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黄色の花びら

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 使ったペンを戻そうと鞄を見たら、クロウに渡したはずのマフィンが入っていた。全部で六個。
 ん?


「オレ、クロウにマフィン渡したよな?」

「マフィン! あれ、とっても美味しかったですよ!」


 しっかりニッコリと帰ってきた言葉に小首を傾げた。
 クロウにちゃんと渡した。ということは、これはなんだ?
 鞄の中身をチェックしていたら、もうひとつ、入れた覚えのないものがひとつ出てきた。


「味噌」


 パックに入ったやつがコロンと出てきた。出汁の要らないあわせ味噌。
 小さい醤油なら間違えて入れたのかなと納得はできたけど、これはない。友だち皆でオレの鞄を検分して余計な重さを減らしたはずだ。
 これがはいってるなら、みりんと砂糖があれば文句ないよね。追々とバターとか手に入ればお菓子も作れる。
 異世界召喚のチートってやつなのかな。
 チートで醤油と味噌つきってよく判らないけどすごいかもしれない。これを料理のオジサンに渡して創作料理をしてもらうのもいいし、キャンプをするらしい旅で振舞ってもいいかな。醤油をあまり使わないよう工夫したらきっといける。
 マフィンを一口齧る。
 味に劣化はなくて、いたんでもいない。
 クロウがこちらを見ている。表情は“待て”状態の犬だ。
 マフィン食べたいのかな。
 一応説明をして数日前のマフィンであることと、何故か鞄の中にあったことを伝えたけどクロウは食べたいみたい。
 確かめたいこともあるし、手っ取り早く氷をつくってみることにした。イメージとしてはブロックアイス。イメージで氷ができるのなら、カキ氷とかもつくれないかな。頭がキーンとしないフワフワのやつ。
 まずは、“解き放て”で開放ね。
 で、で、イメージが完全にカキ氷になってた。


「カキ氷!」


 そのまんま。捻りなんてなにもない。
 魔法が動くのが大気で判る。
 オレの周りが冷えて、手のひらに氷の器でできたフワフワカキ氷が収まった。
 便利じゃないか、魔法!


「なんですか、それ。氷?」

「夏に食べると美味しいんだよ。それは置いておいて、これを鞄に入れます」

「鞄に…ですか?」


 クロウが不思議そうな顔をしている。判る。
 普通だったら鞄の中で氷が溶けてぐちゃぐちゃになるだろう。器も氷だし。一応鞄の中身は全部出しておいたから大丈夫かな。エナメル素材の鞄だし、外には漏れないだろう。
 それから時間にして10分ほど。
 この世界は地球と同じ時間の進みで、一日が回っている。スマホを取り出して時間を確認していて気付いた。
 鞄を開けばカキ氷は溶けることなくそこにあった。
 スマホも何故か充電が減らなくておかしいな…と思っていたんだけど、こういうことか。


「鞄に入れたものの時間が止まっているみたいだ」


 あと、最初から鞄の中に入っていたものがなくなると元に戻るらしい。
 ハッキリとは言えないけど、そういうことらしい。
 で、醤油と味噌は…なんで入っているんだろう。
 とりあえず大丈夫そうだからマフィンをクロウに渡した。




 物が傷まないのなら保存に便利だから浄化の旅に出るときに一緒に持っていこう。
 一日はオレが料理当番をするからこの味噌と醤油も入れておいて、かき氷はシロップの代わりになるものを料理のオジサンに貰い受けて、侍女さんたちに振舞った。勿論、オジサンにも。フワフワのカキ氷は頭がキーンとしないから評判がよかった。
 オレがカキ氷を作ったのが王様にすぐ伝わったらしく、リキュールをかけて食べてみたいと要望があって、王様の部屋でカキ氷を作った。
 傍に呆れ顔の宰相さんがいたけど、確かに聖女として呼び出されたのに王様たっての願い第一号がカキ氷なんて…ある意味すごい。
 そして、そこでようやくオレはこの宰相さんとクロウの家名が一緒ってことを思い出した。尋ねてみれば、宰相さんはニッコリと笑って「私の息子です」って答えてくれた。


「オレ、知らず知らずの内にクロウのお父さんに会ってたんだね」

「俺の姉上にも会っていますよ?」


 クロウがキョトンとオレに告げた。
 クロウのねーちゃん? オレ、会ったっけ?


「初日に婚約破棄されてた令嬢が、俺の姉です。言ってませんでした?」


 言ってない!
 確かに、すごい美人だった記憶があるけど、あっちは金色きらきらだった。


「俺たちの家は王家の血筋なんで、髪か目が金色なんです。ちなみにあの時、婚約破棄をしていた殿下は髪も目も金色の純血種ですよ」


 ははは、と軽く教えてもらったけど、オレはビックリして目を白黒させている。
 クロウは目も覚めるようなイケメンだけど、オレには親しさしかないから王族なんて言われてもピンとこない。
 すごいってことは判るんだけど、クロウだし。


「オレの中のクロウは一番安心する人だから王族って言われても…」

「いいのぉ…クロウが一番とか…ワシはどうじゃ、コガネ様よ!」

「王様は怖くないからオレ、それが一番うれしい!」

「おぉ、おぉ、そうか、そうか! よし、コガネ様に菓子をもってまいれ!!」


 王様の前だからか、大人しくオレの背後に控えてたクロウが無言でオレを抱きしめる。
 ニコニコ顔の王様にクロウごと座るよう命じられて、ソファに座ったら宰相さんも隣に座った。親子に両隣を占拠されてしまった。
 宰相さんはオレを褒めてくれるから、一緒にいて楽しい。頭をポンポンと撫でられ、そのまま皆で晩餐会になった。
 気兼ねすることがない夕食にオレの幸せメーターがぐんぐん上がっているのが舞い散る花びらの色と数で判る。デザートで出たそれがあのオジサンが作ったものだと判って余計にうれしくなった。
 うれしいときに出る花びらは黄色!



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