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1・物語の始まりです、さあ、気合を入れて!
しおりを挟むお父様は何をお考えになっているのかしら。
事もあろうに、かの悪名高い『赤キ聖騎士団』の団長を召し抱えるなどと言い出したのです。
いかに戦乱の世が続き、武功のある者を求めているとはいえ、そもそもが滅ぼされた隣国の聖騎士団です。
領地を失い、家臣は離散し、喰い詰めた末にすがり付かれ、人の好いお父様の事ですので哀れに思い情けを掛けたのでしょうが、いつ何時、寝首を掻かれるか分かったものではありません。
『あまり良い評判を聞きませんが、お考え直しになられては』
普段なら、やんわりと言い聞かせただけで『もっともだ』と何でも私の思い通りに振る舞って下さる、とても素直なお父様なのに今回ばかりは頑として首を縦に振らなかったのです。
門の辺りが騒がしいと思ったら中庭に、当家の紋章付き馬車が乗り入れて来ました。
出窓を開けて様子をうかがうと、お父様を始め重臣が勢揃いしていますので、どうやら件の聖騎士団長様がお着きになられたようです。
これ幸い、是非とも。
(ご尊顔を拝ませて頂こうじゃないの!)
大急ぎで中庭に向かいました。
驚きました。
たとえ国王に対しても不遜な態度をおとりになる、あのお父様が賓客を迎えるような恭しさで応対しているではありませんか。
それほどまでに聖騎士団長を召し抱える事に強い執着を持っていたのでしょうか。
馬車の中から出て来たのは、上背のあるお父様より更に頭半分位背の高い、なめし皮のような艶やかな赤銅色をした肌の大男でした。
幼い頃に今は亡き最愛のお母様に読み聞かせて頂いた絵物語に出て来る、金髪碧眼の眉目秀麗な、白馬に乗った聖騎士様では無く、退治される赤鬼がそこに居たのです。
突然、青い空が2つに割れて落ちて来るのではないかと思う程の、しゃがれ声が響き渡り、赤鬼が地響きを立て、全身を弾ませ土煙を巻き上げるような勢いで駆け寄って来ます。
何を叫んだの? 何処へ?
(えー!? 私のとこー!)
私の許で赤鬼が、ひざまずきます。
黒く長い髪を後ろで無造作に束ね、伸び放題の無精髭、眦が吊り上がり人を射抜くような鋭い眼光、乱れ跳ね上がった太い眉、高く中央で隆起した鉤鼻。
何より目を引いたのが赤銅色の頬に刻み込まれた、大きな創傷です。
(おっかねー!)
その異相に足がすくんでしまいました。
古び色褪せた革の胸当てと手甲だけの軽装に、服とは呼べぬような布切れを巻き付けただけの姿です。
聖騎士団長と言えば爵位に差こそあれ貴族の端くれ、有事であれば兎も角、たしなみという物があります。
貧相な姿をあざ笑うどころか、憤りを感じてしまったのも無理はありません。
「お久しぶり。お姫さん」
聞き間違いではありません。
赤鬼は確かに、そう言ったのです。
勿論、私には何の覚えもありませんが、物心つく前に会った事があるとでもいうのでしょうか。
それにしても、無礼にも程があります。
まるで有象無象の町娘に語り掛けるような口調ではありませんか。
侮蔑する言葉こそ口にはしませんでしたが、冷ややかな目をして黙って見詰めていると、赤鬼は眉根を寄せて、肩を落とし今にも泣きだしそうな表情です。
その途端に憐憫の情が湧いてきたから不思議です。
致し方なく右手を差し出すと、赤鬼は両手で包み込むように押し頂き、額を軽く押し付け恭順の意を示し、顔を上げ満面の笑みを浮かべました。
幼子が母に縋るような無邪気な笑顔です。
飲み込まれるのではないかと思うくらい大きく開いた口から、こぼれそうな真っ白な歯が覗きました。
噴き出しそうになるのをこらえるのが大変で、お父様の助け舟が横から割り込んでこなければ危ないところでした。
「改めて紹介しましょう、娘のエレナです。こちらはロッソ・フォルテマーレ団長」
赤鬼は立ち上がると右手を差し出してきました。
お父様に背を押され、おずおずと、その手を握り返します。
節くれだった大きな手、まるで岩を握り締めたような感触です。
「エレナ。良い名だ」
(ふざけんなー!)
人を見下ろし呼び捨てとは、度重なる非礼に怒りが沸き立つ思いです。
お父様は、そんな私の様子を察したのか、
「後ほどゆっくりと食事でもしながら」
と、赤鬼を抱きかかえるようにして、そそくさと城館へ向かいます。
束の間の出来事でしたが、容貌、風体、声音、立ち居ぶるまいと、何をとっても一つ一つが印象的であり、感情を右に左にと揺さ振られた所為で、とてつもない疲労感が襲いました。
ふと、我に返って……慄然としました。
揺さぶられ振り落とされて残った物が、あの、笑顔、なのです。
人を魅了する、あの、笑顔、なのです。
女である私が、惚れた、はれたなどという事なら何程の事もありません。
我が身一つ放り投げれば済む事です。
もし、お父様まで誑かされていたなら、いえ、あのご様子ですと新参者といえど爵位を申請し、広大な領地を与えて召し抱えると言い出すに違いありません。
御家全体に危機感が希薄なのは不満の募るところではありますが、お父様を求心力としてまとまっている家臣の間に亀裂が入り、派閥争いが巻き起こるなどという事にでもなれば、御家が弱体化するのは火を見るよりも明らかです。
最愛のお母さまとの最後の約束。
家名を穢すことなく守り抜く事。
それが私の生きがいでもあり、絶対尊守すべき正義でもあるのですから。
軽はずみな行動は自重するにしても、何かしらの措置を講じて、赤鬼を穏便に追い払う必要があるのは間違いないでしょう。
先ずは赤鬼の事。
委細漏らさず知らなくてはなりません。
社交界という狭い社会での悪評は、常々耳にはしています。
殺伐とした時勢においても『赤キ聖騎士団』の悪名を世に知らしめた争乱がありました。
主筋に当たる王弟を奇策を持って弑賜ったという、道義にもとる悪逆非道な覇権争い。
不可侵が慣例だった教皇国の大聖堂を取り囲み、聖職者もろとも焼き討ちにするという神をも恐れぬ所業。
数多の殺戮戦など、怖気を奮うような挿話は他にも枚挙に暇がありません。
世間知らずを自認している私ですが、真偽はともかく、口さがない巷の噂話ほど世を動かす要因になる物は無い、という事は熟知しています。
既に『赤キ聖騎士団』の団長が当家を来訪したという事は周知の事実ですから、世間がどのように思っているのか、まずは城館外の仕事に従事する給仕達とのお茶会でも開いて、様子を探る事にしましょう。
両の手で頬を叩いて、気合を入れて、城館に向かって。
(よっしゃー!)
走り出します。
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