鬼の花嫁

炭田おと

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56_血の匂い_耀茜視点

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「頭首! 全員、縛りました!」

 捕らえられた岩蝉達と、三船衆の男は長屋の前に跪かされ、縄で縛り上げられていた。彼らは諦めているのか、深く項垂れている。

「一帯を封鎖して、出入りができないようにしています」

「そうか。三船衆の他の構成員について、情報は?」

「何人かは、戻ってくる予定だったそうです。ですが、この騒ぎでは・・・・」

「もうここに戻ってくることはないだろうな」

 視線を動かす。

 長屋と長屋の間の細い路地は、今は鬼で埋め尽くされ、熱気で満たされていた。鴉衆や、三船衆の仲間が近くにいるのだとしても、この様子を見ればすぐに逃げ出すはず。


 御嶌と、もう一人の女性は、長屋の格子戸に背中を預ける格好で座り込んでいた。


「・・・・・・・・」


 夜堵がなぜか守るように、御嶌に寄り添っているところが引っかかる。

 他人に関心がない夜堵が、初対面の女に近づくはずがない。


(・・・・知り合いだったのか? )

 だと考えれば、囚われた上に怪我を負った御嶌を見て、夜堵が冷静さを欠いていた理由にも、合点がいく。


「御嶌」

 近くに行って、名前を呼ぶと、御嶌は勢いよく顔を上げた。

「鬼久頭代!」

「そのままでいい」

 御嶌が立ち上がろうとしたので、俺は止める。傷を負った足に、負担をかけたくなかった。

「どうしてこんなことになった?」

「本当に、すみませんでした」

「謝罪が聞きたいわけじゃない。坂本屋の調査が、どうして岩蝉の発見に繋がった?」

「・・・・話せば長くなります」

「ならば、屯所で話を聞こう。他にも、聞かなければならないことがある」

「俺も聞きたいなー。・・・・どうしていつの間にか、燿茜と顔見知りになってんのかとか、そこらへんを詳しくね」

 夜堵は顔は笑っているが、声は凍えている。御嶌の目は、俺の視線だけじゃなく、夜堵の視線からも逃れようと、必死に泳いでいた。

「聞きたいことは多くあるが、今はやめておこう。もう一人は――――」

 もう一人の女性の顔を見て、俺は息を呑む。


 髪で顔が隠れていて、気づくのが遅れたが、彼女は閻魔の花嫁の一人、一条凛帆だった。


「・・・・・・・・」

 面倒なことになったと思いながら、少し考える。

 閻魔の花嫁が御政堂を抜け出し、さらに悪漢に捕らわれたとなれば、前代未聞の騒ぎになるだろう。桜女中取締は卒倒し、責任のなすりつけ合いがはじまるはずだ。事後処理に、俺も巻き込まれることになるだろう。


