鬼の花嫁

炭田おと

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58_取引_燿茜視点

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 報告を終え、屯所に戻った俺は、翔肇しょうけい明獅あかし夜堵やとの三人がいる座敷に入った。

「・・・・報告、終わったの?」

 真っ先に翔肇が声をかけてくる。

「ああ。長老達もようやく、安心することができただろう」

「そりゃあ、よかったな」

 夜堵の声は刺々しい。

「・・・・・・・・で、聞きたいことがあるんだけど」

「なんだ」


「・・・・なんで俺は、縛られてんの?」


 夜堵は今、鬼の力でも破れないように、鬼道で強化された縄で縛り上げられ、身動きが取れなくなっていた。


 岩蝉達との派手な捕り物の直後、すっかり油断していた夜堵を不意打ちで羽交い締めにして、縛り上げることは難しくなかった。

 あの一瞬の隙を逃していたら、きっとまた、逃げられていたことだろう。


「御政堂に不法侵入した件の、供述調書をまだ作っていない」

「俺は岩蝉の逮捕に協力しただろ! だからその件では見逃せよ!」

「それとこれは、話が別だ。それに利害の一致があったから、協力というよりは共闘だろう。あの件で、久芽里の疑いを晴らすことができたんだ」

「・・・・・・・・」

 反論できずに、夜堵は黙ってしまった。

「こうでもしないと、お前、すぐに逃げるからさー」

「そうそう、せっかくこうして再会できたんだから、昔話でもしようよ」

「・・・・そんなに話がしたいなら、いくらでも拳で話してやるから、まず縄をほどけ」

「こ、拳で語り合うのはやだなあ。穏便に言葉で語らおうよ」

「俺達の間に、言葉は必要ないだろ? 特に明獅の場合、説教するよりも殴ったほうが百倍早い」

「・・・・・・・・」

 翔肇が宥めようとするも、その言葉は、夜堵の怒りの前では、焼け石に水にもならない。

 俺は夜堵の対座に座った。


「・・・・お前が危険を冒してまで、京月に戻ってきている理由には、なんとなく察しがついている」


 夜堵の眉が吊り上がる。

「理由なんてない。ただ戻ってきたいから、そうしているだけだ。張乾が決めたことに従わなきゃならない理由は、こっちにはないんでね」

「京月に戻ってきたのが、個人的な理由なんだとしても、御政堂にまで入ったのは、それだけじゃないはずだ。いくらお前でも、久芽里の一族を危険に晒すようなことは、よほどの理由がない限りは避けるはず」

「・・・・・・・・」


「――――穏葉様の様子を見るためだろう?」


 夜堵の両眼から、すっと色が消える。


「穏葉? 誰だ、それ」

「先代御主の、貴円きえん様の娘だよ」

 明獅は、先代御主の娘の名前も知らなかったらしい。

 だがそれも、仕方がないことだろう。

 世間で――――いや、御政堂の中ですら、彼女の名前が話題に出ることはほとんどないのだ。そうでなくても、興味の方向性が狭くなりがちな明獅が、彼女の名前を覚えているはずがなかった。

「久芽里の鬼は義理堅い。張乾御主に敵視されているのも、久芽里が先代御主に肩入れしすぎていた面があったからだ。・・・・穏葉様は、冷遇されていると聞いている。いまだに先代御主に肩入れしている久芽里が、彼女のことを放っておくはずがない」

「・・・・・・・・」

「だが穏葉様のことを思うなら、御政堂に侵入するのは逆効果だ。久芽里の鬼が、先代御主の娘に接触したと知れば、張乾御主は穏葉様のことも危険人物と見做す」

 夜堵は深い息を吐き出した。

「家族も友達もいなくて、親族からは見捨てられ、女中達が公然と陰口を叩くほど、軽んじられている。おまけに、予算削られまくりの宮で貧乏暮らし。・・・・そんな穏葉を放っておけと?」

「お前が会ったところで、問題は解決しない」

「・・・・・・・・」


「心配なら、俺が様子を見に行こう」


 夜堵の目が丸くなる。

「なんだって?」

「俺ならば、御政堂に自由に出入りできる。だからお前の代わりに、穏葉様を守ろう。・・・・だから、御政堂に近づくのはやめろ。重ねて言うが、それは穏葉様のためにはならない」

