捨てられた令嬢と錬金術とミイラ

炭田おと

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38_野望

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「火事だ! 火を消せ!」

 大勢の人達が、炎の前で狼狽えている。


 ――――ボロボロだった厩舎は、あっという間に炎に飲み込まれた。


 火事になれば、人が大勢集まってくるはず。火を消すために、領主館の外からも人が入ってくるはずだ、という私の狙いは的中した。

 火を消すために、門が開け放たれ、町の人達が雪崩れ込んできた。水が入った桶を手渡しすることで、火を消そうとしている。

 火が広がることはないはずだ。燃料となるのは厩舎の薄い壁だけで、火が燃え移りそうなものは、付近にはなかった。


「急げ! 水を持ってこい!」

 消火活動にあたっている人達は、火の粉を浴びないよう、頭から布や上着を被っている。

 私も同じように頭にコートを被ると、違和感なくその人達の中にまぎれることができた。


 人々に混ざり、門を通り抜ける。


(よかった! 出られた!)

 すぐに逃げたかったけれど、まわりに怪しまれないよう、領主館から離れるまではコートを被ったまま、人の流れに逆らい続けた。領主館のまわりに集まった群衆の影が、火の光を浴びて、長く伸びている。

 そしてあたりに人気がなくなったことを確認して、コートを脱ぎ、全力で街の出口まで走った。息が切れても、走り続けた。

 そして、町の門が見えてくる。

「ここまで来れば・・・・!」


 門を目にした瞬間、消えかけていた希望の光が、胸に灯るのを感じた。


「・・・・!」


 だけど門に近づく直前で、私は何者かに腕を引っ張られ、後ろによろめく。背後にいた誰かの身体に、寄りかかると、二本の腕に首を締められ、身動きがとれなくなった。


「――――見つけたぞ」


 背後から聞こえた声に、息が止まる。


 見上げると、ゼレールさんの殺意でぎらつく目が、私を見下ろしていた。


「うっ・・・・!」

 口を塞がれ、私は路地に引き摺り込まれる。

「ルゥセーブル、押さえ込め!」

 さらにもう一人、ゼレールさんの背後から、恰幅のいい、ちょび髭の男が現れた。ゼレールさんは私の首を、もう一人の男は私の足を押さえつける。

(この人が、ルゥセーブルさん!?)

 二人に尾行されていたのだと気づいて、血の気が引く。――――だけどこの二人はどうやって、あの群衆の中から、私を見つけたのだろう。


「・・・・火をつけて、町の連中を領主館の中に入れたのはいいアイデアだったな」

 私を抑え込みながら、ゼレールさんはそう言った。

「どうして見つかったのか、って顔だな。・・・・お前の考えを読んだんだよ。火を消そうとしている連中は、領主館に向かっていくが、お前は逆に領主館から遠ざかろうとするはず。流れに逆らっている奴らの中から探せば、お前を見つけられると思った」

「・・・・!」

 考えを読まれてしまっていた。もう少し慎重に動くべきだったと後悔しても、もう遅い。


「ゼレール! さっさとそいつを殺せ! 時間がないんだぞ!」

 ゼレールさんの声を、ルゥセーブルさんが遮る。まだ笑う余裕があるゼレールさんと違い、ルゥセーブルさんはかなり焦っている様子だ。


「うるさい、お前は黙っていろ!」

「この女を殺して、逃げる時間を稼ぐんだろ? だったら、早く殺せよ!」

 やっぱり、この人達は私を殺して、時間稼ぎがしたいらしい。

「急げ!」

「・・・・わかったよ。ちゃんと押さえてろ」

 ルゥセーブルさんが私の肩を押さえつけ、私の真正面に回ったゼレールさんが、膝で私の足を押さえつける。

「・・・・!」

 そして上着の中から、ナイフを取り出した。

 鞘から取り出された、鋭い刃を見て、息ができなくなる。


 ――――殺される。最悪の予測が、現実になろうとしていた。


「誰か、助けて!」

 パニックになって、私は必死に足をばたつかせた。

「うるさい、黙れ!」

 ゼレールさんが叫んで、ナイフを前に突き出す。

「・・・・っ!」

 ゼレールさんは、私の首を狙っていたのだろう。

 だけど私が暴れたせいで狙いが逸れ、ナイフの切っ先は首ではなく、肩に突き刺さっていた。


 強烈な痛みと冷たさに襲われて、悲鳴すら上げられなかった。


(こ、殺される・・・・!)

 痛みで、頭が急に冴えていく感覚があった。


 時間を――――時間を稼がなければ。


「ど、どうして、夫人を殺したの!?」

 ゼレールさんの動きが、ぴたりと止まった。

「ど、どうして殺したの? その理由だけ、教えて」

 恐怖を跳ね返して、ゼレールさんを睨みつける。

 束の間、睨みの攻防が続いた。

「・・・・大金が手に入るんだ」

 ゼレールさんが、ぽつりと呟く。

「今の時代、金で爵位を買うことも難しくない。雇われる側から、雇う側になれる。偉ぶっていたあいつらに、成り代わることができるんだ! 今がその、千載一遇せんざいいちぐうのチャンスなんだぞ!」

 そしてゼレールさんは、ナイフを振り上げる。

「だから誰にも、邪魔はさせない!」


 ――――今度こそ、避けられない。


 私は瞬きもできずに、振り上げられたナイフを見上げていた。


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