捨てられた令嬢と錬金術とミイラ

炭田おと

文字の大きさ
5 / 41

5_変わり者の国王様

しおりを挟む

「それで、聞きたいんだけど――――」

 もっと事件のことを、ミラに詳しく聞こうとしたところで、私は背中に視線を感じた。

 一人の男性が、こちらをじっと見つめている。貴族風の身形をした、長身の男性だ。

 無礼な男性だった。知り合いでもないのに、無遠慮な視線をこちらに向け、目が合ってもにこりともしない。

「どうしたの?」

 ミラは男性に気づいていないのか、不思議そうに私を見ている。

「・・・・あの人、誰かしら? じっと、私達を見てるけど・・・・」

「え? 誰のこと?」

 ミラが私の視線を追って、男性の姿を視界に収める。

 そして、青ざめた。


「陛下!」

「え!」

 ミラは慌てた様子で、その男性の前に跪いていた。

「挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません!」


 陛下。――――その言葉に、血の気が引く。


「も、申し訳ありません・・・・」

 ミラの横に跪いて、俯く。


 ――――ノアム・ド・メロヴィング。ディエレシスの国王だ。


 ノアム陛下はまだ若く、鋭い目をしていた。容姿端麗だという噂通り、彫りの深い、整った顔立ちをしている。

 ノアム陛下は、非情に聡明な人物として知られている。

 子供の頃にすでに十か国語を習得し、読心術に長け、物心つく頃には、学問ではそれぞれの分野の研究者と、議論をかわすほどになっていたらしい。

 表面的に習得したように見せかけているだけだ、と陛下を見くびって、専門的な知識で鼻を明かしてやろうとした意地の悪い学者は、逆に言いくるめられ、赤っ恥をかいたそうだ。

 噂がどこまで真実なのかは、私にはわからないけれど、非常に頭が切れる人物であることだけは、間違いないだろう。

 先代国王の時代は、身分と慣習が重んじられた。その中で好き勝手に私腹を肥やしてきた人達を、陛下は即位と同時に閑職(かんしよく)に追いやり、自分で選んだ専門家達を登用して、逼迫していた財政を立て直した。

 だからノアム陛下は、国民にとても人気がある。

 だけどもちろん、どんな人物にも欠点があるように、陛下にも欠点はある。――――というより、施政者としては優秀だけれど、私人としては欠点だらけだと言われている。

 ノアム陛下は、変わり者としても知られているのだ。そつがないのに一方で、笑顔で毒を吐き、容赦がない。そして貴族階級の華美な装いや儀礼を嫌い、社交界などの催し物を、無駄だらけだと言い放ったこともある。

 ――――要するに、少しひねくれている。群臣からすると、扱いづらい人物のようだった。

 噂だけでは、ノアム陛下の人物像をつかめなかったものの、私は気性が激しい人という印象を持っていた。


(・・・・そんな人の前で、長々と噂話をしてしまうなんて・・・・)


 アンティーブ辺境伯夫人は、一時期陛下の家庭教師を務めたこともあり、仲が良いと聞いている。噂話を、快くは思わないはずだ。

(・・・・いつから話を聞かれてたんだろう?)

 もっとまわりに気を配っておくべきだったと、私は後悔していた。

「そんなことをする必要はない。立ってくれ」

 叱責を受けるとびくびくしていると、陛下は意外にも、優しい言葉をかけてくれる。

「あ、ありがとうございます・・・・」

 立ち上がる。でも、陛下の目を直視することはできなかった。


「・・・・それよりも、面白い話をしていたな」


 ――――笑顔でその点に触れられ、肩が跳ねてしまう。

 ミラの顔も、強張っていた。


「実に興味深い話だった。続きを聞かせてくれ」

「お、お耳汚しだと思いますので、どうかご容赦を・・・・」

 冷や汗を浮かべながら、ミラが答える。

 その答えが正解だったのかどうかは、わからない。


 ノアム陛下は一瞬だけ、面白くなさそうな表情を見せた。だけどそれはすぐに消え、また笑顔に戻る。


「君は、はじめて見る顔だ」


 注目されて、私は緊張した。

「社交界で知り合った者達の顔は、ある程度覚えている。だが、君の顔には見覚えがないな」

「い、田舎者なので、あまり社交界には・・・・」

「よければ、名前を教えてもらえないだろうか」

「か、カロル・ド・ルシヨンです・・・・」

 どうして名前を聞かれるのだろうと、ひやひやしながら、私は答える。

「・・・・ルシヨンということは、ルシヨン領の領主の娘か」

「はい」

「そうか。・・・・君の名前、覚えておこう」


 陛下のその言葉を聞いて、私は震え上がる。


(私の名前を? どうして?)


