侯爵夫人は子育て要員でした。

シンさん

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悲しい思い出

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『ラッセン侯爵夫妻が馬車の事故で死んだ。』


そう聞かされた時、俺は上手く理解が出来なかった。人はいつか死ぬものだと解ってはいる。例外はない。ただ、その日が突然くるなんて誰も考えない。


両親が死ぬ1週間ほど前、俺は父と執務室で話をした。

「次期当主はトーマ、お前だ。」
「はい。」

何故そんな当たり前の事を改まって言うんだ?当主の息子が後を継ぐ。余程の問題を起こさない限り、それが普通だ。

「父上、顔色が良くないようですが…。体調が悪いのであれば医師を。」
「いや、どこも悪くはない。」
「そうですか。」

どうみてもいつもと違う。体調が悪いのでなければ何か困った事でもあるのだろうか。

「トーマは、結婚を考えている女性がいたりしないのか?」
「結婚?」
「何だ、その顔は。好いてる女はいないのか?と聞いている。」

何を言ってるんだ…。今日の父はおかしい。色恋の話など、今までしたこともないのに…。

「いませんので、結婚相手は決めていただいて構いません。」
「自分で選ぶつもりはないのか?」
「言い寄って来る女はいますが…」

俺自身が一緒にいたいと思う女もいない。付き合ってみた女性はいたが、何をするにも付きまとわれたりで正直鬱陶しかった。
この際、欲に眩んだ馬鹿な女でなければ誰でもいい。

「…勝手に決めていいというなら、びっくりするような女を連れてくるぞ、アンは。」
「それは誰ですか?」
「うちの薔薇園の花弁を、全部むしりとった伯爵令嬢だよ。」

伯爵令嬢のする行動じゃない…。

「…そんな女を連れてきてどうするんです。」
「さぁ、気に入っているらしい。」

母の好みはよくわからない…。父は母に甘いから、母が言えばその女に決定だな。

「会わせてやりたいが、今は頃合いじゃない。向こうも大変そうだからな。」
「…そうですか。」

大変な状況にある家の女なんて冗談じゃない…。もしかして、相手がどうこうではなく、『孫が欲しい』…と遠回しに言われているのだろうか。


この話をした6日後。この冬、初めて雪がちらついた。

「父上、今日はお休みではないのですか?」
「ああ、そうだったが行くところが出来た。」
「…俺も一緒に行きましょうか?」
「いや、駄目だ。今日は1日外へは出掛けるな。」
「…はい。」
「では、行ってくる。…トーマ、家の事は頼んだぞ。」
「勿論です。」

曇り空の下、外套を着て出ていく父の顔は今まで見たことのないくらい険しかった。

「メリッサ、母上は?」
「お茶会へ。」
「そうか。」

父が休みの日は大概側にいるのに、珍しいな。それに、何があっても外出する時は俺と父に行き先を告げていくのに。

この時は、何となく思っただけだったが、それが既におかしいと気付くべきだった。

父の表情から何か重大な事があったのだと感じたが、命を奪われるような事なのだとは思わなかった。

『家を頼む』という言葉。きっと、何かあるとわかっていたんだ。
事故で死んだだなんて絶対に嘘だ!

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