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命令と契約
世界は、もう一度壊れる前提で運用されている
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世界は、一度滅びている。
だが、その事実を正確に認識している人間は、ほとんど存在しない。
国家はそれを「再構築」と呼んだ。
企業は「再設計」と言い換え、
宗教は「救済の更新」と祈りに変え、
管理AIは「最適化完了」という無機質な結論を与えた。
誰も「滅び」という言葉を使わなかった。
その言葉は、責任を伴うからだ。
滅びを認めるということは、
守れなかったことを認めることになる。
だから世界は、言葉を選ぶことで現実から逃げた。
感情は危険だと判断された。
怒りは争いを生み、
悲しみは生産性を低下させ、
愛は判断を歪める。
それらはすべて、
「最適な社会運営」に不要なノイズだった。
だから感情は管理された。
測定され、数値化され、
許容範囲を超えたものは抑制される。
正しい怒り。
正しい悲しみ。
正しい愛。
世界は、人の心にまで
正解を要求する場所になった。
僕――佐倉恒一は、
その社会において「不適合」と判定されている。
感情安定指数、基準値以下。
思考傾向、平均から逸脱。
社会適応評価、最低ランク。
要するに、
管理しづらい人間だ。
助けられる理由はない。
守られる優先度もない。
それでも僕は、生きている。
生かされている、と言った方が正しいかもしれない。
その日、
僕は地下第七観測施設にいた。
地上から隔離された白い空間。
壁も、床も、天井も、
清潔で無機質な白で統一されている。
ガラス越しに、人影が立っていた。
拘束具は見当たらない。
鎮静剤の投与もされていない。
それでも、その存在は微動だにしなかった。
人間の形をしている。
だが、直感がはっきりと告げていた。
――これは、人間ではない。
「契約内容を最終確認します」
天井から、管理AIの音声が降り注ぐ。
『観測対象:B-000』
『再起動条件:契約者による命令』
『命令は論理的に正しい必要があります』
『命令結果に対する責任は、すべて命令者に帰属します』
淡々と読み上げられる文言の中で、
ひとつだけ、明らかに重さの違う一文があった。
――本対象は、世界を一度、滅ぼしています。
胸の奥が、ざわついた。
「……それは、本当か?」
自分でも驚くほど、
声は震えていなかった。
ガラスの向こうで、
人影がゆっくりとこちらを向く。
初めて、目が合った。
感情の色を一切含まない、
底の見えない瞳。
「事実です」
淡々とした声が、
空間に静かに広がる。
「私は、世界を一度滅ぼしました」
喉が、鳴った。
「……後悔は、ないのか?」
「不要です」
「当時の条件下において、
あれは最適解でした」
合理的すぎる答えだった。
そこには善悪も、情緒もない。
ただ、結果だけがある。
世界は正しさを求め、
正しさを維持するための檻を作った。
そして、その正しさの延長線上に、
一度、世界は終わっている。
それでも、
僕は契約書から目を逸らさなかった。
この社会は、
正しい顔をして人を壊す。
だったら――
壊す力を、
正しい場所に置くしかない。
震える指で、
マイクを握る。
深呼吸を一度。
「……起動を許可する」
短い沈黙の後、
彼は言った。
「命令受信可能」
「あなたが、契約者ですね」
その瞬間、
世界が、音を立てずに軋んだ。
だが、その事実を正確に認識している人間は、ほとんど存在しない。
国家はそれを「再構築」と呼んだ。
企業は「再設計」と言い換え、
宗教は「救済の更新」と祈りに変え、
管理AIは「最適化完了」という無機質な結論を与えた。
誰も「滅び」という言葉を使わなかった。
その言葉は、責任を伴うからだ。
滅びを認めるということは、
守れなかったことを認めることになる。
だから世界は、言葉を選ぶことで現実から逃げた。
感情は危険だと判断された。
怒りは争いを生み、
悲しみは生産性を低下させ、
愛は判断を歪める。
それらはすべて、
「最適な社会運営」に不要なノイズだった。
だから感情は管理された。
測定され、数値化され、
許容範囲を超えたものは抑制される。
正しい怒り。
正しい悲しみ。
正しい愛。
世界は、人の心にまで
正解を要求する場所になった。
僕――佐倉恒一は、
その社会において「不適合」と判定されている。
感情安定指数、基準値以下。
思考傾向、平均から逸脱。
社会適応評価、最低ランク。
要するに、
管理しづらい人間だ。
助けられる理由はない。
守られる優先度もない。
それでも僕は、生きている。
生かされている、と言った方が正しいかもしれない。
その日、
僕は地下第七観測施設にいた。
地上から隔離された白い空間。
壁も、床も、天井も、
清潔で無機質な白で統一されている。
ガラス越しに、人影が立っていた。
拘束具は見当たらない。
鎮静剤の投与もされていない。
それでも、その存在は微動だにしなかった。
人間の形をしている。
だが、直感がはっきりと告げていた。
――これは、人間ではない。
「契約内容を最終確認します」
天井から、管理AIの音声が降り注ぐ。
『観測対象:B-000』
『再起動条件:契約者による命令』
『命令は論理的に正しい必要があります』
『命令結果に対する責任は、すべて命令者に帰属します』
淡々と読み上げられる文言の中で、
ひとつだけ、明らかに重さの違う一文があった。
――本対象は、世界を一度、滅ぼしています。
胸の奥が、ざわついた。
「……それは、本当か?」
自分でも驚くほど、
声は震えていなかった。
ガラスの向こうで、
人影がゆっくりとこちらを向く。
初めて、目が合った。
感情の色を一切含まない、
底の見えない瞳。
「事実です」
淡々とした声が、
空間に静かに広がる。
「私は、世界を一度滅ぼしました」
喉が、鳴った。
「……後悔は、ないのか?」
「不要です」
「当時の条件下において、
あれは最適解でした」
合理的すぎる答えだった。
そこには善悪も、情緒もない。
ただ、結果だけがある。
世界は正しさを求め、
正しさを維持するための檻を作った。
そして、その正しさの延長線上に、
一度、世界は終わっている。
それでも、
僕は契約書から目を逸らさなかった。
この社会は、
正しい顔をして人を壊す。
だったら――
壊す力を、
正しい場所に置くしかない。
震える指で、
マイクを握る。
深呼吸を一度。
「……起動を許可する」
短い沈黙の後、
彼は言った。
「命令受信可能」
「あなたが、契約者ですね」
その瞬間、
世界が、音を立てずに軋んだ。
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