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65_最後の涙
「陛下! どうかこんな虚言に惑わされないでください!」
私が過去の記憶をたどっている間も、ルジェナは必死に、カエキリウスの情に訴えようとしていた。
「こんな、こんなの・・・・すべて嘘です! 私は誠心誠意、陛下にお仕えしてきました! 陛下のためならば、一生日陰者でも、その運命を受け入れるつもりだったんです!」
私の横に跪いたルジェナの目元には、宝石のような涙が輝いている。
なんて白々しい嘘を吐くのだろうと、私は冷えきった心地で、ルジェナの訴えを聞いていた。
一生日陰者ではいたくないから、ルジェナは手段を選ばずに、大勢の人達の運命を狂わせた。なのに彼女の口からは、真逆の言葉ばかり出てくる。
「・・・・・・・・」
でも、そんな演技でも、カエキリウスや閣僚達には、効果があったようだ。
確かにルジェナの本性を知らなければ、今のルジェナの姿は、愛する人に信じてもらえず、打ちひしがれている薄幸の女性に見えるのだろう。
ましてカエキリウスにとって彼女は、最愛の女性だ。どれだけ怪しく見えても、嘘の演技のほうを信じたい気持ちが勝るはず。
――――黙っているだけでは、また、ルジェナが願う方向へ誘導されてしまう。私も、プライドを捨てて、訴えなければ。
「・・・・陛下」
私はすっと顔を上げる。
「――――医師と話をして、この毒を飲んだ者が、不妊になることを知りました」
「・・・・!」
カエキリウスは凍りつき、閣僚達はざわめく。ルジェナは死人のような顔色で、唇を戦慄かせた。
「・・・・おそらく私は今後、子を授かることはないでしょう」
項垂れながら、私は消え入りそうな声で訴えた。
「そんな後遺症がある薬を、自分から飲むなんて、ありえません!」
叫びながら、私は顔を上げる。
私の両目から、ぼろぼろと涙が溢れていることに気づいたカエキリウスは、また狼狽えていた。
私がローナ・ユルス・グレゴリウスになってから、はじめてカエキリウスに見せた、涙だった。――――この時のためにとっておいた、最初で最後の涙だ。
同情と憐憫の視線が、私の全身を貫いていく。
憐憫の視線が、大嫌いだった。イネスだった頃に、何度もその視線を向けられてきたからだ。
でも今は、同情を集めることが必要だ。同情は、閣僚達の気持ちを、グレゴリウス側へ傾けてくれる。
「・・・・・・・・」
誰も、何も喋らない。怯えた犬のようにずっと叫んでいたルジェナですら、その時は黙り込んでいた。
(――――とどめを刺さなければ)
深呼吸をしてから、私はこの時のためにとっておいた、とっておきの言葉を口にした。
「・・・・陛下。私は陛下に、お知らせしなければならないことがあります。実は今回の件に繋がる事件が、過去に起こっていたんです」
「何?」
カエキリウスの眉が、吊り上がる。
「事件とは? 被害者は誰だ?」
「――――ダフネ前皇后陛下です」
視線が鋭くなって、全身に突き刺さる。
――――廃位された皇后の話は、してはならない。私はそのルールを破ったのだ。
刺さってくる視線の中でも、ルジェナやダヴィドが放つ視線は、焼けつくように強烈だった。
「・・・・何だと?」
思いがけない名前を聞いて、カエキリウスは途方に暮れている。
「先日、ダフネ前皇后陛下に仕えていた侍女の一人と、話をする機会がありました。そこで私は彼女から、当時ダフネ前皇后陛下に仕えていた侍女達が、みな原因不明の病で亡くなっているという話を聞いたんです。・・・・侍女達は、亡くなるには、早すぎる年齢でした」
「何が言いたいのよ!」
私の話を、ルジェナが金切り声で遮ろうとする。
「あんた、いったい何の話を・・・・!」
「今は黙っているんだ、ルジェナ!」
カエキリウスの怒鳴り声が、すべての音を消した。
ルジェナも、閣僚も凍りついて、カエキリウスを見上げている。
「・・・・ローナ、話を続けなさい」
カエキリウスはルジェナから視線を外すと、一呼吸おいて、そう言った。
「亡くなる前、彼女達はみな、腹痛、貧血、高熱や痙攣、譫妄に苦しめられていたそうです。すべて、ダフネ前皇后陛下を襲った症状と、一致しています」
「・・・・・・・・」
