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唐揚げとドロップキック

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僕は急いで家の門をくぐった。
「ジャストォォォォオセェェェェェェェエフ!」
この叫び声は僕ではない。玄関先で待ち構えていたおじいちゃんだ。
「お帰り!凛!学校楽しかったか?明日から春休みだな!」
は?今、夏じゃん。明日から夏休みでしょ。じいちゃんボケか?
「明日から夏休みだよじいちゃん」
するとじいちゃんはハッとして急に沈んだ顔になり、そして、またハイテンションになった。
「いっけね!智宏うっかり!それより今日は唐揚げだぞ!」
「え!?本当?やった❤唐揚げ大好き❤」


「ハッ、ハッ、ハッ」
前にいるのは青山学院大学のアンカーだけ。
僕は襷をズボンに挟んだ。ゴールまで2、3キロといったところか。僕とアンカーの間は50メートル程。
ペースを上げる。45メートル。40メートル。30メートル。20メートル。15メートル。10メートル。5メートル!
どんどん差を詰めるそして、並んだ!ゴールまで後500メートル!
すると、アンカーがペースを上げる。僕も負けじとペースを上げる。
おかしい……速すぎる。アンカーのスピードはみるみる上がって、最後の百メートルはウサイン・ボルトを超える速さだった。
惨敗して2位でゴールしてそいつをみると……じいちゃんだ!
 
突如真っ暗。しかし、それは一瞬で終わり、純白の世界。重力、地面の概念が無い。浮いている?違う。浮かない。ここではこれが当たり前。
そんな気がする。
後ろから何か音がする。バサバサバサという音。大量の鳥が羽ばたいているみたいだ。ーーーーーー違う。羽ばたいているみたいじゃない。
羽ばたいている!
姿の見えない鳥が羽ばたいては羽を撒き散らす。姿が見えないのに、どうしてそれが鳥と言えよう?でもそれが鳥だと僕にはわかった。ーーーーーー確信だ。
透明なはずの鳥は僕を誘った。誘ったという確信があった。全ての行動一つ一つに確かな思いを感じる。
そして、僕は消えた。消されたのではないという確信。自分の意思で消えたのでもない。ただ、それが当然であるかのように僕は消えた。
 
「ウッ!夢……か……。」
それにしてもなんて夢だ。あれ?なんて夢だ?僕はどういう夢を見た?思い出せない!さっきまでそこにいたのに!
「はぁ……おかしい……。」
おかしいのは夢だけではない。家に帰ってから、何故か心に小骨が引っ掛かったみたいになにかを忘れていた。そして、忘れたことすら忘れかけていた。まったく……おかしいな。いろんなことに憤りを隠せない。
「凛ーーーーーー!!!!!」
……じいちゃん。あんた何歳だよ。75のじいさんが孫にドロップキックするか!?僕は心のなかで愚痴りながら作り笑顔を浮かべた。
「じいちゃん……おはよう」
「おはよう!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
「いやビックリマーク多いわ!」
「ん?」
「いや、なんでもないよ。」
かまったらまた調子に乗る。ダメだ。僕はなにもいっていない。じいちゃんはなにも聞いてない。……よし。
「かまってもらわなくてもオートで調子に乗るんだなこれが!」
そういって何処から取り出したのか聞きたくなるような巨大なフランスパンを取り出して半袖にも関わらず、掌をこっちに向けたかと思うと、フランスパンに押し付け始めた。
始め抵抗をしていたフランスパンは掌に完全に消えた。
じいちゃんは最近マジックにはまっている。なにか覚える度に僕に見せてくれるので、失敗するとリアクションに困る。
しかし、手のひらがフランスパンを吸収したのは成功だろう。
「すっげーなじいちゃんの手。もう口いらねーじゃん。手で食えるんだからさ。」
じいちゃんはかなり自慢気、上機嫌だ。
「フッフッフ!年の功だよ凛くん。」
いや年取ったら手がフランスパン食うのかよ!
……年取りたくねぇ……
「それより今日はお墓参りだぞ。支度いそぐんだぞ」
「うん。分かってる。」
今日はお母さんの命日だ。お母さんは交通事故で即死。お父さんは延命治療で冬まで持ったので、冬はお父さんの命日だ。

階段を下りてテレビをつける。
「えー、ニュースです。東京都の駅前の喫茶店長が、行方不明です」
「物騒だねぇ」
「うん」
それからまた、僕は特にこれと言った出来事も無いまま、時を過ごした
 
 
 



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