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プロローグ
1、
しおりを挟む鬼が最強だなんて誰が決めたの?
妖の中で絶対的に数が少なく、けれど絶対的強者である鬼の一族。
その中に生まれながらにして、私は最弱の者として蔑まれた。
『この程度の術も使えないのか?一族の恥さらしめ!』
父は私を愛してくれなかった。
『お前のせいで、私まで馬鹿にされる。二度と話しかけるんじゃないよ!』
私の存在を無かったことにしたかった母。
『どうして一族の中で一二を争う有能な私や兄様の妹が、何もできない無能なお前なの?』
そう言って姉は私に熱湯をかけた。それは痣となって残った。
『お前、誰だっけ?』
兄はそもそも私という存在を認識しようともしない。
鬼の一族をまとめる頭領、その末娘として生まれた私は、けれど使用人として扱われている。
毎日毎日、家族どころか使用人たちからも疎まれ、暴言を浴びせられ、時に暴力をふるわれることすらあった。
味方はいなかった。
世界は私に冷たかった。
生きているだけで苦痛となった。
そのままであれば、私はきっと生きながらえることはなかったろう。
転機が訪れたのは、9歳の時。
「う、ぐす、ひっく……」
9歳の私は、涙を流しながら雪道を歩いていた。
人里離れた山の奥地に存在する、鬼の里。
どれだけ歩いても人里へたどり着けるはずもなく、降り続ける大雪に視界は最悪。手足に感覚は既に無い。
そんな中で涙を流して歩くことは、自殺行為。だが9歳の私にそんなこと、理解できるはずもない。
ひたすらに涙を流し、それらは氷り、体温と体力を奪う。
歩けなくなるまでもう間もないことだろう。
使用人の風呂を、誰よりも後に、一番最後になってようやく入れるのはいつものこと。
だがその日はいつもより遅く、そしてされたことはひどかった。
同じ使用人で、20才そこそこのカヨという下級鬼は、虫の居所が悪かったのだろう。鬱憤を私で晴らすことにしたらしい。
『お前に湯なぞ無いよ!』
そう言って、彼女は小さな風呂桶から濁った湯を抜き去った。
『この水で洗いな!』
渡された手桶の中には、氷水。
『そんな……寒くて無理です!』
『口答えする気か、落ちこぼれのくせに!』
彼女は反論する私の頭上から、思い切り氷水をかけた。たちまち奪われる体温。一気に歯がガチガチなる私を見て彼女は大笑い。
そして
『気に入らないなら雪で洗ってこい!』
そう言って、彼女は私を屋敷から追い出したのだ。
騒ぎを聞きつけて使用人長やらがやって来たが、庭に放り出された私を見ても何も言わない。
『開け放していたら寒いだろ』
それだけ言って、彼は屋敷と庭をつなぐ扉を閉めた。鍵が閉められる音が私を絶望へと突き落とす。
じっとしていても体は凍えるいっぽう。動かなくては、それが命取りになる行為だとしても、私は歩き出した。
すぐに雪に奪われる視界。
庭はすぐに視界から消えた。
自分の居場所もすぐに分からなくなる。
どれだけ歩いただろうか。
ただもう、なんの感覚もない──寒さも、痛みも。
「助けて、誰か助けて……」
助けて父様、と言ったところで父が来ないことは明白。
母に助けを求めても、彼女はきっと私の死を望むだけだろう。姉も同じ。
兄には……私の声は、きっと届かない。
「誰か……!」
叫んだ瞬間、一気に冷たい空気が喉を通過し、忘れていた痛みを感じて膝をついた。
入浴前だったので薄着。雪の冷たさが簡単に肌へと通る。
違う。
冷たくない。
「温かい……」
雪を温かいと感じるのは初めてだ。知らなかった、こんなにも温かいなんて。
(このまま眼を閉じれば、終われるだろうか)
全てを終わらせることができるかな。
思って眼を閉じた。
どれだけそうしていたのだろう。5分?10分?いやそれ以上?
もしかしたら、一瞬?
不意に感じたのは、ふわりとした感触。
それはまるで、遠い遠い過去に使っていた布団のように温かくて。
「気持ちいい……」
思わずそれをたぐりよせ、頬を寄せる。
「おい、俺は毛布ではないぞ」
声がしたのは直後のことだった。
驚いて手を離し、パッと眼を開ける。
目の前は真っ白だった。ああ、雪がこんなにも……と思ったところで、真っ白なそれが雪でないことに気づいた。
ピョコリと立つ白い耳。
真っ白な顔の中で、ランランと輝く黄金の瞳。
黒い鼻。
開いた口の中は血のように赤く、鋭い牙がギラリと光る。
その体毛は雪と同じ白さで、けれどフサフサのモフモフで、とても温かい。
そう、温かいのだ。
大きな、人よりも大きな、まるで大熊のような白い犬は、私の体を包むようにしてそこに佇んでいた。
「おっきな犬……」
「犬……まあいい。お前はなんだ?どうしてこんな大雪の中で倒れている?」
「私?私は……」
なんだと問われた。
だから答えた。
「私は雪月。鬼の一族……最弱の鬼、だよ」
その瞬間。
雪のような白き犬が、眼を細めた。
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