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15 逃げるが勝ち

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「ん? あれ? ゴブリンの気配がない?」

 いや、近くのコロニーにはたくさんの気配がある。だが、エサを探しに出ている気配がないのだ。

「……どうなってるんだ……?」

 ゴブリンの気配が揺らいでいる。これは……脅えている、のか?

 これまでの経験から気配には喜怒哀楽がある。飢えているときの不安。痛みへの怒り。食い物があったときの喜び。楽しいって気配は感じたことはないが、気配には喜怒哀楽があり強弱があるってことだ。

「も、もしかして、なにか、いるのか?」

 すぐに相棒を抜いて構えた。

 耳栓を外し、周囲の音に耳を澄ませる──が、これと言った音は聞き取れない。静かなものだ。

「……いや、静かすぎるの、か?」

 野鳥の鳴き声があったはずなのに、今はそれがない。山自体が脅えているかのようだ。

「ヤバい感じがする」

 近くの木に罠を仕掛け、少し離れてセフティーホームへ入った。

 窓から様子を眺めること三十分。なんかヤバいものが現れた。

 最初は熊かと思ったが、アフリカ像よりデカく、黒い体毛に覆われ、前脚が長く後ろ脚は短い。窓が動かせないので下半身しか見えないが、下半身だけでもヤバいことが理解できた。

 ……レベル40になったら戦える存在だぞ……。

 力士の胴回りくらいはあるだろう木を前足だけで倒し、土嚢袋を括りつけた木を倒し、熊のような口で大福でも食うかのように木ごと土嚢袋を口に入れてしまった。

「罠ごとかい」

 どんだけアゴの力があんだよ? 戦車だって噛み千切れんじゃないのか?

 処理肉を飲み込むと、スンスンと周囲の臭いを嗅ぎ出した。臭いで獲物を探すタイプか?

 オレの臭いを探しているようだが、途切れてしまったことに臭いを追えないでいる。やっとのこと臭いを嗅ぎ分けたのか、昨日、ゴブリンを殺したほうへと消えていった。

 恐怖で足がすくんでしまったが、レッドなドラゴンほどの恐怖は感じず、大洪水を起こすことはなかった。

「……凶悪なのがいるとは想像してたが、始まりの土地にいるとは想像できねーよ……」

 物語では現れるところではないところで高レベルのモンスターが現れたりするが、あれはチートがあってレベルアップするから許されるのであって、ゴブリン駆除して五千円のオレには無理ゲーでしかない。全力ダッシュで逃げる一択だわ!

 とは言え、あんなのから逃げるにも知恵を使わなければ逃げ切るなんて無理だろう。ゴブリンの気配はわかってもあのバケモノの気配はわからないんだからな。

「ダメだ。逃げ切れる未来が見えない」

 詰みなのか? 記録更新で詰みなの? オレの人生ジ・エンドなの?

「クソ! 死にたくねーよ!」

 やっとゴブリン駆除にも慣れてきたのに、こんなところで死ぬだなんて嫌だ! もっと生きたいよ!

 だったら考えるしかない。知恵を駆使するしかない。考えろ、オレ!

「あのサイズだ、素早く動けるタイプじゃない。臭いで獲物を追うか死肉を探すかだろうと思う」

 ただ、あの巨体を維持しなくちゃならないんだから食う量は相当なものになる。ってことは、肉以外も食うか、大量に獲物を捕まえる手段があるかだろうな。

 なんにしても相手を知らなければ対処のしようもない。って、思うのが英雄になるんだろうな~。

 三十のオレだってそう思うし、そうありたいとは思う。だが、勝てない相手に挑むほどオレは英雄気質は持っていない。嫌なことからは逃げるし、ことなかれ主義でもある。怖ければ大洪水を起こすチキン野郎である。ダメ女神が言ったように普通オブ普通の男なんだよ。

 だから普通の男は勝てない相手に逃げることは恥ではないし、逃げるために知恵を働かせる。普通、ナメんな、だ。

 とりあえず、新しく装備を整えるとしよう。

 アサルトライフルはHK416A5と言うヤツにした。

 素人のオレにはなにがいいのかわからない。なら、プロが使ってるのを真似たらいい。元の世界で最強のプロと言えば米の国。世界一の軍隊が使ってんだからいいものだろうという発想だ。悪いか。

 このタブレットは実に優秀で、雑誌の写真を取り込むと、その品を買えたりするのだ。

「これもこれでチートだよな。金は必要だけど」

 プレートキャリア、とか言ったか? ベストのようなものはサバゲー雑誌に掲載されたものだ。

 胸の前にマガジン三本が入れられ、その下にバックがついている。ここには手榴弾を入れておく。

「まあまあの重さだな」

 腰回りは元はグロックのホルスターを腰につけ、マガジンポーチは二つ。三十連マガジンポーチ一つ。右腰にはマチェットを装備させた。

 あと、最後にランチバッグとシュールストレミングを十二缶買った。

 シュールストレミングとは世界一臭い缶詰とも言われるニシンの缶詰だ。

 あのバケモノが臭いで獲物を探すのなら臭いもので鼻を誤魔化してやればいい。嗅覚が優れてるなら相当な臭いになるはずだ。

 まあ、自分も臭くなるのは嫌だが、背に腹は代えられない。どうせ「臭い!」と嫌がる相手もいないんだからな。

「まずはこの地から離れながら、アサルトライフルの練習をするか」

 あんなバケモノがいるところで駆除などやってられるか。逃げるが勝ちだ。

「クソが。必ず生き抜いてやる」

 そう覚悟して、外へと出た。
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