女公爵になるはずが、なぜこうなった?

薄荷ニキ

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2. 二度目のデビュー

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 ラッセル王国の貴族の中でも名家と呼ばれる、フェルマー公爵家のサロンの一室にて。

 私のお父様ーーハワード・フェルマー公爵が主催したお茶会には、多数の人が集まった。交流会という名の情報収集は、お家繁栄を願う貴族達にとって重要事項だ。

 夜会と違って大広間は開放せず、よく手入れされた庭での軽食会……といえば少し安っぽく聞こえるが、そこは大貴族、用意した食べ物は甘味に至るまで全て一級品だった。傍では楽団が、会話の邪魔にならない音量で皆の耳を楽しませている。

「そういえば、マダラ産の珍しい酒が手に入ってね……」

 お父様のそんな言葉をきっかけに、数人の男性陣が席を立った。会の途中で夫が抜けるのはいつものこと。連れ立ってきた奥方達も慣れたもので、今頃では女同士の戦いーー社交界の噂話に花を咲かせていることだろう。

 本来なら女が立ち入ることは許されないサロンに、私はお父様に連れられて足を踏み入れた。
 みんな口には出さないが、訝しんでいるのが分かる。成人前の男子はもちろん、国や領地の運営に関心のない男性なら慎んで辞退する場だ。決して16歳の小娘が参加していい会合ではない。

 でも私が公爵家を継ぐことは、お父様が早々に王家に伝達したはずなのにね。

 つい数ヶ月前、16歳で成人してからというもの、私には結婚の申し込みが相次いだ。
 悲しいかな、別に私が絶世の美少女だからとかそういう理由では決してない。もちろん令嬢の嗜みとして美容にそれなりに気を使っているし、醜女ではないが、至って普通、人目を惹くような際立った容姿ではなかった。ただお父様譲りの切れ長の目に、気の強さが表れているとよく言われるけれど。

 我が家は名家中の名家だ。しかも直系の子は長女の私と、3歳下の妹カトレアだけ。私と結婚すれば、公爵の爵位と財産、そして権力が手に入る。
 代々続くフェルマーの血を引くのは私なのに、この国の慣例では、当主と呼ばれるようになるのはその未来の夫なのだ。しかも当主の決定は絶対。『妻』となった私は、それに従わなければならない。

 それが許せなかった私は、努力に努力を重ね、領地の運営はもちろん、交渉術、国の在り方などを勉強しまくった。
 お父様を納得させるだけの知識を習得すること苦節ウン年ーーこれからの私に必要なのは、実践と経験らしい。
 
 お父様は静観を決め込んでいるらしく、私の出方を窺っている。ここまでお膳立てしたのだから、後は私次第ということか……
 もしくはこれもテストの一環なのだろう。彼の跡取りとして、私が相応しいかどうかの。

 軽い挨拶の後、私はにこやかに切り出した。

「そういえば、この度はおめでとうございます、クロネッカー伯爵。先の、国境付近の山賊討伐の功績を讃えられて、王様から褒賞を授かったとか」

「……ありがとうございます。取るに足りない、いつものいざこざでしたが、まさかアメリア嬢がご存知とは……」

 年下で女といえど、私は公爵令嬢だからね。上位貴族に対する礼儀を弁えていて、大変よろしい。
 口調だけは丁重に、だがクロネッカー伯爵の目には明らかに警戒心が浮かんでいた。それもそうだろう。大々的にお茶会まで開いた、今日のお父様と私の目的が分からないのだから。
 でもこの話題、もう少し利用させて下さいね。

「それにしても残念ですわ。その山賊の殆どは、聞けば隣国の、マクローリン国からの流れ者だったとか。去年からの水不足による不作さえなければ、今も普通に農民だったでしょうに」

「……飢餓は人を変えるからな。農耕は天候に大きく左右されるから、先が読めん」

 あら、お父様が助け舟を出してくれたわ。ではちゃっかり、それに乗せてもらいましょう。

「でも若干の対策は打てると思いませんか? 乾季に水不足が心配される場所には、雨季の水を貯蓄して水路の設備。不作もあれば、豊作の時もあるでしょうから、過剰な時の穀物を長期保管出来る、市民向けの貯蔵庫の増設もいいですね」

「……ほう?」

「そんな余計な金、どこにあるのかね?」

 ……その人を小馬鹿にしたような言い方が気に入りませんが、宰相様も話に乗ってきましたね。こうなればこっちのものですわ。

「あら、もちろん農耕対策は一気にするものではないですよ。お父様も言っていましたが、天候は先読み出来ません。ですから毎年、少しは飢饉対策用の予算が組まれているのでしょう? それを使って、少しずつ改善するのです。不作ではなかったからと言って、余った予算を他所に回したり、繰り越ししたりせずに」

「ちょっと待って下さい。先ほど仰られた、水路とはーー」

「大きな穴を掘るのです。ため池を作って、山の麓でしたら雪解け水や雨水を確保。そこから必要に応じて水路を伸ばしますが、ある程度大きな池には……そうですね。何かの稚魚でも放って、養殖したらどうでしょう。一石二鳥ですわね」

 それからは私の思惑通りだった。ここに集まったのは議論好きの、国の運営を担う貴族達ばかり。話題に尽きることはなかった。

 淑女として、社交界へのデビューは数ヶ月前に済ませた。だから今日は、記念すべき次期当主としてのお披露目の日。

 私は大いに、彼らとの討論を楽しんだのだった。
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