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38・勘違いもはなはだしいです。

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「日向、ヨダレ!」

 耳元でハルに呟かれ、我に返ります。
 よほど大口開けて固まっていたのでしょうか、慌てて口元を拭いました。

「ね、ねぇ、何?、何なの一体」

「営業中に来られたら、大騒ぎになっていたのが分かるだろ」

 確かに。
 飛びつくマリを掬い上げる様に抱きかかえた姿は、女神が天使を抱きかかえている中世ヨーロッパの絵画を思わせました。

「女神でも無ければ、でもありませんわ。ただの人間ですわ」

 リコが的確に私の疑問を、おもんばかって答えてくれました。

「ほら、行くぞ」

 ハルとリコに両脇を抱えられ、引きずられるようにして先生の前に立ちました。

 ま、まぶしい!
 比喩表現ではなく、実際にそう感じてしまったのも無理はないと思います。

 銀色にきらめく髪を綺麗に結い上げて、赤いアンダーリムの眼鏡から覗く、わずかに垂れた眼尻と、ふっくらとした唇が妖艶な色気を醸し出しています。
 マリと同じ碧眼は澄みきって、何処までも深く吸い込まれて行きそうです。
 ハルやリコとは別種の美しさで、とても穏やかな顔付なのですが、もの凄い威圧感を受けるのは何故なのでしょうか。

「今日は突然お邪魔させて頂きまして、申し訳ございません。アンジェリーナ・リリー・クルーニーです。アンとお呼びください」

 容姿にたがわず鈴の音を鳴らすような美しく、優しい声で、流暢な日本語なのですが、かすかに関西風の訛りがありました。

「は、はい、山背日向やましろひなたと申します」

「先生、今、調理の真っ最中なので、お話は食事をしながらでも」

「それは失礼しました。では、席に掛けさせて頂きます」

 しどろもどろに、やっとの思いで名前を告げたものの、ハルの助け舟が無ければ、そのまま床にへたり込んでしまったに違いありません。
 再び両脇を抱えられて厨房に戻ります。

「血塗れの銀髪鬼」「殲滅のリリー」「最狂の堕天使」「惨劇の女神」

「呼び名は色々あって、伝説級の逸話も掃いて捨てるほどあるが『さあ? 私には良く分かりません、ただのです』の一言で済ましてしまう人だからな」

「まあ、いづれ追い越して差し上げますわ」

「うむ、負けない!」

 何でしょう、敵愾心なのでしょうか、2人の瞳の奥に燃え上がる炎が見えます。

「ねえ日向、私だってあと2,3年もすれば、あの色気を身に付ける事、出来ますわよね?」

「うむ、負けない!」


 あ! そっち。
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