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12_第一の作戦
「はじめまして、フレデリクス卿」
翌日、私は皇宮の片隅にある訓練場で、ドミニクス・フレデリクス卿と初対面していた。
「・・・・はじめまして、ローナ様」
フレデリクス卿は一応挨拶を返してくれたものの、警戒の色を隠そうともしていない。
縁もゆかりもない皇后候補者から、突然呼び出されれば、警戒もするだろう。皇宮で微妙な立場に立たされているのなら、なおさらだ。
「それで、私に何のご用でしょう?」
「あなたに、パンタシアの北部の情勢について、話を伺いたかったんです」
フレデリクス卿は驚いたのか、目を見開く。
「あなたは前々から、陛下に、北部の守りにも兵を割くべきだと、何度も進言していましたね」
「陛下が北部の守りに関心を持ってくださらないせいで、北部はクイドに何度も荒らされている。だから、黙ってはいられなかった」
フレデリクス卿の目が、ぎらりと光る。
「俺達の土地だ。・・・・ここの連中からすれば、異民族の、異教徒の土地でもある。だから、北部は軽んじられているんだろう」
パンタシアの北部は、もともとは異民族の地だった。
パンタシア軍に平伏され、領土に加えられることになり、改宗を求められているけれど、今でも応じていない民が大勢いる。
そういった土地柄のせいか、カエキリウスは北部を嫌い、隣国クイドとの防衛線も北部の諸侯に任せきりで、派兵しようとしない。
北部は、豊かとはいえない土地だ。北部の諸侯だけでは度重なる侵略に耐えきれず、疲弊していると聞く。
今もクイドとの戦争は続いているのに、カエキリウスは北部の諸侯からの手紙にも、目を通そうとしないらしい。
「・・・・北部を守りに行きたいのでは?」
「当たり前だ。俺達の土地だぞ。今すぐでも、助けに行きたい」
「陛下が、許可してくださらないのですか?」
「・・・・いいや」
フレデリクス卿の表情が、暗くなった。
「陛下は、行きたいのなら行けばいい、とおっしゃった。・・・・だが、兵も資金も貸すつもりはないそうだ。フレデリクス家は、先のプドルとの戦いで、兵も資金も失った。単独でクイド軍を相手にできるものか」
フレデリクス卿の声に、憎悪が混じる。
(・・・・フレデリクス卿が怒るのも、もっともだわ)
彼らは最前線の、悲惨な戦地で、国のために戦っている。
なのにパンタシアの閣僚達は、政治の駆け引きばかりに関心を向けて、最前線で戦っている人達の実情を知ろうともしない。
カエキリウスもそうだ。フレデリクス卿が異教徒や異民族であるという点だけを見て、彼の努力を見ていない。
(功臣にこんな扱いをしていたら、いずれ国は傾く。・・・・カエキリウスには、それが見えていないんだわ)
ヘレボルスとカエキリウスを憎んでいても、パンタシアは私の故郷、国が危うくなることだけは避けたい。
国の未来のためには、フレデリクス卿のような存在が必要だ。
「――――では、私から提案があります」
俯いていたフレデリクス卿が、顔を上げる。
「兵と資金が足りないとおっしゃるなら、私が不足分を補います」
フレデリクス卿は、目を見開いた。
「グレゴリウスが、俺に手を貸すというのか? なぜ?」
「私の母も、北部の出身です。あなたが北部を愛するように、私も北部を愛し、その未来を憂いています」
ローナ・ユルス・グレゴリウスの母親は、北部の出身だった。
もちろん、私の実の母親じゃないけれど、パンタシアの一市民として、北部が荒らされていることを憂い、何かをしたいと思っていることは嘘じゃない。
「あなたは今まで、一度も負けたことがない人です。兵と資金さえそろえば、きっと北部を荒らすクイド軍を、追い払ってくれることでしょう」
いい話のはずだった。
でもフレデリクス卿は、押し黙ってしまう。値踏みするような眼差しを向けてきて、私の言葉を、喜んでいる気配もない。
「・・・・私の言葉が、信じられませんか?」
「あなたが北部のことを思ってくれているということは信じよう。・・・・だが、グレゴリウス家の財産は、あなたの父親のものだろう。あなたには自由に動かせないはずだ」
「おっしゃる通りです。ですが私には、父の財産とは別に、自由に使える財産がいくらかあります」
「財産?」
「母の実家は北部の豪族で、それなりの財を蓄えていましたが、度重なる病で、私以外の血が絶えてしまいました。だから私が、彼らの財産を相続したんです。父は、そのお金は私の好きにしていいとおっしゃってくださいました」
「戦費となると、かなりの額が必要になる。足りるのか?」
「私には戦のことは何もわかりません。ですが父によると、兵を雇い、兵糧を買うのに、十分な額になるそうです」
「・・・・・・・・」
それでもフレデリクス卿の顔にはまだ、迷いが残っていた。
「・・・・俺が陛下と対立していることは、知っているはずだ。だから誰も、俺には手を貸そうとしない。俺を手伝えば、陛下の不興を買うことになるかもしれないが、それでもかまわないのか?」
(・・・・私とカエキリウスの関係が悪くなることを、心配してくれているのかしら?)
意外だった。
フレデリクス卿は、まわりから野蛮人だと思われている。戦場では敵を容赦なく斬り殺し、社交界では礼儀を欠いた言動をするからだ。
私もなんとなく彼に、乱暴で無礼者という印象を持っていた。
でも、その印象は間違いだったようだ。
私達とは違う文化圏で育ったため、この地方の礼儀をよく知らないだけで、彼は相手を思いやれる人なのだ。
「心配なさらないでください、フレデリクス卿」
私はにこりと笑う。
「この話をこの場だけで留めておけば、私があなたに資金を提供したことを、他の誰かが知ることはないでしょう。・・・・それに、私はこのことが陛下の耳に入っても構わないと思っています。私は、皇后になりたいとは思っていません」
「本当か? この国で皇帝の次に偉くなれるのに、その椅子を蹴ると?」
「フレデリクス卿も、ヘレボルス家のルジェナ様のことはご存知でしょう?」
フレデリクス卿の顔が強ばる。
「寵愛を得られない上に、皇后になることを望んでいる愛人がいるのでは、皇宮での暮らしはさぞ苦しいものになるでしょう。・・・・断れなかったため皇后候補者になりましたが、できるだけ穏便なやり方で、実家に帰りたいと思っています」
「なるほどね」
フレデリクス卿は、にやりと笑った。
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