18 / 33
18.やくそく
しおりを挟む
(先生がうちで晩御飯……?)
先生を待たせてしまっていた数分の間に、そんな話になっているなんて急展開すぎる。大方、母が『この間のお礼に』とか言って強引に誘ったのだろうけれど。
(お母さんてば、私の気持ちも知らないで……)
先生にお礼を言いたいから、近いうちに二人きりになれればとは思っていたが、まさかこんなに早くその機会が訪れるなんて思わなかった。
心の準備が出来ていなかったが仕方がない。深呼吸をひとつしてから口を開く。
「先生」
「どうした?」
「先日はありがとうございました。私、謝ってばかりできちんとお礼、言ってなかったですよね」
「病院のことか? その時も言ったが、当たり前のことだから気にしなくていい。それより……お前が元気そうで本当に良かったよ」
そう口にしながらとても優しい眼差しを先生に向けられて、心臓が激しく鼓動する。こんなに柔らかな表情の先生は見たことがなくて、うっかり勘違いしてしまいそうになる。
「き、今日はどうしたんですか?」
落ち着きを取り戻そうと、先生の向かい側に腰を掛けつつ話題を変える。
「ん? あー……お前が怪我した時の授業担当だしな。休みの間に様子は見にこようと思ってたんだが。今日ちょうど出たから……お前も早い方がいいだろ?」
「ちょうど出た?」
「期末の試験範囲だよ。まさか忘れてたんじゃないだろうな?」
「忘れてるわけないじゃないですか。今も勉強してたし」
「ならいいけどよ。お前のクラスは授業担当じゃないが、今回は俺がテスト作成するからな」
「え、先生なんだ?」
「俺のテストで赤点とったらどうなるか……」
「赤点なんてとりませんっ!」
ふざけて低い声で脅かしてくる先生に、ついムッとしてそっぽを向きながら答えると。
「くくっ。ごめんごめん、俺が悪かった」
「……」
「だからそう怒るなよ……な?」
「……」
「なーなーせ」
先生が子どもをあやすような口調で語りかけてくる。子どもみたいなことをしている私も私だけれど、先生にとって私はやっぱり子どもなのだろうなと少し落ち込んでいると。
「七瀬は赤点とるやつじゃないってちゃんと解ってるから」
相当怒っていると勘違いしたのか、言葉に先生の焦りが感じられた。
私の中に悪戯心が芽生える。
「じゃあ! 先生のテストで満点とったらなんでも言うこと聞いてください! それなら許します!」
ちょっとだけ『困らせてやろう』と、そう思っただけなのだが──
「……いいよ、聞いてやる」
まさかの『いいよ』が返ってきた。
「ほんと? ほんとにいいんですか? 『なんでも』ですよ?」
冗談かと思って、何度も確かめる。
「あぁ。満点とったらな」
(そっか……先生は、私が満点とれるわけがないと思っているんだ……そう……そっちがその気ならこっちだって!)
小指を立てて、ずいっと先生の前に突き出す。
「約束ですよ!」
「あぁ」
先生も微笑いながら自分の小指を絡めてきて、くすぐったいようななんともいえない感覚を覚えながら私も指を絡めると。
「ただいまー」
母の声とともに玄関の開く音が聞こえて、慌てて絡めた小指を離し何事も無かったかのように母を出迎える。
「おっ、お帰りー! 早かったね」
「いいお肉は早く行かないと売り切れちゃうから、急いだもん」
「ちょっと『もん』……って、お母さんいくつ? 先生の前で恥ずかしいから若ぶるの止めてよ」
「だってまだ母さん若いもん!」
「もーっ、また!」
「ふっ」
堪え切れなくなったのか先生が笑い出す。
「ほら! 笑われたじゃん!」
「ふふ。まぁいいじゃない。夕飯の支度、手伝いなさいよ。先生はゆっくりしていてくださいね」
「お言葉に甘えさせていただきます」
母が帰ってきて二人きりではなくなって、ほっとしたような残念なような複雑な気持ちで台所へ向かいながら、先生と絡めた小指に目をやる。
「小指どうかしたの?」
「えっ!」
母に不思議そうに聞かれて、すぐになんでもないと答えたけれど、母は含み笑いを浮かべていて。追及されるのも怖いので、私はそれ以上なにも言わなかった。
夕食が出来た頃にちょうど父も帰ってきて、両親揃って改めてお礼を言われた時は緊張していた面持ちの先生も、父と世論がどうだの、好きなチームはどこだだのと話が随分弾んでいたみたいで、終始盛り上がっていた。
父が先生を独り占めしていたおかげで、先生と話すことはできなかったけれど、帰り際に『テスト頑張れよ』と頭をポンと叩かれた。
「倉田先生って素敵な先生ねー」
先生が帰ったあと食器の後片付けをしていると、母が呟いた。
先生の座っていたソファーに視線を落とし、先生の姿を思い浮かべる。
(スーツの先生、かっこよかったなぁ)
と、本当のことなんて言える訳もなく。
「うん、まぁ、そうだね」
「ふふ」
(嬉しそう……)
適当に返したつもりだったのだが、母の様子を見るに先生のことを好きなのがバレるのも時間の問題かもしれない。
(とにかくテスト頑張ろ!)
せっかく掴んだチャンスだし。
(絶対満点とってやる!!)
