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「8月3日」
しおりを挟む2人の思いは日々更に増し、お互いがお互いを常に求める毎日がずっと続いた。
「おはよう」から始まり、「おやすみ」まで連絡をとり続け、そして職場でも、ほんの少しでも一緒にいたい、少しでも話していたい、話せなくても隣でお互いを感じていたい。
好きな人が好きと言ってくれる幸せ、好きと言えば好きと返ってくる幸せ、しかし交際する事はできないとわかっているからこそなのか、2人の思いは更に増してゆく。
もう休日を合わせる事が当たり前になっていた。
「次の休み璃々さんは何したい?」
「んー……ドライブとかで地元にだったら想司さんに見せたい景色はたくさんあるんですけどね! 私、好きな人とそこに行く事が憧れなんです!」
「へぇ! その景色をいつか一緒に見れたらいいね!」
「はい! でも私は想司さんと居れればなんでもいいって思っちゃいます!」
「それは俺も同じ意見!でも、正直言えば、一日中じっくりゆったりと濃い話したりできたらいいなって思うかな……」
「あ! それ思います! 結局この間のカラオケでもほぼ会話だけでしたからね!」
「そうなんだよね……」
その時、唐突に想司は職場の件で大事なお客様の注文の品を璃々さんに頼んでいた事を思い出した。
「あ! そう言えば! この間お願いしてた材料はどうなった?」
「あ! すいません! 忘れてました……」
「あらら……そっかぁ……」
「本当にすいません……」
ちょっと落ち込む璃々さんが可愛いと思ってしまい、想司は悪戯を仕掛ける事を思いついた。
「じゃぁ、罰として今度の8月9日は璃々さん宅に招待してもらおうかな!」
想司はただの冗談だった。
そういえば璃々さんは嫌がり、会話がまた増えるとそう楽観的に思っていた。
「え? いいですよ?」
「……え!? は!? いやいや……それはまずいでしょ!?」
しかし想司の思惑は外れ、思いもよらない言葉に想司は驚いた。
「私は構わないですよ? 好きな人と一緒にいれるなら私はそれで満足します……それに一日中ギュッてされてたら本当に幸せなんだろうなって……思っちゃいます……」
「いやいや! ダメだって! って……ちゃんと思ってるのに、その反面……凄く行きたいって思ってしまう自分がいるよ……」
「嫌なんですか?」
「嫌じゃないよ……むしろ飛び跳ねるぐらい嬉しいんだよ……でも、俺も男だから……少なからずやっぱり考えちゃうんだよ……そんな自分が本当に許せなくなる」
「想司さんが我慢するって言うのであれば……私も一生懸命拒みます……けど、正直……自信はないです……」
「……自信がないのはとても困ります……」
「好きじゃない人だったら拒めます……けど好きな人を拒むのはとても難しいです」
想司は自分が情けなかった。
今、この世界中で璃々さんを思っているのは自分である自信があった。
誰にも負けないと言い切れるほど璃々さんが大好きだった。
こんなにも好きなのに、こんなにも璃々さんが愛おしいのに、そんな言葉を言わせ、辛い思いばかりさせている自分が情けなかった。
でもだからこそ、大好きで、ちゃんと思っていて、大切にしているからこそ、最後の一線をこの関係のまま越えることを想司は許せなかった。
「俺はこんな中途半端な関係で璃々さんを穢(けが)したくない……俺はそこら辺の男と一緒になりたくない」
「本当に想司さんは嬉しい言葉を言ってくれますね……今まで出会ったきた男性はそんな言葉を言ってくれませんでした。大切にされているんだなって実感できます。だから本当に嬉しいです」
「だから……そろそろ俺達の関係を明確に決めるしかないと思う」
「そ、そうですね……私もそう思います」
気持ちを伝えてから今までの一週間、璃々さんとの日々の連絡、職場に行けば会える喜び、その毎日に幸せを感じていた。
こんな幸せな事が存在するのかと疑い、それでも毎日感謝するほどに人生で一番の幸福だったと断言できた。
自分が向ける気持ちで好きな人が喜んでくれる。
好きと言えば嬉しいと言ってくれる。
他者からの愛情がこんなにも幸せな物だったのだと教えてくれた。
だからこそ、できれば一番近くで支えたい、力になりたい、喜んでもらいたい、笑っててもらいたい、少しでも幸せでいてもらいたい。
しかし、もう二度とこんな思いは出来ないのかもしれないと、もう二度とこんな気持ちとは出会えないのかと思うと、想司はこの璃々さんへ向ける感情が、この思いが、璃々さんが大事だった。
「最低な事を言うと思う……それでもいい?」
「……はい」
「3年間だけでいい……俺と付き合って欲しい……」
「……その3年間の理由を聞いてもいいですか?」
「璃々さんの大殺界の間を俺が支えたいんだ……都合の良い事言ってるのはわかってる……でもごめんね……どうしても俺は璃々さんを諦められないし、息子も捨てる事もできない……中途半端なのはわかってる……でも俺は璃々さんを一番近くで支えられるなら支えたいんだ」
「確かに……すごい複雑ではありますね」
「今誰よりも璃々さんの事を大切に思ってる。大切だからこそ身を引かなければならないって理性ではわかってる。でも、璃々さんを大好きだと抱く感情が大き過ぎて、溢れ過ぎて抑えられないのも事実なんだ……だからそれでも璃々さんが付き合ってもいいなら……俺とお付き合いして欲しい……」
