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びふぉーあふたー!

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 九重京也(ここのえ きょうや)は10人中9人は目を逸らせて係わり合いにならないよう祈りを捧げられるような見た目をしている。そのうちの1人はたまにいる“同類おなかま”だ。目が合うと喧嘩をしなくては心落ち着かない所謂ヤンキーと呼ばれる存在。
 京也のポリシーはオシャレリーゼントである。毎朝、30分しっかりきっちりまとめ上げている。クセのない髪をまとめるのも一苦労だが、髪を洗ったあとの前髪の鬱陶しさったらない。しかし、リーゼントを作るためには仕方のないことだ。
 髪は黒の方がばっちり決まるので髪を染めたことは一度もなく、ピアスは装飾品にそこまで興味がないのでブレスレットを嵌めるくらい。
 幼い頃は、学校の先生でも医者でもないのに“大先生”と呼ばれる祖父や、それなりの地位にいる両親に期待されていた。しかし、京也の五つ上の兄の優秀さの影に埋もれ、期待されることもなく、ただのスペアとして扱われていた。そんな子供がまともに育つわけもなく、中学に入ると同時に京也は悪い仲間とつるみはじめた。
 それなりの悪さもしたし、警察へ厄介になったことも数知れず。その度に、京也の両親が権力を使いもみ消してきた。それに反抗して京也は荒れに荒れ、立派なヤンキーとして誕生した。
 目が合えば喧嘩。
 気に食わないことがあれば力でねじ伏せる。
 180センチで体格にも恵まれた京也は負けなしで、高校にはいって明け透けにズバズバと物を言う友人と呼べる人間に出会った。
 ささくれた心が少しだけ柔らかくなる気がした。
 京也の周りには九重家の力をあやかろうと擦り寄ってくるような人間だらけだったから。
 親の言うことを聞くわけじゃないが、喧嘩に明け暮れる以外にも楽しいことがあるかもしれないと心のどこかで思い始めたとき、ひとつの騒動が起こった。



「九重さん! シガさんがやられました!」
「隣町のやつです!」

 いつもたむろっている校舎裏の中庭に京也を慕っている一年生が二人走りこんできた。

「隣町って、浅川のとこのグループか?」

 京也が尋ねれば、一年生の一人が必死に頷く。
 浅川は隣町の高校で京也と同じく学校を牛耳っているグループだ。
 しかし、京也のグループはヤンキーや不良と言った言葉が合うが、あちらはインテリと呼ばれるグループだ。京也は浅川が大嫌いである。
 浅川は勉強ばかりしていそうな風体だが、身長は京也より少しだけ高く、隠れマッチョである。タイマンの喧嘩を幾度がしているが、いつも途中で邪魔がはいり勝負がついたことがない。
 今日こそはあのクソ眼鏡を吹っ飛ばしてやると意気込んでいるのだが、それがかなったことがない。
 基本的に駅で偶然会ったとか、京也以外の人間が喧嘩をおっぱじめてヘルプで呼ばれるくらいしか顔を合わせたことがない。
 インテリと呼ばれるに相応しい物言いでペラペラと腹の立つことばかり言う浅川に会いたくないから出来るだけ奴らには関わるなと、最近は何度も言い聞かせていたのに、あちらから仕掛けてくるなんて業腹である。

「俺たちが負けたら九重さんをもらいにくるって…」

「ぶっ潰してやる…」

 一年生がなにか言っていたが京也には聞こえなかった。低く唸るような声が喉のそこから出た。
 シガは高校で初めて出来た友人であり、腹心だ。浅川ごときが手をだしていい存在じゃない。
 今度こそ二度と顔を出せないように潰してやる。
 そう決意して京也は座っていたベンチから腰を上げた。








 京也は浅川のグループを壊滅に追いやらんと意気込んで駅に向かった。
 筈である。

「………」

 右を見て、左を見て、下を見る。
 あたり一面のどかな風景が広がっている。
 天気も上々、さわやかな風が京也の頬をくすぐる。
 人一人を殺している目だと噂される京也のするどい目がさらに攣りあがる。