 夜堵は、二度目の溜息を吐き出す。

「・・・・で? そっちの要求は? 御政堂に近づくなってことだけか?」

 俺は笑う。俺の笑みから含みを感じ取り、夜堵は半眼になった。

「・・・・そうだよなー。お前が、何の見返りもなしに、俺に協力するわけがないよなー」


「久芽里衆は全国に散らばって、活動している。南鬼で活動している久芽里の鬼もいると聞いた。・・・・久芽里衆には、独自の情報網があるはずだ」


 夜堵が今回、三船衆の動きに気づくことができたのも、久芽里衆の情報網があったからだろう。

「穏葉を守るために、情報をよこせって?」

「もちろん、互いの利害が一致した時だけでいい。それに、こちらも出せる情報は渡そう。俺達の情報も、久芽里の利益になるはず」

「・・・・・・・・」

 夜堵の目付きが険しくなる。

「久芽里とは一切取引するなって、張乾が決めたのに、その決定に逆らうつもりか? ばれたらただじゃすまないぞ」

「ばれなければ問題ない」

「・・・・・・・・」

 夜堵は呆れ返って、翔肇に目で意見を求める。

 翔肇は何も言わず、ただ静かに、首を横に振った。

「・・・・相変わらず、とんでもない奴だな」

「どうする?」

「・・・・とりあえず、暴れないから、この縄を解けよ」

 もう暴れる心配はないだろう。翔肇に目配せすると、翔肇が刀で夜堵の縄を切った。

 自由になって、夜堵は大きく両腕を伸ばす。

「・・・・その話は、俺の一存じゃ決められない。家虔やけんに聞かないと」

 今の久芽里の頭代は、家虔という男だ。

 夜堵も一応、彼に従っているらしい。

「だから、答えは保留だ」

「わかった」

「それに――――一つ、間違いを訂正しておく。確かに、俺は穏葉の様子を見るために、御政堂に戻ってきていた。――――だけど今回は、それだけじゃない。もう一つ理由があるんだ」

「理由?」

 夜堵の呼吸が深くなり、瞳から浮ついた色が消えていく。


「――――鐘達しようたつが、京月に戻ってきたという情報をつかんだ」


 緊張が翔肇達の肩を強ばらせ、空気が凍り付いた。

「鐘達・・・・貴円様の暗殺に関わった鬼だな」

「そうだ。暗殺に関わった鬼の中で、まだ唯一捕まっていない」

 いつもは明るく振舞っている夜堵が、隠そうとしているほの暗い感情が、その時は前面に出ていた。背筋が凍える、という表現が、夜堵から発せられる冷気を言い表すのに、相応しいのだろう。

「・・・・鐘達は、久芽里の鬼だったな」


「ああ・・・・だが久芽里を裏切ったばかりか、恩人である貴円御主の殺害に加担した。暗殺に巻き込まれて、穏葉は心身に傷を負い、長い間苦しむことになったんだ。――――報いは受けさせる。必ず。俺達久芽里の手でな」


 声は穏やかだ。

 ――――なのに、張り裂けそうなほど膨張した怒りが、伝わってくる。怒りは同時に凍えるように冷たくて、長年、夜堵が胸のうちに飼い続けた怒りが、刃のように研ぎ澄まされていることが窺い知れた。

 ――――それぐらい、久芽里の鬼が、貴円様を殺した鬼に向ける感情は、暗く、ねばついている。

 鐘達は久芽里の鬼で、貴円御主の護衛を務めたこともある。だが、女好きで遊郭通いがやめられず、そのうえ酒も博打もたしなんだ。おかげで身持ちが悪く、借金で身を誤ることになる。

 ――――久芽里は結束が固いゆえに、裏切りは決して許さない。それが身内の裏切りならばなおのこと、粛正するまで追い続ける。

 仲間の裏切りにより、久芽里は大切な主君を失い、放浪することになったのだから、鐘達にたいする憎悪は焼け付くように強いのだろう。

「その情報に、間違いはないのか?」

「確かな情報だ」

「・・・・・・・・」


「鐘達を見つけるのに協力してくれるなら、久芽里は別として、俺個人は、鬼峻隊に協力する。――――それでどうだ?」


 夜堵は要求を伝えると、口をつぐみ、睨むような強い眼差しで、俺の答えを待った。


「十分だ。・・・・交渉成立だな」


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