンボを生み出さないための、予防も兼ねた策だ。これなら大丈夫だろう。

「では、それでX01への対応は終わったのか?」

「そうなれば良かったのですが…………ここからが本番です」

そう、宝石を使用したコンボは、まだ他プレイヤーでもできそうな範疇に過ぎない。ここからが…………本当に、彼自身の恐るべきプレイヤースキルが影響する事件なのだ。
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