最後の将軍

おくん血•タケル

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第二話 月下の決意

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その夜、屋敷の庭には虫の音と、遠くで聞こえる波の音だけが響いていた。
羅刹は一人、縁側に腰を下ろし、手酌で酒を口に運んでいた。
盃の中に、月が揺れている。

「……無謀はやめろ、か。」

昼間、沙代が言った言葉が脳裏をよぎる。
あの穏やかな声音の裏に、どれほどの恐れと悲しみが隠れていたのか。
楓と凛もまた、言葉には出さぬが同じ思いを抱いているのだろう。

羅刹は、ひとつ深く息を吐いた。
戦地の焼け跡の匂い、散っていった仲間たちの顔が、ふと甦る。
だがそれ以上に胸を締めつけたのは──
「父上ぇぇ‼️」と泣きながら抱きついた真守の小さな手の温もりだった。

「……国が負けても、わしは負けておらぬ。」

呟いた声は、夜風に溶けて消えた。
だがその言葉は羅刹の中で、鋼のように確かな響きを持って鳴り続けた。

かつての戦は、刀と銃で挑むものだった。
だが、これからの戦は“誇り”と“生き様”を懸けたものになる。
時代が武士を捨てても、武士が時代を見捨てるわけにはいかぬ。

羅刹はゆっくりと立ち上がった。
月光に照らされたその姿は、まるで古の戦神のように荘厳であった。

「子らのためにも、見せねばならぬ。
 親父がどんな世界でも膝をつかぬことを──。」

その瞬間、雲間から月が顔を覗かせた。
羅刹の眼には、その光がまるで“先祖の導き”のように映る。

「守る。すべてを。
 沙代も、楓も、凛も……そして真守も。」

盃を置き、羅刹は静かに刀を撫でた。
戦後、封じていた愛刀〈天哭(てんこく)〉。
再びその鞘が鳴る。

──この夜、最後の将軍が再び“闘う覚悟”を定めた。


──帰郷と再会──

翌朝、羅刹は黒羽織に袖を通し、静かに屋敷を出た。
手には線香と酒。
向かう先は、山の中腹にある鷹田家の墓所──代々の魂が眠る“御霊ヶ丘”だった。

戦地の硝煙の匂いがまだ身体に残る。
その中で羅刹は、ゆっくりと手を合わせた。

「……ご先祖方。
 この鷹田羅刹、国は敗れど、魂は折れておりませぬ。
 この地に、再び“家”の灯をともしてみせます。」

線香の煙が風に流れ、朝の光に溶けていった。

その足で、彼は山裾の古い母屋へ向かう。
そこには、まだ父と母が健在で暮らしていた。
父・鷹田源五郎(げんごろう)、七十を越えた今も背筋は真っすぐ。
母・**琴乃(ことの)**は原爆の被害にも負けず、穏やかな笑みを絶やさぬ女性である。

縁側に腰掛ける父が、煙草をくゆらせながら目を細めた。
「……羅刹か。やっと戻ったか。」

羅刹は深く頭を下げた。
「ただいま戻りました、父上、母上。」

母・琴乃が涙ぐみながら駆け寄り、その顔に触れた。
「まぁ……ほんに、生きとったんね……! もう帰らんかと思うたよ……!」

羅刹はその手を取って微笑む。
「母上が祈ってくれたおかげです。」

父・源五郎は黙って茶をすすり、やがて低く口を開いた。
「羅刹。国は負けた。
 わしらの“武士”の生き方も、もはや時代遅れじゃ。
 だが──それでもお前は、どう生きるつもりだ?」

羅刹はしばし沈黙し、庭の松を見つめた。
「……父上。
 国が負けても、わしは負けておりません。
 この家を守り、妻たちを、子を……この血を絶やさぬために、
 たとえこの身が罪人になろうと、わしは立ちます。」

母・琴乃は眉を寄せた。
「今はもう、“家制度”も、“側室”も、全部法律で禁じられたとよ。
 そんなことすれば、牢屋に入れられてしまうとよ。」

羅刹は静かに笑った。
「心配いりませぬ。牢よりも、魂を縛られる方がよほど苦しい。
 父上が教えてくださった“義理と誇り”──
 それを子らに残すためなら、法など恐れませぬ。」

源五郎は煙草を揉み消し、ゆっくりと立ち上がった。
そして、羅刹の肩を力強く叩いた。

「……それでこそ、鷹田の男じゃ。
 行け。だが、決して“怒り”で動くな。
 お前は戦を生き延びた男。今度は、“生かす”ために戦え。」

羅刹の眼に、静かな光が宿る。
「心得ました、父上。
 戦では剣を、今度は心をもって闘います。」

その背を、母は泣きながら見送った。
琴乃:「羅刹……あんた、ほんにお父さんそっくりやねぇ……」

風が縁側の竹風鈴を鳴らす。
その音はまるで、祖先たちが「見届けておるぞ」と告げるようだった。
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