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60_当事者ではないとはいえ、陰口は怖いです
しおりを挟む「ふう・・・・」
池の側の岩に腰かけて、景色をぼんやりと眺めながら、私は吐息を零す。
足の怪我を治すため、もう数日、私は木蔦の宮に籠りきりになっていた。
私が開けた仕事の穴埋めは、千代の頼みで戻ってきてくれた元女中が埋めてくれている。それでまわりに迷惑をかけずにすんでいるけれど、まわりに迷惑をかけてしまっていることに罪悪感が募り、早く仕事に復帰したいと思っていた。
でも、木蔦の宮に籠りきりだと気が滅入るから、時々、松葉杖をついて、散歩をするようにしていた。
御政堂の庭は広くて、隅にはあまり人が寄り付かない。一人で考え事をしたいときには、うってつけの場所だった。
「ねえ、聞いた?」
誰かの声が、笑い声と一緒に聞こえてきた。
私はなぜか、反射的に垣根の影に隠れてしまう。
「佳景の奴、実家に帰ったそうよ!」
見つからないように、そっと声が聞こえた方向を見ると、そこにいたのは、美火利様と羽香乃様、初花様の三人だった。三人の後ろには、数人の女中もいる。
「体調不良で実家に戻ったということでしたが・・・・」
おずおずと、初花様が口を挟む。
「そんなはずないじゃない! 辞めさせられたのよ。ほら、あいつ、宴会の時に神輿に乗りたいとか言い出して、衛士を連れ出してたじゃない。あの件が問題になったみたいよ」
「馬鹿よねえ、散々調子に乗っておいて、あのざまなんて!」
「閻魔の婚礼中に、花嫁が交代するなんて、前代未聞よ。きっと後世まで語り継がれる笑い話になるわ。ねえ、あなた達もそう思うでしょう?」
「そうですね!」
女中達も笑いはじめて、一気にその場所は騒がしくなった。
「でも、せいせいしたわ。あの、人を見下したような態度、本当に気持ち悪かったのよね」
「だよね、自業自得だわ」
「・・・・・・・・」
――――きゃっきゃと盛り上がる美火利様と羽香乃様を見て、彼女達の裏の顔を、恐ろしいと感じてしまった。
当事者ではないのに、罵りの言葉にいちいちびくついてしまっているのは、私が今まで、陰口を叩かれる側だった影響だろうか。
「・・・・だけど、意外です。後任の花嫁に選ばれたのが、久遠鳴様だとは・・・・」
初花様は私と同じく、二人の悪意ある言葉に若干引いているのか、声に戸惑いを滲ませていた。
久遠鳴と聞くと、とたんに美火利様と羽香乃様の気分の高揚は、消えてしまったようだ。二人は真顔になり、考え込む。
「・・・・あー、あの女ね。その点だけは納得いかないわ」
「農民の娘なんでしょ? いくら代理の花嫁が必要だからって、そんな女を選ばないでほしかった」
「しょうがないんじゃない? 久遠家がねじ込んだんでしょ。今回、口止め料を払ったのは、久遠家らしいし」
「あらあら、久遠は羽振りがいいのねー」
佳景様のことを話していた時とは、まるで違う、静かな声。
だけど静かに聞こえるだけで、その声には毒が含まれている。
(・・・・この調子だと、久遠さんは苦労しそう)
これから、久遠さんの受難がはじまりそうだ。
だけど、あの人なら大丈夫かもしれない。取り囲まれ、ひどく殴られた時ですら、久遠さんは毅然としていた。
「そろそろ桜堂に戻りましょうか」
そうして美火利様達は、また楽しそうな笑い声を散らしながら、桜堂のほうへ去っていった。
「・・・・・・・・」
気配が消えたことを確かめて、私は垣根の影から抜け出した。
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