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はじまりは突然に

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「君との婚約を破棄する」

「…ん?」


 こん…え? なに?
 突然の突風にあおられて目を閉じていたらそんな声が聞こえた。
 そっと目を開けば桃色の花弁がオレの周りを舞い散っていく。なんだろう、これは…桃の花かな?
 桃の花なんて季節はずれもいいとこだ。
 家の中でだって蝉の音がするのに、これは作り物なのかな。でも、強くかおる様々な花のにおいで目の前のそれが本物の花であることがわかる。
 それはそうと、なんだっけ。こん…こん…なんだっけ?


「君はノルエ嬢を公爵令嬢という立場を利用し、理不尽に虐げた。聞けば一歩間違えれば殺人と代わりない行為を令嬢の嗜みだと嘯いたそうではないか」

「わ、わたくしはそんなことしておりませんわ!」

「今更君の言葉を鵜呑みにすると思うのか?」

「っ!!」

「もう一度言おう。君との婚約を破棄させてもらう」


 ポカンとするオレを無視して変な服きた変な人たちがキレイな女の人を遠巻きに囲って苛めていた。
 目も覚めるような赤いドレスを着た金髪碧眼の美女が泣きそうな顔をしている。それを厳しい目つきで見る男は金色だけど白銀に近い髪色に水色の…あれはカラコンなのか? それとも日本語を流暢に話す外人なのだろうかがいて、そいつに引っ付くようにピンクにちかいブロンドの小柄な子が美女をおそるおそる見ている。被害者っぽい。でも、一瞬だけ口元が嫌な感じにゆがんだ。
 そしてそいつらをさらに囲うように男が数人立っている。
 これはなにかの撮影の最中なのかな? なんてキョロリとあたりを眺めたけど、よくテレビとかで見る機材はどこにもなくて、家から一歩出たのに現在オレが居るのはとんでもなく広くて装飾がゴテゴテした室内だ。
 寝ぼけているのかと頬を抓ってみたけど、痛みはホンモノだ。
 ということは、美女が泣きそうなのも本当で、あいつらはその子を苛めているんだ。
 オレたち男が護らなきゃいけない存在なのに、それを男が数人がかりで苛めるなんて何事だ!!
 オレがずいっと一歩踏み出せばオレの周りで舞っていた花びらが広範囲に広がる。
 その異常な事態に固まっていた人たちがオレの存在に気付いたようだ。


「お前、女の子になんてひどいこと言うんだ!」


 吼えるようにオレは泣きそうな美女を背中に庇って苛めていたやつらをにらみつける。
 大学生で18歳だってのに身長は一向に伸びず158センチ止まりのオレは完璧に埋もれてしまう。なんなら庇った筈の美女にも身長が届いていない。
 ちょっと待て、こいつら大きくないか?
 友だちの中で一番大きかったやつが180を越えたって云ってた。自分の首の向きからして、目の前のやつらはもっと大きい気がする。
 全員でかい?
 一番華奢そうな女の子もオレより大きいみたい。
 あれ? とは思ったけど、見下ろされるのは慣れてる。そんなことでオレの気はすまない。


「複数で寄ってたかって苛めて恥ずかしくないのか! 女の子はな、男が大切に守らないといけないんだぞ!」


 そうじゃないとねーちゃんに半殺しにされる。大きな剣山をチラチラみながら「コガネはお姉ちゃんの言うこと判るわよね?」なんてちっとも笑ってない目で見下ろされる。
 華道の家元である祖母に幼い頃から英才教育を受けたねーちゃんは女傑と謳われ優秀な跡取りを育てましたねってその筋の偉い人たちから祖母は絶賛の嵐だ。ちなみに姉は7歳上で身長は172センチという…く、くやしくなんてない。オレより大きくて、力が強くて大輪の花を生けた大きな花瓶をひょいっと持ち上げて運べる。たまに花を持ったオレごと片手でひょいっと運んでしまえるくらいの力持ちだ。美人なんだけど、女じゃない。女じゃないんだけど、女扱いをしないとアルゼンチンバックブリーカーで身体をみしみしされる。
 その度に「女性は守らなければならない尊い存在よ」なんてのたまう。女の人はオレみたいな目先ばかりみていないバカじゃないからちゃんと見守って、壊れそうな時は守りなさいねって昔から言っていた。


「後ろの奴もなんで見てるだけなんだ! 守れよ! 泣きそうな女の子が居るんだったら手を差し伸べるのが男だろ!」


 オレがビシリと指をさせば、そいつらはザワリと揺れる。
 その剣幕にやられてか一番きらきらしている奴がポカンとしていたら、その隣にいたピンクが裾を引っ張り「アレンデール様」と強めに声を出した。なんだかそいつの周りに黒いモヤが出来てる。嫌な感じだ。それが少し広がって、周りのやつらをうっすらと覆う。


「?」


 そこにツカツカと近寄り、一番きらきらした奴を覆っている黒いモヤを払う。
 これ好きじゃない。ピンクの口から出てる気がする。被害者みたいな顔をしているけど、これは守られるべき子じゃない。この子を庇ったらきっとねーちゃんにそっちじゃねーよ! って怒られる。こういう子ってどこにでも居て、自分は被害者なんだって言うんだけど、黒いモヤをまとってるからわかる。
 パンパンと服を片手で払って、その子から離せばきらきらした人はハッと我に返ったみたいな表情でピンクと泣きそうな美女を交互に見て口元を覆った。
 ピンクは信じられないような表情でオレを見て、次に真っ赤な顔をしてオレに向けて口を開いた。