(どこだ…ここは)

 道が出来ているから人の気配はあるものの、山しかない。平原の向こうに山。民家があるわけもなく、舗装すらされていない道が一本続いている。
 もしや行く道中で浅川たちのグループに奇襲されて頭を殴られ気絶して、ここに投げ捨てられたのかもしれないと後頭部を触るも、異常はない。
 スマホで連絡をとってみようと思いつき、ポケットを探る。
 持っていたのは眼鏡のみだった。

(そうだ…壊れるとメンドクセーからヌマに預けたんだ)

 眼鏡は耐衝撃のケースにいれていたからポケットに入れたままで、その他は全部後輩に預けていた。
 財布も勿論だ。
 どうしたものかと悩んでいたら、後ろから聞きなれないテンポの音が聞こえた。それは一定の速度でこちらに近づいているようだ。

(人か?)

 明らかに自動車ではないその音に京也は警戒した。
 近づくそれは、馬だった。
 馬だが、京也が知っている馬とは違い、大きい。幼少期に親に連れられて馬に乗ったことがあるが、ここまで筋肉質ではなかったような気がする。
 目の前でピタリと止まった馬はモリモリのマッチョだった。見たことのある馬より一回り程デカイ。

「お前は、なにをしている?」

(う、馬が喋った!)

 視界いっぱいの馬が突然と人語を喋りだしたので京也は目を見張った。
 とても渋い低い大人の男の声だった。
 いや、馬が喋るわけがないと、馬から数歩下がり馬全体を見渡せるように横にそれた。やっぱり上には人が乗っていた。

「なんだその格好」

 馬に跨り騎乗していた男はアッシュブラウンの短い髪に、彫りの深い端正な顔立ちの外人だった。
 しかも、時代錯誤な鎧を着ている。
 映画でたまに見るような鎧だ。
 見た目は外人なのだが、日本語を喋っていたからハーフだろうか。

「オレ、気がついたらココに居たんだけど、ココどこなワケ? 駅ってどこにあんの?」

 見渡す限り山しかない。駅も見えない。歩いて駅に辿り着くにはどれくらい歩かなければならないのか。

「エキ…とはなんだ?」
「は?」

 何言ってんだ、このオッサン。
 もしや、日本語をネイティブに喋れるけど単語はまだまだなのかもしれない。

「Where is the nearest station?」
「何を言っているんだ?」

 馬に乗った美丈夫はポカンとした顔で京也をみていた。

(お前が何言ってんだよ!!)

 思わずイラっとした京也に罪はないはず。







 端的に言えば、京也は異世界トリップというものをしたらしい。
 偶に世界のどこかで異世界から“落ち人”という来訪者がやってくるらしい。
 何故落ち人が現れるのか解明されては居ないが、落ち人には聖魔法が備わっているらしく、希少なその力はどこに行っても優遇される脅威の力らしい。
 らしい尽く目なのは、京也が“どこ”に行くでもなく、最初に拾われた騎士の好待遇に満足して他所に行かないからその話が本当なのか判らないのだ。



