侯爵夫人は子育て要員でした。

シンさん

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虫事件

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最近、トーマがエミリーによく会いに来る。

「もっと早くから会いに来ていればよかったのに。」
「俺だって毎日暇な訳じゃない。」

愛人には会いに来ていたくせに、よく言えたものね。

「言いたい事が顔に出てるぞ。」
「貴方になんかに私の表情を見分けられるわけないじゃない。」

ろくに見てもいないんだから。

「トーマの子なんだから、貴方になついてもらわないと。本当に再婚しないつもりならエミリーには父親しかいなくなるんだから。」
「……」
「ほら、今日こそトーマもエミリーを抱っこしてあげて。」
「……こんなに小さいのに、俺が抱えても大丈夫なのか?」

カルラさんに教えてもらってエミリーを抱っこするトーマ。きっとエミリーは泣く…って思ったのに全然だわ!

「はは…やっぱり、お父様だとわかるみたいね…。」

自信喪失だわ。
私は頑張っても未だに泣かれるのに…。初めて抱っこしたトーマにも劣るだなんて…。

「私、…水を飲んでくるわ。」
「ルーナ、水ならここにあるぞ。」

そんな事はわかってるのよ。ショックが大きくて部屋を去りたいの。

でも、これでいいんだわ。悔しいけど。


「ルーナ!」

廊下を歩いていると後ろから名前を呼ばれた。

「…ミランダ、どうしたの?」

……?声をかけてきたのに何故後ろを向いてるのかしら。視線の先に何かあるようにも思えないけど。

「……」
「ミランダ?」
「あぁ、ごめんごめん。あのね、今度ルーナ会わせたい男がいるのよ。」
「誰に会えばいいの?」
「虫事件の被害者。」
「…っ絶対嫌よ。そんな恐ろしい事。」
「相手は会いたいみたいだったわ。」
「ミランダ…何処の誰だか知ってるの?」
「まあね。」

本邸に帰っても子育てと雑務だけだし、会ってもいいかな。『ごめんなさい』って言えれば、私を恨まないかもしれないしね。

「そうね、1度会ってみるわ。」
「なら決まりね!」
「…何故そんなに嬉しそうなの?」
「別に、私はルーナの側にいる時はいつもご機嫌よ。」
「ご機嫌というより、面白がってるが正解な気がする…。」
「まぁまぁ。で、ルーナは何か落ち込んでるの?」
「うん。エミリーは私が抱っこすると泣くのに、トーマだと泣かなかったの…。」

「そんな事でショックをうけてるの…?」

「やっぱり遺伝子って凄い物なのね。」

「……たまたまでしょ。」

やっぱり面白い子だわ。

・・・・

「カルラ、ルーナを見てくる。エミリーを…はなすぞ…。手を離すぞ…大丈夫だな?」

「ふふ、大丈夫ですよ。」

「はぁ…」

こんなに小さくてフニャフニャだとすぐ壊れそうで怖い…。

「ここは任せて、早くルーナ様を追って下さい。」

「ああ。」

俺はルーナの後を追った。
少し行くとミランダと話をするルーナが見える。

『会わせたいがいる』

そう言っているのが聞こえた。ミランダは明らかに俺に気がついていた。なのに、わざと聞こえるように言ってきた。

何を考えてるのか…。悔しいがあの女の方が上手うわてだ。

会わせる相手、虫事件の被害者…。
『虫事件』とは何だ?


・・・・

トーマがエミリーを抱っこしても泣かない…。最初だけかと思ったら、会いに来る度に抱っこしても絶対に泣かないのよね。

「んぎゃふぎゃあ…」
私が抱っこするとすぐに泣いてしまった。
「…抱きかたが下手なんじゃないのか?」
「……」


トーマだけには言われたくなかった…。
既に私以外に抱っこされても泣かないのよね。エミリーは…。

「やはり、偽物だってわかってるのよ…。そうに違いないわ。」

まだ目も見えていないのに、私だけを拒絶してるなんて…。

「たまたまだろ。」
「真実でしかないけどね。」
「お2人とも、エミリーを挟んで喧嘩はしないでください。」

こうして、いつもカルラさんに怒られて、その横でミランダが笑う。その繰り返し。

私は全然成長していないわ。きっと、トーマが大嫌いって気持ちが強すぎて、エミリーに伝わるのね。嘘でも仲良く…。トーマのほうをチラっと見ると目があった。

「どうした?変な顔をして。」

仲良く…絶対に無理ね。

「何故ムスっとしてる?」
「…いつもこんな顔よ。」
「まぁ、笑顔だった時はないな。」
「お互い様よ。」

この結婚で、私が笑顔になる要素があると思ってるのかしら。

「トーマ様、そろそろここを出ませんと、邸に帰るのが遅くなります。」
部屋のすみに控えていたマイセンさんが言った。
「そうだな。」


トーマが帰る時は一応見送る。
私とミランダとイーサンの3人。

「もぉかえるのか?」
「ああ、また来るからな。」
「あした?」
「ん…明日は無理かな。」
「……」
最近イーサンはトーマになついてて、いつも引き留めようとする。イーサンは父親を事故で亡くして寂しいから、トーマがいるのは嬉しいのね。

「イーサン、もうすぐトーマに嫌でも毎日でも会えるようになるから、今は放っておいていいよ。」

邸にはもちろん乳母のアナも来るしね。

「わかった…。バイバイ。」
「ああ、またな。」

エミリーだけじゃなくイーサンまでなつくなんて。トーマ…たまにしか来ないくせに…!

「トーマオジサン」

「ん?」

「ルーはトーマオジサンのお嫁さんなのか?」

「そうだ。ルーは俺のお嫁さんだ。」

…よくもぬけぬけと笑顔で言えるわね。

でも離縁までは妻だと思わせないと、『エミリーの本当のお母さんは誰なの?』て聞かれても困るしね。

「じゃあ、ずっといっしょだな!」
「そうだな。」
「……」

イーサン、そんな最低なオジサンに騙されては駄目よ。私は11ヶ月ほどでいなくなるからね。

「ルーナ、今日は邸に一緒に帰るぞ。2人で話したい事がある。」
「ここでは話せないの?」
「契約の事だ。」
「っ!?」
「2人で話したい。」
「わかったわ。」
「ミランダ、お前は来なくていい。」
「畏まりました。」

ミランダがいないのは不安だけど、こんなチャンスは多くないわ。

「ルーも行くのか?」
「明日帰ってくるからね。」
「わかった。」

コクコクと頷いて見送ってくれた。
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