普通、ファミレスで子連れの男をナンパするか⁈〜Oh,my little boy〜

SA

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えっと、どういう意味だ?
ナンパ?
確かにこの男はそう言ったよな。
冗談?
いや、冗談でもファミレスの席が隣り合わせただけの他人にこんなことを言うなんてあり得ない。
なんなんだ。この男は。怪しいを通り越して、意味不明だ。

俊哉が困惑して、なにも言えないでいると、すっと男が立ち上がった。
男が俊哉に近付いてくる。
背が高い。俊哉も腰を上げ、身構える。
なにをしでかすか分からない正体不明の人間ほど怖いものはない。
「失礼でしたね。まず、自分から名乗るべきですよね。私はこういうものです」
男は俊哉と対面すると、名刺を差し出した。
なんだ名刺か、と警戒していた俊哉は思わずホッとしたが、たまたまファミレスで隣の席になっただけの見ず知らずの男に名刺を渡されることに違和感を覚える。
でも俊哉は一般社会での通例通りに、というか条件反射的に名刺を受け取っていた。
『能條法律事務所 代表能條雅人のうじょうまさと
名刺にはそう書かれていた。
「能條雅人、三六歳です。弁護士をしています。乙女座、よくBと間違われますが実はA型なんです。あと趣味はテニスとたまに料理をします」
なぜかお見合いの時のような自己紹介を始めた男に困惑するが、冷静に男の襟元を確認した。
弁護士バッジが付いている。もちろん、だからといって本物の弁護士かは分からない。
ただ、この時ふと、弁護士をしている友人を思い出していた。
その友人の口から、「能條」という名前を何度か聞いたことがあったのだ。
「彼は同期の中で一番優秀で、弱者に寄り添う優しさと正義を貫く強さを持った素晴らしい弁護士だ」と、うっとりとした表情で語っていた。
ちなみにその友人は女性だ。
そのことを能條と名乗る男に訊いてみると、「え?坂本と知り合いだったんですか?」と驚いた。
「彼女とは大学時代からの友人で今も時々会ってますよ」
男はスマホを取り出し、ある画像を俊哉に見せてくる。
「大学の同期で集まった時のものです」
十人くらいの集合写真だった。その中に友人の坂本と能條がいた。
とはいえ、だ。
名前は能條雅人。職業は弁護士。であることはまちがいなさそうだし、共通の知り合いがいることが分かった。
とはいえ、信用できる人間なのかは別だ。
なによりこの男の目的が分からない。
「いやあ、まさかこんな偶然があるなんて。これはほんっとになにかの縁ですよ。運命かもしれませんね。あ、最近、行きつけにしているイタリアンのお店があって、そこのパスタが絶品なんですよ」
一体なんなんだ。
なんでイタリアンの話をしているんだ?
依然、俊哉はこの状況が理解できないが、友人の友人という関係が分かった以上、無視をするわけにもいかず、「はあ」と曖昧な相槌を返す。
「Rossoていう店なんですけど、あなたも気に入ってくれると思うんです。今度ぜひ...あ、もしかして行ったことあります?イタリアン好きの間では有名だから」
「......」
イタリアンが好きだって言ったっけ?ていうか、これって食事に誘われてるのか?
不可解だ。
不可解といえば、もうずっとこの男は不可解なのだが、弁護士という肩書が影響したのか、「弁護士が行くような高級なお店には縁がなくて」と俊哉はついこんな卑屈なことを言ってしまう。
「違いますよ」
能條が苦笑している。
「そこはリーズナブルなお店ですよ。弁護士といってもいろいろで、私は父の後を継いで細々とやっている小さな個人事務所ですから」
俊哉は気付く。
弁護士=金持ちというテンプレ的なイメージを勝手に膨らませて、彼に当てはめてしまったことに。
もちろん、外資系の弁護士事務所に所属している友人のような高級取りもいるが、それも一握りの人たちでしかない。
それを取り繕うわけではないが、俊哉もこう返していた。
「私も父の後を継いで、小さな歯科医院を細々とやってます。歯科医もいろいろです」
「そっちもいろいろですか。世の中いろいろだから面白い。こんな出会いもあるんですから」
能條はそう言い、声を上げて笑った。思わず俊哉も笑ってしまう。

この時、不思議な感覚が胸中に湧き起こる。
さっきまでの警戒心はどこへやら、初対面の能條に長年の友人のような親近感を感じていたのだ。

「そうですか。歯医者さんでしたか。あ、ちょうどよかった。最近、奥歯が痛くて歯医者に行こうと思ってたところなんです。住所教えてもらえますか。今度行きますから」と、能條は左の頬に手を当てる。
「え...」
悪い人じゃないのだろう。そう思っている自分がいる。が、さすがに仕事場の住所を教えるのは抵抗がある。
ただ、友人の友人であり、全くの他人ではないことや、なにより歯の痛みを訴えている人をほっとくわけにはいかず、結局、俊哉は財布に入れておいた予備の名刺を能條に手渡していた。
「ごほん」
わざとらしい咳払いが聞こえ、俊哉が目を向けると、聡の冷たい視線とぶつかる。
同時に恵理の尖った声が耳を突く。
「あなた、なにしてるの。弁護士だか知らないけど、怪しい男に名刺渡すなんて信じらんない」
確かにそうだな。なにやってるんだ俺は。あれだけ警戒していたのに...。
俊哉は自身の軽率な行動を後悔する。が、渡してしまったものはしょうがないと開き直るしかなかった。
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