「アンタ、なにしてんのよ!」


 黒いモヤがさらに広がる。
 ああ、嫌なものだ。
 人が悪口を言う時、嫌な感情を向けてくる時に必ずああいうモヤを吐く。
 オレはそれが気持ち悪くていつも手を払ってしまう。それで大体はなくなってしまう。だけど、今回はどうにも違った。


「!」


 手を払った先から白い花弁が沸き舞った。
 どこにも花なんてないのに、その不思議な白い花びらは黒い嫌なものを吸い上げ儚げに消えてしまった。
 最初に散っていた桃色の花は床に落ちているけど、それはなくなった。
 あたりはその白い花の芳香なのだろう、とてもよい香りに満ちていた。

 後ろの美女は大丈夫かなと、後ろを振り向こうとしたらこの部屋の向こうに見える大きな扉がバン! と開いた。
 両開きのそれはとても大きくて、RPGとかで見るような装飾だ。部屋自体もとても豪華で某遊園地かな? なんて思ってしまう。


「聖女様! こちらに召喚されておいででしたか!」


 ん?


「ああっ! 桃色の花弁…まさしく貴方様は花の聖女様!!」


 おお?


 どたばたと入ってきた人たちは黒いローブを着た人と、金色のラインが入った鎧を着た人と、偉そうな人、その他いろいろ。
 いきなりグルリと包囲されてその大きさにまたびびる。
 頭二つ分以上多い人たちがいっぱいいる。


「召喚は成功していたのですね!」


 黒いローブを着た人が嬉しそうに両手を揉む。
 召喚?
 召喚くらいバカだって有名なオレだってわかる。ここに呼ばれたってことだ。
 呼ばれた? なんで?
 小首を傾げていったいどいうことだよと、白に金色の線が入った鎧を着た人に聞く。一番話を聞いてくれそうだった。ニコニコしてるし。笑ってる? もしかしてそれ糸目ってやつ? ひょっとすると笑ってない?
 ピンクと同じような髪の色だけど、あちこちくるんくるんと巻いている短い髪はとてもかわいらしい。オレの髪は真っ黒なストレートだから髪が伸びると目に刺さって痛い。でも伸びるのが早いんだよな。それを言うとエロいからだよとからかわれるから言わない。


「貴方はこのドルマンシュ王国に聖女として遣わされた聖女様でございます」


 しっとりとしたハスキーボイスでそう告げられた。
 聖女?
 ゲームでよく出てくるあの聖女でいいの?
 つまりは、


「え? オレ、男だけど?」


「え?」


 周りがざわめく。
 たまに小学生に間違われるオレだけど、さすがに女に間違われたってことないよな? …ないよね?


「え?」

「と、とても、その…華奢なので女性の方だとばかり…」


 とんでもなく言いにくそうに鎧の人は口にした。
 確かに、華奢に見える女の子もオレよりデカイ。でもでも! オレは男だ!


「そっちがデカイだけだって! オレは大学生で十八歳だからな! 大人だぞ!」


 酒はまだ飲めないが、結婚だってしようと思えば出来てしまう大人だ。相手なんていたこともないけど。


「え?」

「えっ」

「じゅう…はっ…?!」


 絶句する外野がオレをまじまじと見下ろす。
 バカにされることが多いけど、これは悪意のないやつだから居心地が悪い。
 身長が高いからって低い人間を子供と決め付ける、許せない!
 オレは最初から肩に掛けていた旅行鞄をグッと握りしめると「ノッポ絶滅しろ!!」と捨て台詞を投げて、無駄にひろい部屋を走って出て行こうとした。
 オレは、友だちと三泊四日の旅行に行くはずだったんだ! 駅で友だちが待ってる!
 ここがどこか判らないが外に出ればわかるかもしれない。
 もうちょっとで扉ってところで鎧に邪魔された。


「こらこら、いけませんよ。外に出てしまっては」


 なにがこらじゃコラ! 離せコラ!
 完全武装された太い腕に腰をつかまれ持ち上げられる。まるで重力なんてないような持ち上げ方である。コガネおこ! 激おこ!


「アレンデール殿下。お目が覚めたところとお見受けいたします。ダール男爵令嬢を拘束してもよろしいですかな?」


「…ああ、頼む…」


 一番きらきらした人はオレから離されたピンクを儚げに見つめ、一つため息をついて偉そうな人の隣にたった。それから黒い服を着た人たちがピンクを連れて部屋から出て行った。
 あ、オレも出て行きたい。電車の時間がそろそろ迫ってそうだ。
 鎧からジタバタと逃げるように動いたが、こいつビクともしない。しかも、視界が高すぎて落された時を考えるとちょっと怖くてじっと下を見てしまった。それに気付いた鎧がオレを横抱きにした。これなら下も見えないから安心だね! って、男としてのなにかを失った気がするからやめろ!


「詳しい話は国王陛下から貴方様にお話になられます。このまま謁見の広間へとお連れいたします」


 おいおい鎧よ。このままっていうのはいわゆるお姫様抱っことやらでつれていくつもりかい?
 オレは荷物ごとも抱えられているし、それなりの重さだと思うのにこいつはまるで重さを感じていない様子で一歩前に出る。ウソだろ?! 本当にこのまま連れて行くつもりか?
 なに言ってるのかちっともわからないけど、オレは呼ばれたらしい。
 ちゃんとスマホもチェックしていたからそんなメッセージが入っていた覚えもない。でも、呼ばれたらしい。
 



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