女公爵になるはずが、なぜこうなった?

薄荷ニキ

文字の大きさ
31 / 38

31. 秘密の花園

しおりを挟む
「レオナルド殿下を見送りがてら、少し風に当たってきます」

 そう言って、私は殿下と玄関を出た。
 秋の気配がすっかり辺りを包んでいる。空を見上げると、綺麗なトパーズ色の満月が澄んだ夜空にぽっかりと浮かんでいた。

 執事のスチュワートに手渡されたショールを肩に、明るい月明かりのもと馬車寄せに向かう。だがレオナルド殿下の「少し話がしたい」という言葉に、私は小さく頷いてそのまま庭へと足を向けた。

 決して高価なネックレスに釣られた訳ではないが、殿下の本気を見せつけられたのは確かだ。アレは、将来を誓い合った婚約中であればまだしも、婚約前の女性に贈っていい代物ではない。もし断られたら、ドブに捨てるようなものだからだ。

「今夜は月が綺麗ですわね」

 誠意ある求婚に、いつまでも返事をしないのは失礼にあたる。それは十分承知しているが、どう切り出せばいいのか悩んだ。

「あの、今日は本当にありがとうございました……来て下さって、その、嬉しかったです」

 公爵家の娘としては、諾の返事しかない。

「……困っているね」

 レオナルド殿下は小さく笑って、私の手を取った。ギュッと握り込まれて、その温もりが伝わってくる。

「夜会の夜にも言ったけど、けっして無理強いをしたい訳ではないんだ」

「……はい」

「ただ、答えだけは聞きたくて」

「……結婚のですか?」

 今更……と思いながら聞き返す。ここまで周到に外堀を埋めたくせに、今さら私の返事を気にするなんて。

 レオナルド殿下は「それもあるけど」と苦笑して、私をそっと抱きしめた。

「今この時ばかりは、王太子とか、王族に嫁ぐとか、そういう難しいことは考えないで欲しい。ただ、知りたいんだ。君の本当の気持ちを。アメリアは、私のことをどう思っている……?」

「……」

 とても真摯な、それでいて恐れを含んだ声だった。
 前にも彼の執務室で、「私のことが嫌いか」と聞かれたことを思い出す。あの時もそうだったけれど。

 私の気持ちを気にして、いつもは自信に溢れたレオナルド殿下の目が不安そうに揺れているのが分かってしまった。
 昔から、人を揶揄うことはあっても、本当に嫌がることをする人ではないと知っていたのに。

 幼い頃はこの頼りになる3歳上のはとこに手を引かれ、王宮内を冒険した。王宮の厨房に立ち寄るのは日常茶飯事で、こっそり失敬したパンや焼き菓子を持ってよく物見の塔に登った。眼下に広がる広大な城下町を見下ろしては、そこに住む人々の生活を面白おかしく想像したものだ。自分達のご先祖様が築いてきた綺麗な街並みは、長時間見ていても決して飽きなかった。
 その塔の下にある古びた地下牢を肝試しで探索した時には、その薄気味悪さに最後は2人して先を競うように逃げた。

 一番のお気に入りは、王宮の離宮近くに設けられた秘密の花園に忍び込むことだった。その奥に隠されるようにひっそりとある、私のお祖母様のお墓に季節のお花を届けに行くのだ。殿下の右手には、私が道すがら摘んだ綺麗な花が。そして左手は、私の小さな手の定位置。

 雨の日には図書室に篭って、殿下の大好きな勇者やら騎士やらの冒険談が書かれた本を一緒に広げるのも楽しかった。皆で助け合って、架空のモンスターを退治しに行く御伽噺だ。

 まだ男女の違いを理解出来ない幼い頃は良かった。だがレオナルド殿下に課せられた帝王学と剣術の授業が本格化し始めた頃から、徐々に会う機会は減っていった。自分も一緒に授業を受けると願い出ても、女には必要のないことだからと却下された。
 年齢差もあり、日に日に目に見えて広がっていく体格の差。いずれ国王になる殿下には、無力な女の自分では価値がないと思い知らされた。2人で夢中になって読んだ騎士団の話みたいに、大切な兄の背中を守れない。ならば、女の私でも出来ることをーー