 陛下には、私の名前を覚える必要はないはずだ。――――表面的に笑っているだけで、本当は起こっているのでは、と思ったのだ。


「・・・・邪魔をしたようだ。俺はもう行くから、君達は気がすむまで、友人との時間を楽しんでくれ」


 身を翻して、陛下は王宮に戻っていく。


 ――――私は硫酸のような不安を胸のうちに感じながら、陛下の後ろ姿を見送った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】王位に拘る元婚約者様へ

凛 伊緒
恋愛
公爵令嬢ラリエット・ゼンキースア、18歳。 青みがかった銀の髪に、金の瞳を持っている。ラリエットは誰が見ても美しいと思える美貌の持ち主だが、『闇魔法使い』が故に酷い扱いを受けていた。 虐げられ、食事もろくに与えられない。 それらの行為の理由は、闇魔法に対する恐怖からか、或いは彼女に対する嫉妬か……。 ラリエットには、5歳の頃に婚約した婚約者がいた。 名はジルファー・アンドレイズ。このアンドレイズ王国の王太子だった。 しかし8歳の時、ラリエットの魔法適正が《闇》だということが発覚する。これが、全ての始まりだった── 婚約破棄された公爵令嬢ラリエットが名前を変え、とある事情から再び王城に戻り、王太子にざまぁするまでの物語── ※ご感想・ご指摘 等につきましては、近況ボードをご確認くださいませ。

地味でブスな私が異世界で聖女になった件

腹ペコ
恋愛
 どこからどう見ても、地味女子高校生の東雲悠理は、正真正銘の栗ぼっちである。  突然、三年六組の生徒全員でクラス召喚された挙句、職業がまさかの聖女。  地味でブスな自分が聖女とか……何かの間違いだと思います。  嫌なので、空気になろうと思っている矢先、キラキラ王子様に何故か目をつけられました…… ※なろうでも重複掲載します。一応なろうで書いていた連載小説をモチーフとしておりますが、かなり設定が変更されています。ただキャラクターの名前はそのままです。

【完結】地味な私と公爵様

ベル
恋愛
ラエル公爵。この学園でこの名を知らない人はいないでしょう。 端正な顔立ちに甘く低い声、時折見せる少年のような笑顔。誰もがその美しさに魅了され、女性なら誰もがラエル様との結婚を夢見てしまう。 そんな方が、平凡...いや、かなり地味で目立たない伯爵令嬢である私の婚約者だなんて一体誰が信じるでしょうか。 ...正直私も信じていません。 ラエル様が、私を溺愛しているなんて。 きっと、きっと、夢に違いありません。 お読みいただきありがとうございます。短編のつもりで書き始めましたが、意外と話が増えて長編に変更し、無事完結しました(*´-`)

だってわたくし、悪女ですもの

さくたろう
恋愛
 妹に毒を盛ったとして王子との婚約を破棄された令嬢メイベルは、あっさりとその罪を認め、罰として城を追放、おまけにこれ以上罪を犯さないように叔父の使用人である平民ウィリアムと結婚させられてしまった。  しかしメイベルは少しも落ち込んでいなかった。敵対視してくる妹も、婚約破棄後の傷心に言い寄ってくる男も華麗に躱しながら、のびやかに幸せを掴み取っていく。 小説家になろう様にも投稿しています。

【完結】シロツメ草の花冠

彩華(あやはな)
恋愛
夏休みを開けにあったミリアは別人となって「聖女」の隣に立っていた・・・。  彼女の身に何があったのか・・・。  *ミリア視点は最初のみ、主に聖女サシャ、婚約者アルト視点侍女マヤ視点で書かれています。  後半・・・切ない・・・。タオルまたはティッシュをご用意ください。

旦那様、離婚しましょう ~私は冒険者になるのでご心配なくっ~

榎夜
恋愛
私と旦那様は白い結婚だ。体の関係どころか手を繋ぐ事もしたことがない。 ある日突然、旦那の子供を身籠ったという女性に離婚を要求された。 別に構いませんが......じゃあ、冒険者にでもなろうかしら? ー全50話ー

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

モブは転生ヒロインを許さない

成行任世
恋愛
死亡ルートを辿った攻略対象者の妹(モブ)が転生ヒロインを断罪します。 .

処理中です...