「――――打ち明けてくれた侍女によると、体調が悪化する前、ダフネ前皇后陛下には、懐妊の兆候があったそうです」
時間も、空気の流れも、何もかも止まったように感じられた。誰もが目を開いて、信じられないようなものを見る目で、私を見ている。
「妄言を・・・・!」
さすがにその時は、ダヴィドも取り乱していた。
「調子に乗って、ダフネ前皇后陛下の名前まで出すとは! どこにそんな証拠があるというんだ!」
「証拠はあります!」
ダヴィドを睨み、私は言い放つ。
「ダフネ前皇后陛下に侍女として仕えていた女性に、来てもらっています。呼んでもよろしいでしょうか?」
私は言葉だけでなく、カエキリウスに目で訴えた。
「・・・・通せ」
ディデリクスが、今度はユリアさんを連れてきてくれた。
ユリアさんは、カエキリウスの前に跪く。
「名前を」
「ユリア・サビーナと申します。ダフネ前皇后陛下に、五年間お仕えしました」
「顔を上げろ」
ユリアさんはゆっくりと顔を上げる。
「・・・・ダフネが懐妊していたというのは、本当か?」
「――――侍医が確かに、そう言いました」
「なぜ隠していた?」
「ダフネ前皇后陛下は、子を授かったことで、政敵に攻撃されることを何よりも恐れていました。だから、安定期に入るまで、黙っていることにしたようです」
「・・・・・・・・」
「陛下! この者も、グレゴリウスが用意した偽の証人です!」
すかさず、ダヴィドが声を張り上げる。
「ユリアさんが、ダフネ前皇后陛下に仕えていたことは事実です」
「だったら、なぜ今まで黙っていた!? 今さら謀殺などと言い出したのは、グレゴリウスに買収されたからだろう!?」
「口を閉ざしていたのは、殺されることが怖かったからです!」
ダヴィドの声を掻き消す勢いで、ユリアさんは叫んだ。
「前皇后陛下にお仕えしていた時は、症状の原因が毒だとは気づきませんでした。でも、かつて一緒に働いていた友達が同じ症状で倒れていくのを見て、毒を盛られたんだと気づいたんです。私は、殺されるのが怖かった!」
必死の叫び声は、妨害しようとするダヴィドからも声を奪っていた。
「でも・・・・間違っていました。もっと前に、誰かに伝えるべきだったんです」
ノイズがなくなり、ユリアさんの必死の訴えが、全員の耳を打つ。
「陛下、今日、勇気を振り絞ってここに来たのは、真実を伝えるためです。私はこの事実を家族にさえ隠し、一人抱えてきました。それを、終わりにしたいのです」
「・・・・・・・・」
「陛下、不審な死を遂げたのは、前皇后陛下に仕えていた侍女達だけではありません」
私は畳みかけた。
「――――当時、ルジェナ・ガメイラ・ヘレボルスに仕えていた侍女達も、全員、まったく同じ症状に襲われ、非業の死を遂げています」
カエキリウスと閣僚達は呆然として、瞬きだけを繰り返す。
ルジェナの侍女達は、四六時中、ルジェナとともに行動して、少なからず彼女の秘密にも触れている。
皇后のみならず、皇后に仕えていた侍女まで手にかけるような冷酷な女が、自分に尽くしているとはいえ、秘密の一端を握った侍女達を、生かしておくはずがないと思った。
――――そして、その予想は当たっていた。
ヘレボルスは、ルジェナに仕えていた侍女達の命も奪っていたのだ。
遅れて、ざわめきが広がった。閣僚達は、事実の重たさに狼狽えている。
「陛下、あまりにも不審な死が続いています。どうか今一度、この事件を調べ直してください」
「何を言うのよ!」
「――――そうすれば、真実は明らかになるはずです」
――――カエキリウスがいくらルジェナを愛していても、大勢の侍女が同じ症状で死んだ事実を、見過ごすことはできないはずだ。
事実、カエキリウスは動揺していて、ルジェナを庇おうとしない。
だけど、まだ決断できずにいる。
「陛下! ルジェナ・ガメイラ・ヘレボルスに仕えている侍女を、ここに呼び、尋問しましょう」
見かねた閣僚の一人が、そう言った。
「もしローナ様の話が真実ならば、侍女が何か知っているはずです」
「あ、ああ・・・・」
閣僚の進言に、カエキリウスは心ここにあらずの状態で頷いた。
「・・・・わかった。侍女を呼んでくるんだ」
「はい!」
命令を受けた近習が走りだし、謁見の間から飛び出していった。
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