先生を待たせてしまっていた数分の間に、そんな話になっているなんて急展開すぎる。大方、母が『この間のお礼に』とか言って強引に誘ったのだろうけれど。
(お母さんてば、私の気持ちも知らないで……)
先生にお礼を言いたいから、近いうちに二人きりになれればとは思っていたが、まさかこんなに早くその機会が訪れるなんて思わなかった。
心の準備が出来ていなかったが仕方がない。深呼吸をひとつしてから口を開く。
「先生」
「どうした?」
「先日はありがとうございました。私、謝ってばかりできちんとお礼、言ってなかったですよね」
「病院のことか? その時も言ったが、当たり前のことだから気にしなくていい。それより……お前が元気そうで本当に良かったよ」
そう口にしながらとても優しい眼差しを先生に向けられて、心臓が激しく鼓動する。こんなに柔らかな表情の先生は見たことがなくて、うっかり勘違いしてしまいそうになる。
「き、今日はどうしたんですか?」
落ち着きを取り戻そうと、先生の向かい側に腰を掛けつつ話題を変える。
「ん? あー……お前が怪我した時の授業担当だしな。休みの間に様子は見にこようと思ってたんだが。今日ちょうど出たから……お前も早い方がいいだろ?」
「ちょうど出た?」
「期末の試験範囲だよ。まさか忘れてたんじゃないだろうな?」
「忘れてるわけないじゃないですか。今も勉強してたし」
「ならいいけどよ。お前のクラスは授業担当じゃないが、今回は俺がテスト作成するからな」
「え、先生なんだ?」
「俺のテストで赤点とったらどうなるか……」
「赤点なんてとりませんっ!」
ふざけて低い声で脅かしてくる先生に、ついムッとしてそっぽを向きながら答えると。
「くくっ。ごめんごめん、俺が悪かった」
「……」
「だからそう怒るなよ……な?」
「……」
「なーなーせ」
先生が子どもをあやすような口調で語りかけてくる。子どもみたいなことをしている私も私だけれど、先生にとって私はやっぱり子どもなのだろうなと少し落ち込んでいると。
「七瀬は赤点とるやつじゃないってちゃんと解ってるから」
相当怒っていると勘違いしたのか、言葉に先生の焦りが感じられた。
私の中に悪戯心が芽生える。
「じゃあ! 先生のテストで満点とったらなんでも言うこと聞いてください! それなら許します!」
ちょっとだけ『困らせてやろう』と、そう思っただけなのだが──
「……いいよ、聞いてやる」
まさかの『いいよ』が返ってきた。
「ほんと? ほんとにいいんですか? 『なんでも』ですよ?」
冗談かと思って、何度も確かめる。
「あぁ。満点とったらな」
(そっか……先生は、私が満点とれるわけがないと思っているんだ……そう……そっちがその気ならこっちだって!)
小指を立てて、ずいっと先生の前に突き出す。
「約束ですよ!」
「あぁ」
先生も微笑いながら自分の小指を絡めてきて、くすぐったいようななんともいえない感覚を覚えながら私も指を絡めると。
「ただいまー」
母の声とともに玄関の開く音が聞こえて、慌てて絡めた小指を離し何事も無かったかのように母を出迎える。
「おっ、お帰りー! 早かったね」
「いいお肉は早く行かないと売り切れちゃうから、急いだもん」
「ちょっと『もん』……って、お母さんいくつ? 先生の前で恥ずかしいから若ぶるの止めてよ」
「だってまだ母さん若いもん!」
「もーっ、また!」
「ふっ」
堪え切れなくなったのか先生が笑い出す。
「ほら! 笑われたじゃん!」
「ふふ。まぁいいじゃない。夕飯の支度、手伝いなさいよ。先生はゆっくりしていてくださいね」
「お言葉に甘えさせていただきます」
母が帰ってきて二人きりではなくなって、ほっとしたような残念なような複雑な気持ちで台所へ向かいながら、先生と絡めた小指に目をやる。
「小指どうかしたの?」
「えっ!」
母に不思議そうに聞かれて、すぐになんでもないと答えたけれど、母は含み笑いを浮かべていて。追及されるのも怖いので、私はそれ以上なにも言わなかった。
夕食が出来た頃にちょうど父も帰ってきて、両親揃って改めてお礼を言われた時は緊張していた面持ちの先生も、父と世論がどうだの、好きなチームはどこだだのと話が随分弾んでいたみたいで、終始盛り上がっていた。
父が先生を独り占めしていたおかげで、先生と話すことはできなかったけれど、帰り際に『テスト頑張れよ』と頭をポンと叩かれた。
「倉田先生って素敵な先生ねー」
先生が帰ったあと食器の後片付けをしていると、母が呟いた。
先生の座っていたソファーに視線を落とし、先生の姿を思い浮かべる。
(スーツの先生、かっこよかったなぁ)
と、本当のことなんて言える訳もなく。
「うん、まぁ、そうだね」
「ふふ」
(嬉しそう……)
適当に返したつもりだったのだが、母の様子を見るに先生のことを好きなのがバレるのも時間の問題かもしれない。
(とにかくテスト頑張ろ!)
せっかく掴んだチャンスだし。
(絶対満点とってやる!!)
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)その後
MisakiNonagase
恋愛
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合つまた。
その後、大学を卒業した祐輔(ユウスケ)の新たなストーリーが始まった。
全15話を予定
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる