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第一章 白門楼事件
しおりを挟む雷鳴が轟(とどろ)き空気が不気味に揺れる。徐州(じょしゅう)の空を覆いつくしたどす黒い雲は、大地を押しつぶさんばかりに低く垂れ込め、雲間を引き裂く稲光りは、とどまるところを知らない。
下邳(かひ)城の南門にあたる白門楼には、もう何日も前から大軍が陣取っている。おびただしい数の軍旗がたなびき、ずらりと並ぶ長矛の穂先が寒々しい光を放つ。
西暦198年、自ら兵を率い出陣した曹操(そうそう)は、ついに宿敵である呂(りょ)布(ふ)を追いつめ下邳城を包囲する。呂布は3か月に渡り籠城(ろうじょう)戦を繰り広げたが、結局は配下に裏切られて降伏を余儀なくされた。
にわかに降り出したぼたん雪が、またたくまに白門楼を白く染めあげた。処刑台に引きずり出された呂布の甲冑(かっちゅう)にも雪が降りつもる。
「布よ、実は貴様をわが配下にしたいと思っていた」
曹操が、ひざまずく呂布に話しかける。
「だがな、貴様の主君になるということは、すなわち自滅を意味するということを、天下の誰もが知っておる」
曹操は、かつて戦神と称された呂布をさげすむように見おろし「悪く思うな」と言い放つと、冷たい表情でひらりと手を振り合図を送った。
「斬れ!」
処刑を命じられた刑吏(けいり)は、三国第一の戦神呂布の首を斬るという大役に興奮を隠しきれない。刑吏が意気揚々と大太刀を振りあげた。
ドドッ、ドドッ、ドドッ──。
遠くから馬の蹄(ひづめ)の音が聞こえてきた。
呂布が音のするほうに目を向けると、雷鳴とともに稲妻が降りそそぐ中を全速力で駆けてくる赤(せき)兎(と)馬(ば)が見えた。みるみるうちに近づいてきたその体躯は傷だらけで痛々しい。だが希代の名馬はそれを気にかけるようすもなく、曹操軍の隊列を切り裂くように駆け抜ける。幾人かの兵士が槍を突き出し、必死で進路を阻(はば)む。その時につけられた新たな傷口から鮮血が雪原にしたたり、赤い模様が広がる。それでも馬は進むことを諦めない。悲痛ないななきをあげながらも、力強く呂布に近づこうともがく。
「赤兎(せきと)!」
呂布は、のどの奥から声を絞り出すようにして愛馬の名を呼んだ。
いつのまにか、赤兎馬は大勢の兵士に取り囲まれていた。そこから繰り出された数本の槍が腹に突き刺さる。よろめいた赤兎馬が、ドスンという音とともに地面に横倒しになると、土ぼこりが激しく舞いあがった。絶望のまなざしで呂布を見つめる赤兎馬の目から血の涙が流れていた。
呂布は、いてもたってもいられなくなったが、捕らわれの身では、もはやどうすることもできない。
(三国第一の戦神とうたわれた俺の最期を見届けてくれるのはこの軍馬だけか……)と、むなしく心の中で独りごつる。
「畜生ごときが主(あるじ)を救おうなどと、片腹が痛いわ。さっさと埋めてしまえ!」
口の端に冷ややかな笑みを浮かべ一部始終を眺めていた曹操が指示を出す。
すぐさま縄を手に前に進み出た兵士が、ふたりがかりで赤兎馬を縛りあげた。
呂布は鬼の形相で曹操をにらみつける。怒りのあまり全身が震え、身体を拘束している鎖がカチャカチャと音を立てた。
「おのれ曹操! 俺の赤兎に何をする! さっさと放しやがれ!」
呂布は曹操の背中に怒声を浴びせる。しかし曹操は顔色ひとつ変えることなく、チラリと横目で呂布を見やり、あざ笑った。
「実に愚かしい。おのれの命も守れぬ男が、救える命などあるものか。もはや貴様の命運はつきた!」
曹操は、宿敵の呂布に死を宣告したことに興奮の色を隠そうともしない。
「俺が貴様の首を取れば、天下は震えあがるだろうな!」
「曹操、地獄に落ちろ!!」
呂布が曹操を罵(ののし)った。額に何本もの青筋を立て、目玉が飛び出さんばかりに目を見開いて怒りをあらわにする。身体を縛りつけている鎖が今にも引きちぎれそうにきしむ。
しかし一代の梟雄(きょうゆう)と称される曹操が動じるはずもない。
「何をぐずぐずしておるのだ! 斬れ!」
命令された刑吏が大太刀を振りおろす。
ドカーーーーーン!!
大太刀が呂布の首に触れたその瞬間だった。突然、耳をつんざくような雷鳴が響きわたり、巨大な網のような稲妻が天空を覆いつくした。そして太い円柱状の稲妻が呂布の脳天を直撃し、あたりは突き刺すような真っ白な光に包まれた。人々は思わず両手で目を覆う。
気づけば、処刑台にはもうもうと煙が立ちこめていた。
しばらくして煙が晴れると、処刑台にいるはずの呂布の姿は消えており、大きな穴だけが残されていた。
信じがたい怪奇現象を目の当たりにした曹操軍の兵士と見物に来ていた民衆は、次々にひざまずき、「お許しください」と、天に向かって祈り始める。その中で、曹操ただひとりが、ぼう然と立ちつくしている。
「消えたぞ! 呂布が消えた!」
「天の神様の怒りを買ったんだ!」
「戦神が昇天したぞ!」
時空の渦が激しく回転し、またたくまに時(とき)は現代へと移り変わる。
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