人欲

茎わかめ

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三章

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「須藤…さん?」

私は涙目になりながら問いかける。

彼女は口を閉じたまま頷く。

彼女の名前は須藤 梨沙(すどう りさ)
クラスでもあまり目立たずいつも隅の方にいる。

「ちょっと…こっち来てもらえる…?」

須藤さんは辺りを見ながら私に語りかける。

私は言われるがまま須藤さんに半ば強制的に
教室から連れ出された。

須藤さんの足が校舎の二階にある
図書室の前で止まった。

「中入って…」

須藤さんは再度辺りを見回しながら
私に語りかける。

中に入るとガチャっと鉄同士が擦り合う音が
響いたと同時に鍵を閉められたのだと理解した。

「え…」

私は不安と恐怖から一歩後ろに下がる。

須藤さんは先程鍵を閉めたドアの前に立ち
私の方を振り向くと
一歩、また一歩と私に近づいてくる。

須藤さんの足が私の1メートル手前で止まると
おもむろに彼女の口が開いた。

「いきなり連れてきてごめんね…」

誰もいないであろう図書室で彼女の声が響く。

私は言葉に詰まりながらもこう答える。

「あ、えっと…」
「色々聞きたいことはあるんだけど」

初めてに近いくらいの須藤さんと話し
少し緊張気味に私は質問する。

「須藤さんはどうして私に話しかけてくれたの?」

須藤さんはやはりと言った顔つきで
私の全身を見渡した後に答えた。

「教室で無視されててなにかあったのか気になって…」

私は気がつくと神妙な面持ちで
須藤さんの話が終わる前に言葉を発していた。

「分からないんだよ!」
「1週間程前から無視され続けて」
「私が何をしたって言うの!?」

私は今まで恐らく発したことの無いであろう
声で荒々しく彼女に言葉をぶつける。

彼女は一瞬驚いたような様子だったが
私は続けて彼女に言葉を投げかける。

「須藤さんは何か知らないの!?」
「私がなぜ無視されてるのか!!」

私は今までの不満を爆発させるかのように
自分の気持ちを伝えた。

「多分…」
「九条さん…だと思う…」

須藤さんの足は少し震えていたが
その黒い瞳は私をじっと見つめ
しっかりとした口調で語る。

「く…じょうさんが…?」

須藤さんは何を言っているのだろう
私をからかっているのか?
そんなことばかりが頭をよぎる。

「あの人…女子の中でリーダー的だし…」
「半年ほど前に…」

須藤さんは言葉を濁らせながら
意を決したように言葉を発する。

「半年ほど前に他の女子もいきなり無視されたから…」

半年ほど前…?
無視…?
誰が…?

以前の私は強い権限を持つ人のそばで
愛想よく生活してきたために
周りの人に関して全くと言っていいほど無頓着だった。

私が質問をする前に須藤さんは続ける。

「だから私は悠さんを助けたくて今話したんだよ…」

須藤さんの顔は辛そうでありどこか嬉しそうだった。

ただその顔が何故だか無性に腹が立った。

「助けたいって言った所で何が変わるの…」
「須藤さんに私の何が分かるの…?」

私は俯きながら彼女の足元へ向け
言葉をなげかける。

「私の事なんて何も知らないくせに…」

私はぼそっと冷徹にとどめの言葉を
彼女に突き立てる。

「わかるよ…」

須藤さんははっきりとそう言った。

「何が?どこが?」
「私の何がわかるって言うの!?」

咄嗟に言葉に出ていた。

その声は涙と共に発せられ
言葉にすらなっていなかった気さえする。

「わかるよ」
「だってその無視されてた女子って…」

一瞬の間が空いたと思うと彼女は涙を流しながら

「私のことだもん…」

そう呟いた。

どこかで私の重りが外れた気がした。
心の中の扉を、十字架を、全てが解き放たれ
解放された気がした。

蛹が蝶へと生まれ変わるように
私の中の重くどんよりとそれでいて粘っこく
嫌な気持ちさえも薄くなり心の中が熱くなる。

私の瞳から多量の雫がこぼれ落ちた。
隠す訳でもなく、我慢することも無く
ただ本能の赴くままに気持ちをさらけ出していた。

永遠ともいえる時間が流れ
気がつくと私達は抱き合っていた。

「私達もう友達だよね…?」

須藤さんから思いもよらない質問が来た。

私は一瞬も考えずに

「もちろんだよ」

言葉にならない声でそう答えていた。
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