 レオナルド殿下の逞しい胸を押し戻し、その温かい腕の中から抜け出す。2人の間に隙間が出来たことに、寂しさを覚えたのは殿下だったのかーーそれとも私だったのか。

 我が公爵邸の庭も、王宮の庭に負けず劣らず色々な花が植えられている。庭の景観のため、時期をずらして春に蒔いた矢車菊の可憐な花が、冬を前に健気に咲いていた。
 それを一輪手折って、そっとレオナルド殿下の耳に掛け挿した。

 花を抱いた、美しい人。

「アメリア?」

 不思議そうに首を傾げながらも、殿下は私になされるがままだった。

「ふふ、お花が一杯ですわね。昔と変わらず、可愛らしいですわ」

「……可愛いのはアメリアだよ。ねえ、私は君を愛しているよ。昔から」

 殿下の腕が、再び私の腰に回ってくる。グッと引き寄せられて、恥ずかしさに俯きがちになる顎を指で優しく持ち上げられた。

「昔から……」

「うん」

「昔から……私の一番はずっとレオお兄様でしたわ。公爵家の跡取りになれば、女の私でも、直接お兄様の治世をお助けできると……」

 ポロリと一粒、私の目から涙が零れ落ちる。悲しいわけではない。悲しくはないけれど……
 今まで必死になって目指してきた、『女公爵』の地位を諦めなければいけない悔しさか。

 レオナルド殿下はそれを優しく指で拭い取って、申し訳なさそうに、けれど嬉しそうに笑った。

「アメリアの頑張りは、私が一番よく分かっているよ」

「ずっと、大好きなお兄様が困らないように、陰ながらお助けしたいと……」

「うん、これからもよろしくね。どうかこれからは、私の妃として、私の一番側で私を支えて欲しい」

「……………はい」

 とても小さな返事。

 レオナルド殿下は花のように笑って、婚約者になった私に恋人の口づけをした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜

放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!? 「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」 不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。

【完結】お父様(悪人顔・強面)似のウブな辺境伯令嬢は白い?結婚を望みます。

カヨワイさつき
恋愛
魔物討伐で功績を上げた男勝りの辺境伯の5女は、"子だねがない"とウワサがある王子と政略結婚結婚する事になってしまった。"3年間子ども出来なければ離縁出来る・白い結婚・夜の夫婦生活はダメ"と悪人顔で強面の父(愛妻家で子煩悩)と約束した。だが婚姻後、初夜で……。

売られた先は潔癖侯爵とその弟でした

しゃーりん
恋愛
貧乏伯爵令嬢ルビーナの元に縁談が来た。 潔癖で有名な25歳の侯爵である。 多額の援助と引き換えに嫁ぐことになった。 お飾りの嫁になる覚悟のもと、嫁いだ先でのありえない生活に流されて順応するお話です。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

第3皇子は妃よりも騎士団長の妹の私を溺愛している 【完結】

日下奈緒
恋愛
王家に仕える騎士の妹・リリアーナは、冷徹と噂される第3皇子アシュレイに密かに想いを寄せていた。戦の前夜、命を懸けた一戦を前に、彼のもとを訪ね純潔を捧げる。勝利の凱旋後も、皇子は毎夜彼女を呼び続け、やがてリリアーナは身籠る。正妃に拒まれていた皇子は離縁を決意し、すべてを捨ててリリアーナを正式な妃として迎える——これは、禁じられた愛が真実の絆へと変わる、激甘ロマンス。

贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる

マチバリ
恋愛
 貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。  数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。 書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。

男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました

春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。 名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。 誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。 ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、 あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。 「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」 「……もう限界だ」 私は知らなかった。 宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて―― ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。

独身皇帝は秘書を独占して溺愛したい

狭山雪菜
恋愛
ナンシー・ヤンは、ヤン侯爵家の令嬢で、行き遅れとして皇帝の専属秘書官として働いていた。 ある時、秘書長に独身の皇帝の花嫁候補を作るようにと言われ、直接令嬢と話すために舞踏会へと出ると、何故か皇帝の怒りを買ってしまい…? この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

処理中です...