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決意の確認 後編

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2  決意の確認  後編


そして、今に至る。

千場  流はかなり感差あるアシンメトリースタイルを作ってきた。
ユニークとクオリティがしっかり出ていて、神鳥  切自身もそのスタイルに魅力を感じている。

「チッ!」

神鳥  切の口から舌が鳴る。
そして…。

「…スー……ハァー……。」

頭のスイッチを切り替えるように息を思いっきり吸い、そして吐き出し、深呼吸をする。
今のスタイルの状態、千場  流のスタイルに対して、今からできる事、そして残り時間を頭の中で計算する…。

「よし……予定変更だな。」

「え?今からスタイル変えんの?タイムもう20分切ってるよ!?」

机に寄りかかってた須堂  恵が神鳥  切の言葉に耳を疑い、驚き、腰を上げた。

「まー見てなって…ここからコイツに勝つから。」

「ハッ!言ってくれるぜ!!無理無理!今から何したって勝てないよー!」

隣のうるさいのには聞こえないフリをし、今は集中……そして極限まで頭をフルで回転させる。

『考えろ…俺が今作ろうとしたのは…低い段差を形成しコテ巻で毛束の遊びを効かせて動きを大きく出すタイプのローレイヤーの予定だったが…隣の千場はアシンメトリーのクリエイティブ系スタイル…今のスタイルじゃインパクトに負ける。………ならっ!!』

頭頂部から鎖骨まである髪の長さに対し、その真ん中の耳下に位置する場所。
そこを右手に持った鋏を安定させる為、左手で支え、一寸のブレる事無く慎重に切る。
そして、表面厚さ3㎝だけをバッサリと落としたのだ。

「え?すごい所に段を入れたな?もうどんなスタイルになるか俺でも想像つかねーわ!」

タイマー管理の須堂  恵がそう言うのも無理はない。
神鳥  切は、長めで切っていて鎖骨ぐらいまであった表面の髪を唇の高さで切るという残り時間に間に合わないようなスタイルチェンジを開始したからだ。

「チッ!勝負決めに来やがったな!」

千場  流が吠える。だが、神鳥  切はもう何も聞こえていない。
自分しかいない真っ白い空間にいる感覚。
その中心で1人、ウィッグを切っている感覚。
まるで自分を外から操作してる感覚。
きっとここは精神の世界であり、集中の世界であり、そして自分の世界なのだろう。
意識が研ぎ澄まされ、髪の毛一本一本が鮮明に見える。
その一本一本が右手に持つ銀色の刃に触れ、下にゆっくり落ちていく。
残り時間は20分をきってる。
神鳥  切はその世界で1つ1つ行程を進めていく。

『正確に、一寸の狂いなく、そして速く…もっと速く…最大のスピードで、そして一切のミス無く慎重に。
スタイルチェンジをした分、もうコテで巻くことは出来ない。ブラシとドライヤーでブローをし、ツヤと質感を…重みの丸みフォルム(形)を大きく出し、形成。スタイルを作った状態で最後はドライカット…。そしてここのラインを繋げるっ!!』

「終わりましたー!審査お願いしますッ!」

千場  流のスタイルが完成した。
須堂  恵がスタイル審査をする。

「いいね~!アシンメトリーってやっぱ魅力あるよなー。」

アシンメトリー。
左側と右側で長さが違うスタイルで、両サイドの長さを一緒にするシンメトリーより簡単で、親しまれている。クリエイティブ系など特徴を出すために良く使われる事が多い為、王道とされている。
しかし。
千場  流が今回作ったスタイルはその応用。
右側は前下がりボブの形で顎まである長さをカールアイロンで巻く事でパーマスタイルにし、左側はWaxセットで毛束を作り、ベリーショートスタイルにしてある。
そのベリーショートスタイルとパーマスタイルの間は短い毛と長い毛で馴染ませる事無くきっぱり別れている。
前髪は左側から右眉毛の上辺りまで短いが、そこから急激に髪が長くなっていて顎まであり、アシンメトリーを形成している。

「ちなみにこの中間の短いところから長いところへの繋がりは敢えて繋げなかったのか?」

須堂  恵が1つ1つ審査を進める。

「もちっ!!繋げたり、馴染ませたりするとナチュラルになるから敢えて繋げない事でインパクト出したんだよー!」

「うん。俺、流の今回のスタイル好きだわ!」

「さすが恵くん!わかってらっしゃるっ!俺の勝ち決定かなっ!」

千場  流の勝機が確信に変わった瞬間だった。
審査員役は須堂  恵。ジャッジメントを務める上にあたって申し分ないのである。
何故なら、2人とも須堂  恵には一目置いているからだ。
そして…

ピピピピピピッピッ!

