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64_イネスの最後の賭け
「――――ローナ様。本当に、これを飲むんですか?」
コップを持ったカタリナは、死人のような青ざめた顔で、問いかけてきた。
「ええ、もちろんよ。・・・・そのために薬を薄めてもらったんだから」
――――ルジェナが毒を用意し、私の食事に混ぜようとしている。
その情報を、買収したルジェナの侍女から入手した私達は、さっそく、毒にくわしい識者を呼び、料理を調べてもらった。
三日目になってようやく、飲み物の中に毒物が混じっていたことを突き止める。
だけど、毒は捨てなかった。
――――これがルジェナとヘレボルスにとどめを刺す、最後の一手になると思ったからだ。
毒にくわしい識者によると、その毒はとても強力で、原液の状態ならば、一口飲めば死ぬという。その話を聞いたときは、ルジェナの揺るぎない殺意を感じて、呆れを通りこして、笑ってしまったほどだった。
そして私は、それを薄めて、致死量ぎりぎりの量を飲むことを決めた。
「毒ですよ? それを、自分から飲むなんて・・・・」
だけど、カタリナは最後まで反対していた。
「――――ルジェナ・ガメイラ・ヘレボルスが、ローナ・ユルス・グレゴリウスを殺そうとした。その事実が必要なのよ」
――――今はまだ、ルジェナの企みでしかないこの話を、まぎれもない事実にするために、私は毒を飲まなければならないのだ。
「グレゴリウス卿はすでに、ヘレボルスの関係者が、毒物を入手した経路を突き止めてくれている。証言してくれる人もいるわ。彼は公的な場で証言すると、約束してくれた。後は、私が〝毒を飲んだ〟という事実があればいい」
「ローナ様・・・・」
それでもカタリナは、不安そうにしている。
「ヘレボルスを失墜させるためには、こうするしかないの」
「でも、自分から毒を飲むなんて!」
動揺しているのか、カタリナの声は高くなっていた。
「それにこの薬には――――薬には――――」
「――――この方法しかないのよ、カタリナ」
私は畳みかけるように、言葉を重ねる。
「命を落とす危険があることも、後遺症が残ることも重々承知よ。・・・・でも私達が負ければ、犠牲はこの程度ではすまないわ」
カタリナは俯いてしまう。
「そこまでする必要がありますか? ユリアさんのおかげで、ルジェナやヘレボルスが過去に行った許されざる悪行については、ある程度調べがついています。ローナ様が、自分を犠牲にする必要はありません」
「それでは足りないの。・・・・限りなく怪しいけれど、すべて過去のことで、状況証拠以外に確実なものがない。カエキリウスは、怪しいだけではルジェナを裁いてくれない」
人は、信じたいものを信じる。
その盲信と幻想の魔法を解くのは、揺るぎない決定的な証拠だけだ。
「一度目は、怪しいけれど状況証拠しかない、でも、似たような事件がもう一度起こり、今度は決定的な証拠があるのなら?」
「そ、それならば未遂でもいいのでは? なにか、変な味がしたとか、適当な理由をつけて、調べてもらえばいいのです」
「未遂では、閣僚達に与える印象が弱くなってしまうわ。それに、疑念も生じてしまう。グレゴリウスは、ヘレボルスと対立している。ヘレボルスはその対立を利用して、自分達を陥れるために、グレゴリウスが仕掛けた罠だと言い張るはずよ。・・・・その言い訳を無効にするには、毒で実際に苦しんだ〝被害者〟の訴えが必要なの」
ダフネ前皇后陛下も、侍女達も、全員亡くなってしまっていて、カエキリウスに訴えることができない。
でも私は、生き残るつもりだ。
――――目の前に、被害者がいて、涙で訴えかけてくる。それ以上のインパクトはないはずだ。
「もう、覚悟はできてるの。・・・・カタリナ、お願い」
「・・・・わかりました」
私の言葉が届いたのか、カタリナは受け入れてくれた。
「サルウィウス大医には、客間で待機してもらっています。すぐに呼べるはずです」
「ありがとう、カタリナ」
カタリナに笑いかけてから、私はグラスを傾ける。
――――そして一口、毒を飲んだ。
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