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4・ナンですとー!
しおりを挟むマリはとても頑固です。
他の事はいざ知らず、こと、料理に関して「でもまだ食べられません」と、ひとたび言い出した事を引っ込めるような真似は決してしません。しかし、しかしです。このカレーの香りを前にして、私も諦める訳にはいきません。
マリは魔王城に来てから、開発室にこもりっきりで、日本の物とは根本的に違う様々な食材を、焼く、煮る、揚げる、蒸すに留まらず、干したり、粉にしてみたり、何かに漬け込んでみたりして、それはもう一心不乱に試作を続けています。
私は、といえば、何か手伝いができる訳でもなく、開発部宛にくる莫大な請求書の整理と、マリを見守っているぐらいしかできませんが、それは、とても苦痛の伴う事なのです。なにせマリの作るお料理は、とてつもなく見た目美味しそうなうえに、胃袋を直撃するかのような素晴らしい芳香を漂わせているのです。
しかし、マリは、その、お料理を食べさせてくれません。
「なんか、いまいち」
と、言っては、しょんぼりと肩を落とし半べそを掻きながら、開発室の片隅に用意してある豚舎の飼料用の木樽に入れてしまうのです。
何度、何度、えぇ、何度、その、豚の餌を、盗み食いしてやろうと思った事か。
『ロキエル様、ウチの豚達って俺より良い物を食っていますよね?』
その木樽を豚舎の担当者が引き取りに来るたびに、皮肉を言われてしまうのでした。まさかとは思いますが、マリは、このカレーをも豚の餌にしてしまいかねません。
「マリ、貴女は間違っています!」
私は断固として言いました。
「ふぇ?」
マリは口を半開きにして、小首を傾げました。何という間抜け面なのでしょう。可愛すぎます。
「マリはこのカレーを一晩寝かせて、味を馴染まそうとしているのですね?」
「うん」
「固定概念に縛られてはいけません。味の好みは千差万別なのです。現に私は出来立てのカレーの様々な香辛料が相容れず口の中で大喧嘩して、爆発するような荒々しい刺激の中から、滲みでて来る旨味が大好きなのです。一晩寝かせると、その刺激が薄れてしまいませんか? 羊肉にしてもしかり、よ~く煮込んだうえで寝かせると、柔らかくなって味も沁み込むのは知っていますが、肉のしっかりした噛み心地が残っている方が好きです」
「え~……う~ん」
よ~し、もう一押しですね。
「なにより魔王城には日本と違い、種族そのものが違う方々が混在して生活を営んでいるのです。誰が、どのような好みなのか、マリは知る必要があると思いませんか?」
「う~ん」
止めです! マリは人見知りが激しいのですがメイドさん達と仲良くなりたいのでしょう、チラチラ盗み見ているのを知っています。
「メイドさん達も興味津々のようでしたから、きっと皆さん喜びますよ。何人か呼んで試してみてもらっても良いですか? そうですね……ニ、三人ですかね」
「う~ん……いいよ」
よっしゃー!
「ナンは、いくつ?」
う、迂闊にも程があります! 私は、すっかりナンの存在を忘れていました。開発室には目の玉ひっくり返るような請求書が届けられた、タンドール窯も設けられているのです。あの焼き立てのナンの裏側のパリパリは、白米の、おこげに勝るとも劣らぬ美味しさではないですか。思い浮かべただけで、ヨダレが出てきて生唾を飲み込んでしまいました。
「マ、マリ。ナンは何枚分位あるのですか?」
「二十枚、ぐらい」
「では、取り敢えず十枚ぐらいで。時間はどれ位かかります?」
「二次はっこーさせるから、三十分ぐらい」
「何か手伝う事はありますか?」
「だいじょーぶ!」
「では、さっそく、皆さんを呼んできましょう」
私は、いそいそと開発室を後にしようとして、大変な事に気付きました。
「ねえ、マリ。ナンを作る時に使う油って、ひょっとして山羊の油?」
「うん、山羊さんの、お乳でつくったー!」
ギーとは、山羊の乳を発酵させて、乳脂肪を取り出して作る油です。本格的な事が仇になってしまいますね。山羊っ娘や、山羊の恩恵を受けて角を有している方々は、共食いになってしまいます。種族によっては宗教上、習慣上の理由で禁忌とされている食材もありますし、いろいろと考えなくてはいけません。
難しい問題です。
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