「タイムアップでーす!」

「じゃー今度は切のを見…」

こちら側に来る須堂  恵の足が止まり、表情には出ないが驚いているのが解る。

「え!?このスタイルどうなってんの?」

同時に神鳥  切の完成したスタイルを見た千場  流から驚きの声が教室に響き渡った。

2人の目線の先には。
ショートボブスタイルのカツラを間違ってつけてしまったような状態と向き、まるで斜め右を向いてるように見えるウィッグがそこには合った。
そしてそのショートボブの毛先が丸くなった形の下にも更にボブスタイルが存在してる。

「ボブスタイルが2段…そうか。表面の毛を真ん中でいきなり切り出したのはセクションで分けてボブスタイルを2段にする為だったのか!」

驚きと神鳥  切の時間のない中でのスタイルチェンジに納得する須堂  恵。
完成されたスタイルを見て更に分析する。

「流のアシンメトリーよりインパクトを出すためにバング(前髪)の位置を右に側に作る事よってシンメトリーを外し、アシンメトリーとは違う発想と意外性を持って来たわけか…。」

神鳥  切は髪が長いスタイルを作る予定だった為、ボブスタイルを2段作る事ができ、更に意外性の部分もプラスし、感性あるスタイルを作り出したのだ。
当初の予定していたスタイルでは魅力は出せるものの、千場  流のクリエイティブなアシンメトリースタイルよりインパクト、創造性、感性、独創性、発想力どれを取っても足りない事に気付き、勝つ為に無謀とも言える限られた時間でのスタイルチェンジを実行したのだ。


「…恵!結果は?」

神鳥  切と千場  流は須堂  恵の悩む顔を伺いながら評価の結果を待つ…

「んー…この勝負……切の勝ちッ!!」

「よしっ!!」

神鳥  切はガッツポーズを決めた。
狙い通りに、意を決した行動が成功したことが嬉しかったのだ。

「クソォォォォオッ!ちょー悔し~ッ!」

悔しさのあまり大声を張り上げる千場  流。
そこに余裕そうに言葉をかけた。

「残念だったな。有言実行とはこの事だ。これで13戦8勝で4連勝。圧倒的になったな。」

余裕そうに振る舞うが、内心スタイルチェンジは一か八かの瀬戸際だった。
思い切った行動が実ったものの、緊張感は今も取れない。そして、自分の震える手を見て思う。

『あの感覚は何だったんだ?』

神鳥  切は何かを掴みかけた感覚を今は思い出すことが出来なかった。疑問に思ったが、そこで、須堂  恵に言葉をかけられた。

「とか言いながらあそこでのスタイルチェンジは実際一か八かだったんだろう?」

「…。」

須堂  恵に図星を見透かされていた。
「いや!そんなことは…」と思ったが、やはり須堂  恵だけはいつも侮れない。
2人の勝負は12戦の神鳥  切が5勝7敗、追いついては離され、また追いついては離されの繰り返しである。須堂  恵の作るスタイルはいつも魅力、感性、発想、技術のレベルが高い為、神鳥  切はなんとか食らいついている状態である。だからこそ自分の予想を超える発想を期待してしまう、待ち望んでしまっている…。

「はい図星。でも今回、流のスタイルはかなり魅力があって危なかったな。まぁーでも俺は何故か流には勝っちゃうからなー今の所ほとんど連勝だし。」

そう…須堂  恵は13戦10勝3敗で千場  流に対して勝率がかなり高く、作るスタイルを明確にし、しっかり作り込まないと勝てないほどこの男は強いのである…。

「うるせぇ。それ言うんじゃねぇ。」

ここ最近ずっと連敗が続く千場  流は肩を落とし、負け込みが加算でブルーの気分だった。

「そういえば何で美容師になろうと思ったかだっけ?」

事の発端の前に須堂  恵との会話を思い出した。

「あ、そうだ教えてよ。」

「…やっぱ秘密かなぁ。」

「え、自分で掘り起こしておいてそんなのありかよ。」

「俺も気になるから知りたいんだけど。」

須堂  恵と千場  流からブーイングが飛ぶのを切はごめんと言う顔で笑ってみせた。

そして神鳥  切はあの日を思い返す。

『あの日を忘れた事はない。いや…忘れられる事が出来るはずがない…。あの時俺は何も出来なかった。何かできる事を考えても、考えても、何もしてあげられる事が出来なかった。空っぽな自分、何かが足りない自分、その何かすらわからない自分、被害者側で何かを求めていた自分、そんな力無き自分自身が嫌いだった。いや、許せなかった。だからこそあの時来たあの美容師と名乗る人達が救いに見え、ただ髪を切るだけで、周りが笑顔に成った事に俺は憧れ、魅了され、俺にもあの手が必要だと思った。そして…あの日、あの時、あの場所で決意したあの小さな約束、少しでも…ほんの少しでも…許してほしいと言う願いも込めて…この道を歩む事を心に決めた。』

「…まぁ…でも絶対成し遂げたい目標はある。その目標を越えないと、俺がこの学園に来た意味がなくなるから。」

「なんだよ目標って?」

千場  流が言葉を掛けた。その隣に居た須堂  恵はその理由にこの時初めて気付き、それとなく察してる様であった。
そして、神鳥  切は覚悟を決めている真剣な顔つきで語った。

「俺は…バトル祭に勝ってセンシビリティに出場する。そう約束したもんな。恵。」

神鳥  切は須堂  恵の瞳をみてそう言った。

「あぁ。がんばろうな。切。」

2人は改めて目的を再認識した。

「え?そこに俺は入ってないの?」

千場  流からブーイングが飛んだ。

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