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18_ルジェナの第一の弱点
しおりを挟む「・・・・どうしますか、ローナ様」
「任せて」
焦るカタリナから離れ、私はカエキリウスとルジェナに近づく。
「ローナ様、こんばんは」
カエキリウスよりも先に、ルジェナが話しかけてきた。
「こんばんは」
私も笑い返す。私が特に不快感を見せなかったことに、ルジェナもカエキリウスも少しだけ戸惑いを見せる。
「お越しが遅かったので、なにかあったのではないかと心配しておりました」
「あ、ああ、すまない。支度に時間がかかってしまった」
「申し訳ないわ、ローナ様。私のせいで、陛下は遅れてしまったの」
ルジェナはカエキリウスの腕に、自分の腕を絡ませる。
その様子を見て、集った人々がざわめいた。
この公的な場所で、彼女はパーティに来る前まで、一緒にいたことを仄めかした。
歴代の皇帝の愛人達が絶対にしなかった、大胆な行動だった。
「許してね、ローナ様」
ルジェナは妖艶に微笑み、私の眉を読もうとしていた。
「そうだったのですね」
私は笑みを深くする。それから、ルジェナに聞いた。
「――――それで、あなたの名前を教えてくださる?」
「え?」
ルジェナは目を瞬かせる。
「すみません、私は不見識で、あなたの顔と名前を知らなかったの。パーティに参加するご令嬢の名前を知らないなんて・・・・自分が恥ずかしいわ」
「・・・・彼女は、ルジェナ・ガメイラ・ヘレボルスだ」
「まあ、ヘレボルス卿のご息女なのですね?」
大げさに言いながら、私は首を傾げた。
「ですが――――不思議です。ヘレボルス卿のご息女の名前は全員覚えたはずなのに、ルジェナという名前のご令嬢がいることは存じませんでした」
「・・・・!」
ルジェナの顔が、さっと青ざめた。
くすくすと、忍び笑いがどこかから聞こえてくる。
――――貴族の息子や娘であっても、愛人の子であれば、その名前は公的な資料には載らないし、存在すら伏せられていることが多い。
ダヴィドは利用できると思ったから、ルジェナを全面的に押し出しているけれど、そうでなかったのなら、彼女は一生日陰者だったはずだ。
(これが、ルジェナの弱点の一つね)
戦うために、私なりに、ルジェナという人間を分析してきた。
弱みなんて何一つないように振舞っているルジェナだけれど、そんな彼女でも時々、過剰な反応を見せることがある。
身分の差や、愛人の娘という立場を指摘された時だ。
ルジェナがどんな風に育ってきたのか、私は知らない。だけどおそらくルジェナは、〝愛人の娘〟〝母親の身分が低い〟という点に、強い劣等感を持っているようだ。
だから劣等感を刺激されるような場面に出くわすと、彼女は相手にたいして、異常なまでに攻撃的になる。何気なくその点に触れてしまったせいで、散々侮辱されて、泣かされたご令嬢は数知れない。
「閣下のご息女はみな、遠方に嫁がれたと聞いていました」
私は畳みかけた。
「・・・・色々と、事情があるんだ」
カエキリウスは、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「そうなのですね。それで、お二人はどんな関係なのですか?」
「彼女は――――」
またカエキリウスは言い淀み、言葉を探している。
「私の侍女だ」
「侍女・・・・そう、侍女ですか」
まさかこの場で、愛人などと答えられるはずがない。だからカエキリウスは、侍女という言葉を選んだ。
だけど、カエキリウスが選んだ、侍女という言葉がまた、ルジェナを傷つけ、まわりの嘲笑を誘う。
ルジェナは屈辱に、肩をわななかせていた。
「それでは陛下、こちらへ。閣僚の方々がお待ちですので」
閣僚達の輪の中に入るよう、カエキリウスの背中を押す。
「ルジェナ。あなたはお客様の配膳を手伝ってくれる?」
ついてこようとするルジェナにそう言って、カエキリウスから引き離した。
ルジェナの顔色は赤から青へ、すっと変わっていく。
「ふっ」
ルジェナのその顔を見て、吹き出す女性もいた。
ルジェナに睨まれて、彼女は視線を外したけれど、口の端に隠しきれない笑いが残っている。
「ローナ、彼女は――――」
「陛下、行きましょう」
口を挟もうとするカエキリウスを強引に、引っ張っていった。
カエキリウスも、私を振り払ってまで、ルジェナを擁護しようとはしない。
「・・・・・・・・」
一人、その場に取り残されたルジェナの、殺意すら感じられる視線を背中に感じながら、私は微笑む。
――――彼らは、公的な場で侮辱された皇后候補者が、傷つき、枯れた花のように萎れてしまう展開を望んでいたのだろう。屈辱を与え続けることで絶望させ、私から戦う気力を奪えると簡単に考えていたのだ。
確かに、公的な場所に手を繋いで現れることで、私に恥をかかせることには成功した。
でも、私が鞭を装って反撃したから、二人も恥をかくことになった。
(・・・・愚かな人達)
公然と紹介できない人間を、公的な場所へ連れてくるなんて、甘すぎる。
――――私には、覚悟ができていた。婚約者に愛人がいる驚きも、婚約者が私よりも愛人を優先する痛みも、すべて経験して、乗り越えた。
それにもう私は、カエキリウスが誰を愛そうが、興味がない。
私の中にはもう、彼にたいする愛情が残っていないのだから。
だから何を言われても、何をされても、心は揺らがない。
(私の反撃を予想していなかったなんて、本当に愚かだわ)
思うように私を操れず、自分を恥じているのか、カエキリウスは目を伏せている。その横顔から、動揺が伝わってきた。
だけどこの件で、ルジェナのほうは、私にたいする認識をあらためたようだ。
――――今後は手加減しない。胡乱に光る目が、そう言っている。
私はそんな彼女に、微笑みを返した。
「それではみなさま、パーティを楽しんでください」
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