ワンダープロジェクト

都会のソーヤ

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裕樹が高3の春、宗佑の出版社への初持ち込みが行われた。
不安げにパーカーの袖を弄る宗佑を一瞥して、
「大丈夫だ。他にもたくさん来てるし、もしダメでも何回でも行けばいい。」
そう言って宥めると、宗介は少し表情が緩くなった気がした。
電話口で担当だと言われたのは、岩瀬という女性だった。
事務的な人だったら宗佑が怯えるんじゃないかなー、などと考えているうちに、出版社に到着した。
受付で岩瀬 美鈴という名を出すと、少々お待ちくださいといわれ、五分ほどでブースへ招かれた。
「どうも、岩瀬です。よろしく。」
裕樹は胸を撫で下ろした。
どうやら話しやすそうな人だ。
電話で事情を説明したとはいえ、作家が喋れないというのは致命的ではなかろうかと心配していたが、「あ、そういう方は結構いらっしゃいますよ?持ち込みも代理とか。」
と、杞憂に終わったようである。
「あの、兄の宮田裕樹です。こっちが弟の宮田宗佑、16歳です。」
岩瀬が驚いた顔をする。「16歳ですか?」
「はい…そうですが。」
「学生で作家になる方はほぼいらっしゃらないんですよ。作家というのは安定職ではないので。」
「と、いいますと?」
「作家は売れなければ終わりです。つまり、よほどの人気作家でなければ売れていない時はアルバイトなどをされています。まぁ、はっきりいいますと、会社の都合のいい時に都合のいいだけ書いていただいて、数字が出なければクビ、もしくは仕事を回さない、などになります。」
「け、けっこうズカズカいいますねー。」
実際2人とも慄いていた。裕樹も返す言葉が見つからない。
「ですから学生は本業は学校な訳でして、仕事がないからクビにした、と言っても、学生さんがいくら小説に人生かけてらっしゃろうとこちらが関知することではないんですね。ですから、相当な才能が認められなければ、学生の内に作家というのは、あまり聞かない例ですね。」
「…つまり、デメリットしかないと?」
「えぇ、そうなります。」
一通り説明した岩瀬はさして興味も無さそうに言った。
「あ、じゃあこれ、小説…。」
宗佑がバッグから封筒を取り出して渡す。
「はい、確かに。…200項くらいですか?」
「項…?」
「ページの事ですよ。」
面倒臭そうに岩瀬が言うが、封筒は開いてくれる気配が一向にない。
「結果は後日お伝えしますので。本日はお疲れ様でした。」
「あ、あぁ、はい。」
取りつく島もなく追い出されたに近い対応を受けた2人は、帰り道も困惑であった。
「なー、ホントによんでくれんのかな?」
宗佑は俯いたままだ。その時、ハッとした。
俺はこいつの顔が見れないと、こいつが何を考えてるのか、全くわからない。
言葉を発せない者にとって表情とはこんなにも重要なのか…。
「俺はその辺の下手な作家よりゃ上手いと思ったぜ?」
下手な、それが弟を傷つけたらしい。
さっきより俯いてしまった。
「いや、大丈夫だって!2日後には連絡来るらしいし!な!」
慌てて取り繕おうとするが、キッと睨みつけられて縮こまるしかなかった。
「ごめんってば」

「宮田裕樹さんですか?」
裕樹のスマホに掛かってきたのは、先日渡した裕樹の電話番号だった。
「はっはい。」
「えーとですね。文章は大体及第点です。柔らかく読みやすい。スラスラと最後まで読めます。」
パッと表情が明るくなる。そして、引き締まる。
こういうのは大体、褒めた後落とす。
「ただ題材がありきたりで、「読んだ!」という満足感というか、中身が無いんですね。ハッキリ言ってしまえば、ナーナーで始まり、ナーナーで終わる。みたいにですね。予想を裏切らないというか。期待したように物語が進み、期待したように終わる。これはある意味で売れる本ではありますが、ある意味で面白味の無い本です。」
ボコボコに言われた。それは、裕樹が推敲した時も感じた事であった為、言い返すことも出来なかった。
「でも才能ありますよ。というわけで、今回から私が担当させていただきますので、宜しくお願い致します。」
「へ?」
「言ったじゃ無いですか、才能はあるって。編集長にもみせたら、「16でこれか!」って驚いてましたよ。」
「はぁ、そうですか。」
「今週末、もう一度来社願います。」
「は、はい。」
そのまま事務的な電話はきれた。
実感はあまり湧かない。何故なら、本というのは図書館にあり、俺らは読む側の人間だったのだから。
でも、それでも、
「うれしいよなぁ!」
宗佑は目を潤わせて喜んでる。
側で聞いていた母も、「きゃー!」と声を上げた。
そして、「年齢考えなよ。」とつっこむと、「うっさい、今夜はしゃぶしゃぶね!」
と、それはそれで嬉しいのでこれ以上は何も言わないことにした。

「おーう、岩瀬。今度の新人、絶対逃すなよ。」
「はい、分かってます編集長。」
雑多なデスクの上には、新人の書類があった。
「その宮田ってやつは、天才根室の引き立て役なんだからな。」
「はい、分かってます。」
「よーし、「月刊ブックディ」読んどけ。天才根室清16歳にしてデビューってな!」
編集長山下春樹は、冷徹な男である。
金の為に小説家を雇い、そして切り捨てる。
皮肉にもそれは、週刊誌「ファンシー」の週刊連載では、より発揮される能力であった。
また、その週刊ファンシーは月120万部売れる康円社の最大メディアであった。
出版社「康円社」は、ライトノベル、小説を主に出版する会社である。
小説を連載する週刊誌としては最大で、ドラマ化も珍しくは無い。
まさかそこの校閲部に裕樹が所属するなど、その時は知る由も無い。
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