 この世界は三つの国に分かれ、国境に沿って砦が建てられている。
 フォンディール国の砦を護る、第一特殊砦騎士団の団長が京也を拾った男であった。
 砦を護る騎士団は魔法と剣の両方を操るエリートである。万が一のことに備え前線で活躍する為に鍛錬を怠らないストイックな男達を纏め上げるダルシュ団長は警備と馬の鍛錬を兼ねた遠乗りをしている最中に落ち人である京也を見つけた。
 この世界で落ち人は有名で、見つけた人間には幸福がもたらされるという噂がある。もちろん、落ち人が客人として満足がいくよう配慮しなければならない。
 ダルシュは幸福云々は自分の手で掴み取るものだと思っている。しかし、落ち人が使える聖魔法は魅力的だ。
 何があるか判らない砦の騎士団には日々命の危険が付きまとう。
 傷を癒せる力があるのなら、もし、万が一何かがあっても自分を含め、他の騎士たちの心を研磨させることが減る。
 何があろうとも国を護るのが騎士の務めだが、人間である以上、心は捨てられない。同志が死ねば心が痛む。
 京也に事のあらましを説明して、聖魔法が使えるのか試したところ正常に魔法が作動した。それがどの程度まで傷が治るのか判らないが追々知っていけばいい。
 それを知ってダルシュは京也の世話を焼いた。
 おはようから、おやすみまで。
 真綿で包み込むように、ゆっくりと、優しく。
 最初は威嚇をして一瞬で手がでるような雰囲気だった京也は次第に落ち着いていった。
 ダルシュが世話をするのを嫌がり、甘やかされるのを拒否して癇癪を何度も起こしていたが、慣らされたと言うべきか。
 ダルシュが宥め、抱きすくめれば京也は大人しくなる。
 上背はあるが、長年鍛え抜かれたダルシュと比べれば圧倒的に細い京也は力ではダルシュに敵わないし、どんな暴言を吐いても今年30になるというダルシュにとっては子供の癇癪程度のようだ。
 それに気付いて京也は反抗をやめた。
 元々、あちらの世界でも喧嘩っ早い性格をどうにかしようとしていたのだ。
 落ち着くなら今だろうと理解した。



 自慢の髪型もこの世界ではジジくさい匂いの整髪料しかなくて長い前髪を垂らしたままだし、浅川が眼鏡をしているからと裸眼でいたけれどこの世界に奴は居ないので眼鏡をかけ始めた。コンタクトは何度もチャレンジしたけど、目の中がゴロゴロするから頑張って裸眼で居た。お陰で目つきがとんでもないことになっていたが。
 服装もシャツに軽いカーディガン、サルエルパンツみたいなのをダルシュに貰いそれを着ている。
 日本に居たころと随分違う風体に皆驚くだろうな。
 そう思うと少しだけおかしくて喉でククッと笑えば、それを目ざとく見つけたダルシュが京也の頬を拳でスルリと撫でた。

「どうした、キョーヤ」
「随分とオメーに慣らされたなって、笑ってたんだよ」

 ガッチリとした体躯に、端正な顔つきのダルシュは砦の中にある町で人気者だ。あちらこちらから声が掛かり、その色男ぶりに町の女性はため息をつく。
 夜のお誘い合戦もすごいらしいのだが、夜は京也のお守りを何より優先させているダルシュが受けるわけもなく、毎晩枕を涙で濡らす女性が後を絶たないらしい。

 この世界に来て一年。
 元の世界に戻れる兆候はない。
 未練はあちらの友人たちを置いてきてしまったことだろうか。
 身も心もこちらでグズグズに溶かされてダルシュ抜きでは生きられないのではないかと思わせる程の溺愛振りに京也は満更じゃない。
 言葉で、身体で、全部を使って愛されている。
 ギュッとダルシュに抱き込まれれば幸せで、頭を撫でられるともうどうなってもいいと思考を放棄してしまう。

「キョーヤ、大好きだ。愛している」

 噛み付くようなキスを施され、甘い言葉で囁かれる。
 最初は京也の聖魔法の為にウソっぱち並べているのかと思ったが、恋愛経験のない京也にだって、その瞳が京也への愛でいっぱいになっているって簡単に判るくらい甘くとろけている。
 野良猫が飼い猫になって表情が柔らかくなるって聞いたことがあるけれど、きっと京也の表情はそれだろう。
 全身でダルシュの愛を感じ、京也は目を閉じた。













 京也がこちらの世界に来て一年が少し過ぎた頃。
 とても珍しいことにもう一人の“落ち人”が隣の国に現れたらしい。
 名を“アサカワ”と言うらしい。

(……聞いたことがあるけど、なんだっけ……)

 完璧な愛され飼い猫となった京也はダルシュの腕の中でぼんやりとまどろんだ。








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