「……」
想司はこの時、自分でも最低だと思った。
本当に中途半端な事を言っていると自覚すらあった。
だから、振られてもそれが結果なら受け入れる覚悟もあった。
しかし、璃々さんへ向ける思いは本物で、嘘などない。
だから何も隠さず、何も偽らず、ありのままの自分自身を素直に伝えた。
そして璃々さんは想司に言う。
「私にも、これからどうなるか全くわかりません……私自身も正直複雑なので……でも、今はそれでもいいから想司さんと交際したいと……私は思っています」
「……え?」
想司は驚いた。
正直、振られると思っていた。
激怒さえ考えていた。
あまりの驚きに想司はもう一度聞く。
「え? 本当にいいの?」
「はい!」
「俺……璃々さんの彼氏になっていいの?」
「はい! 私でよければよろしくお願いします!」
「……え? やばい……めちゃ嬉しい!!」
「私もですよ!」
「大好きな璃々さんが俺の彼女になってくれるなんて本当に夢みたい!」
「私もずっと夢みてました! まさか想司さんと付き合えるなんて思ってませんでした!」
「それは俺の方だよ……本当にごめんね。こんな彼氏で……たくさん負担かけちゃうと思う……たくさん迷惑かけちゃうと思う……でも、この璃々さんを思うこの愛情だけは、たっくさんあげられる!」
「はい! 沢山の愛情を待ってます! 私も頑張らなくちゃ!」
2022年8月3日。
想司と璃々さんはお互いを理解した上でこうして付き合う事となった。
僕は出会いとは不思議な物だと思う。
今まで縁などないと思っていた2人が恋に落ちてしまった事実、抱いた好意は溢れ出る愛情へと早変わりした。
まるでその全てに意味があるような、これから起こる結果に意味があるような、そんな運命を感じる急速な展開だったと僕は思う。
今の現代、マッチングアプリが流行る世の中で交際を経てから好きを育む当たり前な時代。
だからこそ2人の付き合うまでのこの過程は貴重な物だと思った。
お互いが好きから始まる恋愛、まるで忘れていた恋のようなそんな感覚、僕は正直、自分でも羨ましいとさえ感じる恋だった。
そんな2人はお互い好意を寄せる相手と付き合ったと言う現実に、好きと伝え合ってからただでさえ溢れていた思いが更に加速した。
職場では気づかれないように手を触れてみたり、こっそりキスをしてみたり、抱きしめ合いお互いを感じてみたり、止まらない思いが常にお互いを求めていた。
その度に想司は溢れ出る感情から璃々さんに「好き」と思いを伝える。
「本当に璃々さんが彼女になってくれたなんてまだ嘘みたいだ! でも本当にありがとうね! めっちゃ璃々さんが大好きだ」
「私もとても嬉しいです……好き!」
「でも本当に思うんだ……抱き締める度に、キスする度に、璃々さんの思いを感じる度に、このドキドキを大切にしたいって……久しく忘れてたよ。この人を好きになるって気持ちを……だからこの気持ちを向ける先が璃々さんで本当によかったって思う」
「凄い! 何かの歌詞みたいですね! でも想司さんの感情を向けてもらえてる事が私はとても嬉しいです!」
「璃々さん……本当に大好きだよ!」
「はい……私も大好きです」
何も気にせずに、何も考えずに、ただ溢れる思いを伝える事ができる「好き」と言う言葉、これが無垢に言える幸せは想司にとっては交際する前と大きな違いだった。
しかし、交際する前までの好きと言っていた言葉は嘘ではない。
想司にとって交際が始まってから言える今の思いは、本当に心の底から来る気持ちを一杯に乗せた伝えたい「好き」だった。
それが言える幸せ、それが表現できる幸せ、大好きな璃々さんに伝えられるその幸せは想司に最大の幸福を更に感じさせていた。
「明日が本当に緊張する! 緊張し過ぎて何も話せないかも!」
会う約束をしていた前日に連絡を取り合い、お互いはお互いの胸の内を伝え合っていた。
「もうやばいです! 私も今から緊張が止まりません!」
「もう出会って3年以上は経つのにね! めちゃくちゃ緊張してる! あぁ……心臓はちきれそう……」
「もうどうしましょう!? 緊張が本当にすごいです!!」
「うんうん! こんなに緊張したの久々かも!」
「想司さんも緊張するんですね? そんなイメージ全くないから不思議!」
「璃々さんの事が大好きだから緊張してる」
「本当に嬉しい事言ってくれますね! 毎日好きって言ってもらえるの理想だったんです! あぁ……毎日幸せです! 本当に出会に感謝してます!」
気持ちを伝えられる、伝えていい資格、伝えて喜んでもらえる、そして同じ気持ちが返ってくる。
過去の苦悩、その惨劇、苦しみに苦しんだ今まで、当たり前が何もない所に居過ぎ所為なのか、愛と言うものを見失った所為なのか、ただ、想司にとってその当たり前の愛情を伝え喜んでもらえる事がとても幸せだったのだ。
いや、もはや愛情を表現できる機会とはとても貴重な事なのだと僕は想司を見て理解した。
それを2人は感覚でわかっていたのかもしれない。
だからこそお互いは毎日に亘って溢れる思いをお互いに伝えていた。
この時初めて僕は「恋は盲目」なのだと知った。
もう僕の声など想司には届かなかったのだから。
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