3 / 38
3. 愚か者
しおりを挟む
私に統治者としての素質があると気づいたお父様は、鬼だった。
スパルタもスパルタ、色々な試練を私に課した。国の成り立ちに始まり、一般的な歴史、領地を治めるのに必要な金銭の流れ、商業の仕組み、取引の方法など。国の中でも高名な学者や講師に教えを乞い、日々勉強。
私も自分の知識欲を満たすため、それを望んだものだから際限がなかった。疑問に思うことがあれば、その答えを突き止めるまで気が済まないのだ。そうして調べていくうちに、また違う疑問が湧いてくる。まるで永遠のループに嵌ったかのように、私は来る日も来る日も調べものに明け暮れた。
加えてお母様からも淑女教育の予定を入れられるので、まさに朝から晩まで、息をつく暇も無かった。
私のお父様ーーハワード・フェルマー公爵は、ラッセル王国の外相だ。国王の信頼も厚く、国益を守るため他国との交渉を一手に担っている。
お父様の仕事は私の闘争心を大いに燃やした。公爵家の領地を継ぐだけなら、外交の知識は重要だが必須とまでは言えない。だがお父様の知り得る知識を、私が共有出来ないのは悔しいのだ。
そんな私の気持ちを察したのか、お父様はある時、まだ幼い私を隣国のマクローリン国に伴った。その地の特産物である貴腐ワインを手に入れるためだ。
外交の一環ではあったがただの買い付けなので、ぶどう畑の見学、そして領主主催の夕食会に参加するだけの簡単なものだった。
だがその訪問で私は失敗を犯した。
マクローリン国と我が国の言葉は似通っていて、簡単な会話には困らない。ただ同じ発音で単語の意味が違ったりするので、少し注意が必要だった。
私はその時、私たち親子を歓待してくれた領主に、礼儀としてお礼を述べたかっただけなのだ。
「お料理、とても美味しかったです。特に『愚か者』の味付けが最高でーー」
「え、愚か者?」
「え? は、はい……」
眉を顰める領主に、私は焦った。何か変なことを言っただろうかと、幼心に青ざめる。助けを求めてお父様の方を向くと、彼は優雅にナプキンで口元を拭っているところだった。
「『ステーキ』のことですよ。ニンニクの風味が効いていて、気に入ったようです。申し訳ありません。娘はまだ、貴国の言葉を覚え始めたばかりでして。ところで牛といえば、貴殿の領地では放牧も盛んですね」
「ああ、そういえば、ラッセル国では、『愚か者』はガーリックステーキって意味でしたね! あはは」
「……」
私は顔から火が出る思いだった。耳まで真っ赤にして縮こまった私を、領主は笑って、子供の可愛い『言い間違い』で済ませてくれた。
翌日、帰国の道すがら、馬車の中でお父様は言った。
「今回は笑い話で済んだが、『言い間違い』は外交において命取りだ。そんなつもりでは無かった、では通じない。我が国では『和平』という意味が、他国では『戦争』の意味になったりする。それは外交に限らず、共通の認識は領地運営に関することでも重要なことだ」
「……はい、お父様。肝に銘じます」
それから私は、これまでしていた勉強の範囲をラッセル王国に隣接する国々の語学にまで広げた。果てにはお父様の勧めで、その国々のマナーからタブーまで。他国の習慣を覚えることは、言葉以上に大きな意味を持つらしい。確かにマナー違反はあらゆる信頼を無くすよね。
そうして今日も私は、邸の図書室に篭り勉強に明け暮れていた。
ーーああ、また知らない言葉が出てきたわ。これはどの本に詳細が載っているのかしら……
こんな時、私はいつも思うのだ。
私もーー
『ぐぅぐる』が使えたらいいのにな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
スペイン語でバカは牛肉、アホはニンニクのことらしいです。
スパルタもスパルタ、色々な試練を私に課した。国の成り立ちに始まり、一般的な歴史、領地を治めるのに必要な金銭の流れ、商業の仕組み、取引の方法など。国の中でも高名な学者や講師に教えを乞い、日々勉強。
私も自分の知識欲を満たすため、それを望んだものだから際限がなかった。疑問に思うことがあれば、その答えを突き止めるまで気が済まないのだ。そうして調べていくうちに、また違う疑問が湧いてくる。まるで永遠のループに嵌ったかのように、私は来る日も来る日も調べものに明け暮れた。
加えてお母様からも淑女教育の予定を入れられるので、まさに朝から晩まで、息をつく暇も無かった。
私のお父様ーーハワード・フェルマー公爵は、ラッセル王国の外相だ。国王の信頼も厚く、国益を守るため他国との交渉を一手に担っている。
お父様の仕事は私の闘争心を大いに燃やした。公爵家の領地を継ぐだけなら、外交の知識は重要だが必須とまでは言えない。だがお父様の知り得る知識を、私が共有出来ないのは悔しいのだ。
そんな私の気持ちを察したのか、お父様はある時、まだ幼い私を隣国のマクローリン国に伴った。その地の特産物である貴腐ワインを手に入れるためだ。
外交の一環ではあったがただの買い付けなので、ぶどう畑の見学、そして領主主催の夕食会に参加するだけの簡単なものだった。
だがその訪問で私は失敗を犯した。
マクローリン国と我が国の言葉は似通っていて、簡単な会話には困らない。ただ同じ発音で単語の意味が違ったりするので、少し注意が必要だった。
私はその時、私たち親子を歓待してくれた領主に、礼儀としてお礼を述べたかっただけなのだ。
「お料理、とても美味しかったです。特に『愚か者』の味付けが最高でーー」
「え、愚か者?」
「え? は、はい……」
