水の兎

木佐優士

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父親

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「神田をお連れしました」
「通しなさい」
 僕は、和泉組組長――水兎の父親のもとへ来ていた。
 慣れないスーツを着ている。組に入るために組長の前で決意表明をしないといけないという。僕にとっても「親分」になるのだ。いつもは「神田さん」と僕のことを呼ぶ龍崎さんも、組長の前では呼び捨てになっていた。ピリッとした空気感がただよう。
 龍崎さんは目で僕を呼んだ。僕は部屋に足を踏み入れる。
 部屋の奥、組長専用と思われるデスクの前で、グレーのスーツを着た男性が座っていた。
 年齢は六十ほどだろうか。スーツの色にも似た肩まである銀髪がつやめいている。切れ長の目が僕を捕らえて離さない。その瞳を見ること三秒。僕は深くおじぎをした。
「神田咲馬です」
「神田さん、はじめまして。和泉コーポレーション代表理事、和泉ひじりです」
 名刺を渡される。「組長」ではなく、「理事」を名乗っている。表向きということだろうか。
 僕は静かにもう一度頭を下げる。
 声こそ渋みのあるものの、丁寧な口調とこのあいさつの形式に面を食らう。龍崎さんの親分ということで納得はできる。
「龍崎から聞いてはいました。水兎がいつもお世話になっているそうですね。また、横山社長にも昔からいろいろとお世話になっています。ご縁に感謝します」
「そんな。こちらこそ感謝しております」
「そこまでかしこまらないでも結構です。建前として私は組織のトップに立っていますが、本来、人の上に人はいません。同じく人の下にも人はいません。これが私の思う仁義です。弱き者をくじき、暴力をもって支配する構造は、私の考える仁義には反します。私たちのような組織は、一般の人々を支えるために存在するべきです」
 警察官を目指していた龍崎さんの理念と同じと言えるだろう。
龍崎さんの組に入った決断の心意がわかった気がする。この世界でも本来目指していた「人々をまもる」ことはできると考えたのだろう。
「神田さんの偽りない意志は読み取れています。この世界に長くいるせいか、声の波動から感情を読み取れるようになりました」
 ――そんなことがわかるのか。
 逆を言えば、真実を話さなければすぐに明らかにされてしまうということでもある。一本の太い筋が通っていて、組織の中核としての存在感を見せつけられている心境だ。
「組織に入るにあたって、戸籍を変えるか否かはお任せします。ただ、生まれてまもなく第二の人生を歩んできたとうかがっているので、これ以上、新しい名前は必要ないかとも思います」
「さしつかえなければ、このまま神田咲馬を名乗らせていただきたいと思います」
父さんたちの思いが詰まっているこの名前を捨てるわけにはいかない。僕は「神田咲馬」の人生をまっとうする。
「また、これは昔からの習わしだと思って通過儀礼を済ませてください」
「――はい」
 なにをするのかわからないまま答える。
さかずきを交わす、という言葉を聞いたことがあるでしょうか。私たちの関係成立を刻む証のような行為です。盃に入れた酒を飲み、それを交換して飲み干してもらいます」
 龍、準備を。親方は言った。
はい、ただ今、と言って龍崎さんは準備を始める。
 赤い盃と日本酒の一升瓶が用意されたところで、龍崎さんが口を開いた。
「これより親子縁組、盃の儀式をりおこなわせていただきます」
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