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5_変わり者の国王様
しおりを挟む「それで、聞きたいんだけど――――」
もっと事件のことを、ミラに詳しく聞こうとしたところで、私は背中に視線を感じた。
一人の男性が、こちらをじっと見つめている。貴族風の身形をした、長身の男性だ。
無礼な男性だった。知り合いでもないのに、無遠慮な視線をこちらに向け、目が合ってもにこりともしない。
「どうしたの?」
ミラは男性に気づいていないのか、不思議そうに私を見ている。
「・・・・あの人、誰かしら? じっと、私達を見てるけど・・・・」
「え? 誰のこと?」
ミラが私の視線を追って、男性の姿を視界に収める。
そして、青ざめた。
「陛下!」
「え!」
ミラは慌てた様子で、その男性の前に跪いていた。
「挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません!」
陛下。――――その言葉に、血の気が引く。
「も、申し訳ありません・・・・」
ミラの横に跪いて、俯く。
――――ノアム・ド・メロヴィング。ディエレシスの国王だ。
ノアム陛下はまだ若く、鋭い目をしていた。容姿端麗だという噂通り、彫りの深い、整った顔立ちをしている。
ノアム陛下は、非情に聡明な人物として知られている。
子供の頃にすでに十か国語を習得し、読心術に長け、物心つく頃には、学問ではそれぞれの分野の研究者と、議論をかわすほどになっていたらしい。
表面的に習得したように見せかけているだけだ、と陛下を見くびって、専門的な知識で鼻を明かしてやろうとした意地の悪い学者は、逆に言いくるめられ、赤っ恥をかいたそうだ。
噂がどこまで真実なのかは、私にはわからないけれど、非常に頭が切れる人物であることだけは、間違いないだろう。
先代国王の時代は、身分と慣習が重んじられた。その中で好き勝手に私腹を肥やしてきた人達を、陛下は即位と同時に閑職(かんしよく)に追いやり、自分で選んだ専門家達を登用して、逼迫していた財政を立て直した。
だからノアム陛下は、国民にとても人気がある。
だけどもちろん、どんな人物にも欠点があるように、陛下にも欠点はある。――――というより、施政者としては優秀だけれど、私人としては欠点だらけだと言われている。
ノアム陛下は、変わり者としても知られているのだ。そつがないのに一方で、笑顔で毒を吐き、容赦がない。そして貴族階級の華美な装いや儀礼を嫌い、社交界などの催し物を、無駄だらけだと言い放ったこともある。
――――要するに、少しひねくれている。群臣からすると、扱いづらい人物のようだった。
噂だけでは、ノアム陛下の人物像をつかめなかったものの、私は気性が激しい人という印象を持っていた。
(・・・・そんな人の前で、長々と噂話をしてしまうなんて・・・・)
アンティーブ辺境伯夫人は、一時期陛下の家庭教師を務めたこともあり、仲が良いと聞いている。噂話を、快くは思わないはずだ。
(・・・・いつから話を聞かれてたんだろう?)
もっとまわりに気を配っておくべきだったと、私は後悔していた。
「そんなことをする必要はない。立ってくれ」
叱責を受けるとびくびくしていると、陛下は意外にも、優しい言葉をかけてくれる。
「あ、ありがとうございます・・・・」
立ち上がる。でも、陛下の目を直視することはできなかった。
「・・・・それよりも、面白い話をしていたな」
――――笑顔でその点に触れられ、肩が跳ねてしまう。
ミラの顔も、強張っていた。
「実に興味深い話だった。続きを聞かせてくれ」
「お、お耳汚しだと思いますので、どうかご容赦を・・・・」
冷や汗を浮かべながら、ミラが答える。
その答えが正解だったのかどうかは、わからない。
ノアム陛下は一瞬だけ、面白くなさそうな表情を見せた。だけどそれはすぐに消え、また笑顔に戻る。
「君は、はじめて見る顔だ」
注目されて、私は緊張した。
「社交界で知り合った者達の顔は、ある程度覚えている。だが、君の顔には見覚えがないな」
「い、田舎者なので、あまり社交界には・・・・」
「よければ、名前を教えてもらえないだろうか」
「か、カロル・ド・ルシヨンです・・・・」
どうして名前を聞かれるのだろうと、ひやひやしながら、私は答える。
「・・・・ルシヨンということは、ルシヨン領の領主の娘か」
「はい」
「そうか。・・・・君の名前、覚えておこう」
陛下のその言葉を聞いて、私は震え上がる。
(私の名前を? どうして?)
陛下には、私の名前を覚える必要はないはずだ。――――表面的に笑っているだけで、本当は起こっているのでは、と思ったのだ。
「・・・・邪魔をしたようだ。俺はもう行くから、君達は気がすむまで、友人との時間を楽しんでくれ」
身を翻して、陛下は王宮に戻っていく。
――――私は硫酸のような不安を胸のうちに感じながら、陛下の後ろ姿を見送った。
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