 見なかった振りをしよう。そう決めるのに、時間はかからなかった。


「・・・・とにかく、お前達を御政堂に連れて行く」

「・・・・今、あからさまに、凛帆様のことを見なかったふりをしましたね?」

「追及したほうがいいのか?」

「・・・・・・・・」

 御嶌は苦笑して、口を噤んだ。

「・・・・何の話?」

 閻魔の花嫁の顔を知らない夜堵は、会話に加われないことを不満に思っているようだ。

「知りたいのか?」

「・・・・いや、なんだか面倒なことになりそうだから、やっぱりいい」

「・・・・ちょっと。よってたかって、人のことを腫物扱いしないでくれる?」

 凛帆様まで、不満そうな顔になってしまった。


「頭首! 岩蝉達を、鬼峻隊の獄舎に連行します!」


「待て待て!」

 面倒なことに、岩蝉達を連行しようとすると、武官達が集まってきた。

「勝手に岩蝉を連行されるのは困る!」

「なんでだよ。岩蝉を捕まえたのは頭首なんだから、俺達が取り調べをするのが筋のはずだ!」

 隊士と武官はまた睨み合う。


 そのとき俺は、路地から顔を出して、こちらの様子を窺っている男がいることに気づいた。


「そこの男」

 呼びとめると、男は両肩を揺らす。

「何をしている? こちらに来い」

「・・・・・・・・」

 男は凍りついて、動こうとしない。

 この騒ぎに気づいて、鴉衆や三船衆は戻ってこないだろうと考えていた。

 だがその男は、予想以上に愚かだったようだ。あるいは封鎖されたこの区域から出られずに、彷徨っているうちに、ここに戻ってきてしまったのかもしれない。

 俺が近づくと、男は後ろに下がった。

「動くな」

「・・・・・・・・」

「動くなと言ったはずだ」

 男は身を翻して、一目散に逃げていく。

「待て!」

「おい、あの野郎を逃がすな!」

 隊士達がいっせいに追いかけはじめた。


 俺は、道の先に騎馬の輪郭を見つけて、立ち止まる。


「追わないのか?」

「・・・・追う必要はなさそうだ」

 鬼は後ろばかり確かめて、前方から近づいてくる騎馬には気づいていないようだった。


「ぐええ!?」


 槍の一閃を顎に食らい、男は引っくり返る。


「刑門部卿!」


 馬に乗って近づいてきていたのは、諒影だった。


「捕えろ」

「はい!」

 武官が動き出し、男は手足を縄で縛られる。

 諒影の後ろには刑門武官の行列ができていた。

 武官達は、縄で縛られた男達の、前後左右を挟む形で歩いている。

「その男達は?」

「三船衆の男達だ。御政堂襲撃に関わっていることが判明したため、連行した」

 諒影は馬から降りる。

 そして大勢の隊士と武官が入り混じっている様子を見て、眉を曇らせた。

「・・・・少々、厄介なことになっているようだな」

 諒影も早い段階で、三船衆が関わっていることに気づいていたのだろう。今まで動きがなかったのは、しばらくの間、三船衆を泳がせていたからなのかもしれない。

 そして今日、捕縛に踏み切ったのだろう。

 この男との相性は最悪だ。だが、その仕事ぶりだけは認めざるを得ない。

「しかも、意外な人物と一緒にいるようだ」

 諒影の視線は、俺の後ろにいる夜堵に向かっていた。


「・・・・?」

 そのとき、夜堵の隣から、御嶌の姿が消えていることに気づく。


 気になって、視線を巡らせた。

 御嶌は隊士達を隠れ蓑にして、路地に入り込もうとしている。彼女が歩いた道には、赤い雫が点々と続いていた。

 俺も御嶌を追いかけ、路地に入る。

「待て」

「・・・・!」

 御嶌の身体が、痙攣するように震えた。

 なりふり構わずに逃げようとしたのか、着物の襟が下がり、白い首が見えた。――――なぜか直視できず、俺は目を逸らす。

「そんな足で、どこに行くつもりだ?」

「そ、それは・・・・」

 御嶌は俯いてしまった。

 御政堂襲撃の時、御嶌は諒影から逃げようとしていた。今回も、奴から隠れようとしているのだろう。

「じっとしていろ」

 俺は上着を脱いで、彼女の肩にかけた。

 御嶌は瞠目して、俺の顔をじっと見つめる。


「――――鬼久頭代」


 折り悪く、諒影の声が聞こえた。

 御嶌は怯えた顔を見せ、上着を頭からかぶり直すと、立てかけられた角材の影に飛び込み、蹲る。

 御嶌が見えないよう、諒影の前に立つと、御嶌の視線を、背中に感じた。

「武官の話では、岩蝉達に囚われていた女性が二人いたはずなんだが、今見たらどちらも消えていた。二人はどこに消えた?」

 どうやら、凛帆様も逃げたようだ。現場から翔肇の姿も消えているから、問題が大きくなる前に、凛帆様を御政堂に連れて行ったのだろう。

「さあ、知らないな。それよりも諒影、他に話し合うべきことはある。隊士と武官が、岩蝉と三船衆を、鬼峻隊の屯所へ連れていくか、刑門部省に連れていくかで、揉めているようだ」

「そのようだな。どうやって解決する?」

「単純な話だ。鬼峻隊が捕まえた罪人は鬼峻隊が、刑門部が捕まえた罪人は、刑門部が連れていけばいい。俺達が捕まえた岩蝉と三船衆は、こちらが引き取る」

「・・・・不本意だが、こちらもこれ以上、時間を無駄にしたくない。なので、その提案を受け入れよう」

 諒影は俺に背中を向けた。


 とりあえず話がついて、俺は吐息を零す。

「・・・・それから、一つ」

 そのまま去るのかと思っていたが、また諒影は口を開く。


「鬼から人を隠したいなら、まずは、血の匂いを消すことだ。――――それでは、隠したことにならない」


 御嶌の肩が揺れて、さらに身体を縮めていた。

(・・・・やはり、気づいていたのか)

 血は鬼の食料。人間の女の血の匂いに、鬼が気づかないはずがない。そのことに気づきながらも、諒影がこれ以上の面倒ごとを裂けて、立ち去ってくれることを願っていたが、そう都合よくはいかないものだ。

「・・・・あなたの知り合いのようだから、これ以上は追及しない」

 だったら、何も言わずに立ち去ればいいのに、それができないところに、諒影の面倒な面が垣間見える。諒影が一癖ある男だと、あらためて認識した。

「刑門部へ戻る! 罪人を連行しろ!」

「はい!」

 刑門武官の鬼達が、ぞろぞろと歩きだす。

 彼らの足音が遠ざかっていく音を聞いて、俺は一息ついた。

「・・・・ありがとうございます」

 しばらくして、御嶌が足を引き摺りながら、角材の影から出てくる。

「礼はいい。・・・・それよりも、傷の手当てをする必要がありそうだな」

「はい。だから、急いで御政堂に戻ることにします。私は大丈夫です。鬼久頭代は今から忙しくなると思うので、構わないでください」

 御嶌は足を引きずったまま、俺の横を擦り抜けようとする。


 壁に手をついて、御嶌の進路を塞いだ。


「馬鹿を言うな」

「え、あ・・・・!」


 御嶌を抱え上げると、彼女は一瞬何が起こったのかわからずに、目を丸くしていた。


「頭首」

「屯所に戻る。岩蝉達を連れていけ。それから足が速い者に、医者を呼びに行かせろ」

「わかりました」

 一人の隊士が走っていく。

「じ、自分で歩けますから!」

 御嶌は身をよじって、俺の腕から降りようとしていた。

「人間の身体は脆い。傷が悪化して歩けなくなることもある。・・・・いいから大人しくしていろ」

 俺が腕に力を込めて、御嶌の抵抗を封じると、御嶌は大人しくなった。

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