眉を顰める領主に、私は焦った。何か変なことを言っただろうかと、幼心に青ざめる。助けを求めてお父様の方を向くと、彼は優雅にナプキンで口元を拭っているところだった。
「『ステーキ』のことですよ。ニンニクの風味が効いていて、気に入ったようです。申し訳ありません。娘はまだ、貴国の言葉を覚え始めたばかりでして。ところで牛といえば、貴殿の領地では放牧も盛んですね」
「ああ、そういえば、ラッセル国では、『愚か者』はガーリックステーキって意味でしたね! あはは」
「……」
私は顔から火が出る思いだった。耳まで真っ赤にして縮こまった私を、領主は笑って、子供の可愛い『言い間違い』で済ませてくれた。
翌日、帰国の道すがら、馬車の中でお父様は言った。
「今回は笑い話で済んだが、『言い間違い』は外交において命取りだ。そんなつもりでは無かった、では通じない。我が国では『和平』という意味が、他国では『戦争』の意味になったりする。それは外交に限らず、共通の認識は領地運営に関することでも重要なことだ」
「……はい、お父様。肝に銘じます」
それから私は、これまでしていた勉強の範囲をラッセル王国に隣接する国々の語学にまで広げた。果てにはお父様の勧めで、その国々のマナーからタブーまで。他国の習慣を覚えることは、言葉以上に大きな意味を持つらしい。確かにマナー違反はあらゆる信頼を無くすよね。
そうして今日も私は、邸の図書室に篭り勉強に明け暮れていた。
ーーああ、また知らない言葉が出てきたわ。これはどの本に詳細が載っているのかしら……
こんな時、私はいつも思うのだ。
私もーー
『ぐぅぐる』が使えたらいいのにな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
スペイン語でバカは牛肉、アホはニンニクのことらしいです。
4
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
【完結】お父様(悪人顔・強面)似のウブな辺境伯令嬢は白い?結婚を望みます。
カヨワイさつき
恋愛
魔物討伐で功績を上げた男勝りの辺境伯の5女は、"子だねがない"とウワサがある王子と政略結婚結婚する事になってしまった。"3年間子ども出来なければ離縁出来る・白い結婚・夜の夫婦生活はダメ"と悪人顔で強面の父(愛妻家で子煩悩)と約束した。だが婚姻後、初夜で……。
売られた先は潔癖侯爵とその弟でした
しゃーりん
恋愛
貧乏伯爵令嬢ルビーナの元に縁談が来た。
潔癖で有名な25歳の侯爵である。
多額の援助と引き換えに嫁ぐことになった。
お飾りの嫁になる覚悟のもと、嫁いだ先でのありえない生活に流されて順応するお話です。
勘違い妻は騎士隊長に愛される。
更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。
ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ――
あれ?何か怒ってる?
私が一体何をした…っ!?なお話。
有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。
※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。
第3皇子は妃よりも騎士団長の妹の私を溺愛している 【完結】
日下奈緒
恋愛
王家に仕える騎士の妹・リリアーナは、冷徹と噂される第3皇子アシュレイに密かに想いを寄せていた。戦の前夜、命を懸けた一戦を前に、彼のもとを訪ね純潔を捧げる。勝利の凱旋後も、皇子は毎夜彼女を呼び続け、やがてリリアーナは身籠る。正妃に拒まれていた皇子は離縁を決意し、すべてを捨ててリリアーナを正式な妃として迎える——これは、禁じられた愛が真実の絆へと変わる、激甘ロマンス。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました
春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。
名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。
誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。
ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、
あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。
「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」
「……もう限界だ」
私は知らなかった。
宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて――
ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。
独身皇帝は秘書を独占して溺愛したい
狭山雪菜
恋愛
ナンシー・ヤンは、ヤン侯爵家の令嬢で、行き遅れとして皇帝の専属秘書官として働いていた。
ある時、秘書長に独身の皇帝の花嫁候補を作るようにと言われ、直接令嬢と話すために舞踏会へと出ると、何故か皇帝の怒りを買ってしまい…?
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる