二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

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「アリアドナはあなたに、必要なことを何も教えなかったようですね」



 口をぱくぱくさせる私を横目に、立ち上がったバウムガルトナー侯爵は、窓辺に移動する。



「原作のアルテ・フォン・アルムガルトは、嫁ぎ先のファンクハウザー家で虐待され、心を病み、闇落ちしてしまうんです。すべてに絶望し、手段を選ばなくなったあなたは老人や夫、その愛人を殺して、ファンクハウザー家を乗っ取ります。それだけにはとどまらず、やがて政界に乗り出し、暗躍するようになる」



 話を聞いて、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。



「ーーーーそして最終的には、皇室すら意のままに操ろうとするんです」



「わ、私が、そんなことを?」


 バウムガルトナー侯爵が語る未来の自分の姿が、今の自分とまったく重ならなくて、違和感を覚える。今、ファンクハウザーの邸宅で無力感に打ちひしがれている私が、政治の裏で暗躍することになるなんて、想像できない。


「あなたが悪役として小説に出てくるのは、私の娘であり、原作のヒロインであるシュリアが十八歳になったころなので、今から四年後ですね。あくまで悪役として表舞台に登場する時期なので、悪役として動き出すのはもっと前でしょう。・・・・想像を絶する苦しみは、人を変えてしまうということです」

「やはりあなたが、原作のヒロイン、シュリアのお父様なんですね」

「いかにも」


 とたんにバウムガルトナー侯爵は破顔する。


「原作のヒロインにふさわしく、私の娘シュリアは天使と呼んでも遜色ないほどの可愛らしさです。早く、あなたに会わせてあげたい」

「た、楽しみにしてます・・・・」


 バウムガルトナー侯爵は、娘を可愛がっているようだ。別人のようなデレデレの笑顔から、目に入れても痛くないほどの溺愛ぶりが想像できる。

 でも確かに、小説のイラスト通りなら、シュリアは、背中に羽が生えていても違和感がないほどの美少女なのだろうと思う。



「・・・・本当に私がラスボスなんですか?」

「ええ、そうです。ーーーー〝花畑の聖女〟の物語は、ディートマル四世の死後、皇位を継承したヒーローと、彼と結ばれ皇后になったシュリアが、皇室を乗っ取ろうと画策したアルテ・フォン・ファンクハウザーや、彼女と結託した大貴族の罪を暴き、処刑することで終幕します」


 頭を金づちで殴られたような衝撃を受けた。私は立ち眩みでまっすぐ立つことができなくなり、崩れるように椅子に座る。


 良くも悪くも私は、自分のことを影響力がない人間だと認識してきた。大物になれる器じゃないし、穏やかな日々が続くことだけを望んできた。子供のころから誰よりも、悪目立ちしないように心がけてきたのだ。

 そんな私が、まさか最後に打倒される悪役になるなんてーーーーどんなに想像力を広げようとしても、物語を締めくくる悪役になった自分の姿が、思い描けなかった。


「だってアリアドナは、そんなこと一言も・・・・!」



 ーーーー大丈夫、幸せになれるよ。



 アリアドナの言葉を信じ、ただただ耐えてきた。原作の結末を知っているアリアドナの言葉なら、信じられると思ったから、それだけが支えだった。


 すると、バウムガルトナー侯爵の顔から、笑顔が消える。


「アリアドナはあなたに、嘘をついたんですよ」

「え?」

「彼女が自分の利益のために、あなたに嘘をついたと考えたことは?」

「だ、だって、そんなことをして一体何の意味が・・・・」

「あなたが心を病んで、闇落ちして悪役になったほうが、彼女にとっては都合がよかったのでは?」


 アリアドナのことを友達だと思っていた私は、その言葉が受け入れがたくて、バウムガルトナー侯爵を睨みつける。


「信じられません。だって私がラスボスになったところで、アリアドナが得するとは思えませんから」


「利益はあります。ーーーーそこで、私があなたに協力を申し出てきた話に繋がるんですよ」


 私は目で、バウムガルトナー侯爵に説明を求めた。


「実は、私が前世の記憶を取り戻したのはごく最近なんです。それで気づいたんです。この世界の物語が、原作とはかけ離れたものになっていることを」

「かけ離れた・・・・?」

「原作の〝花畑の聖女〟では、中盤で三大侯爵家の力関係に変化が起きます。ヴュートリッヒが没落するんです。でもこの世界では、まったく逆のことが起きました。バウムガルトナーとアルムガルトが没落して、ヴュートリッヒの一人勝ち状態になったんです」

「そうなんですか?」


 結婚前は私も経済に関心があって、お金や物流の流れを注視していたけれど、ファンクハウザー家へ来てからはそんな気力もなくなった。だから三大侯爵家の力関係がどうなっているのか、まったく知らなかった。


「バウムガルトナーが着手しようとしていた事業はすべて、ヴュートリッヒに先取りされました。しかも奪われた事業にかぎって好調で、ヴュートリッヒだけが金持ちになっていく。私がふがいないせいだと思っていましたが、記憶を取り戻して、気づきました。原作を知っているアリアドナなら、何が儲け話に繋がるのかを知ってるんだから、先を越されるのも当然だったんです」

「・・・・・・・・」

「それにーーーーあなたは一年間、一切の行事に参加していないから、知らないでしょう。今の社交界は、アリアドナが主演を演じる、演劇の舞台のようだ。皇子達はみんな彼女に夢中で、陛下ですら彼女の我儘も聞き入れている。・・・・でもこれもある意味、当然の流れですね。原作を読みこんでいるアリアドナなら、陛下や皇子達が抱えている心の問題も、その解決方法もあらかじめ知っているんですから。原作のシュリアよりも先に、シュリアの行動を真似ておけば、いとも簡単に頑なだった皇子達を、陥落させられるというわけですよ」


 結婚後、私は社交界から遠ざかったばかりか、以前の友達とも疎遠になっていた。アリアドナとも、かなり長い間会っていない。


 だから、アリアドナが社交界の女王になっていたことも、今、知った。


「それだけじゃありません。実は原作では、中盤になって判明する設定がありました。ヒロインであるシュリアは実は、〝魅惑みわくひとみ〟と呼ばれる魔法道具の所持者だったんです」


 バウムガルトナー侯爵は、窓辺に飾られた水晶玉の表面を、指で撫でる。


「魅惑の瞳は宝石のような形をしていて、適応する人物を見つけると、その人物の瞳の中に入りこんでしまう。魅惑の瞳の保持者は、見つめるだけで男女問わず、人を魅了することができるんです。原作のシュリアは幼いころ、偶然魅惑の瞳を手に入れて、以降、自覚なくその力を使ってしまっていた。原作でシュリアが出会った人々が、ことごとく彼女に惚れて尽くすようになっていたのには、そういう絡繰りがあったんです」

「シュリアはそんなものを、どこで手に入れたんですか?」

「私の父ーーーーシュリアの祖父は、アンティークの好事家(こうずか)でした。祖父はオークションでアンティークを競り落とすことが生き甲斐でしたが、そうやって集めた宝物の中に、魅惑の瞳がまじっていたんです。祖父の死後、宝物庫ほうもつこに忍びこんだシュリアが偶然、魅惑の瞳を発見し、意図せず瞳の中に取りこんでしまうーーーーはずでした。ですが、この世界線では、そうならなかった。今現在、魅惑の瞳はどこにあると思いますか?」


 答えに気づいて、息を呑んだ。


「まさかーーーーアリアドナが持ってるんですか?」



「ご明察のとおり、アリアドナが所持しています。どういう経緯で手に入れたのかは謎ですが、彼女はその力を使って、皇子達を篭絡ろうらくした」



 話の締めくくりに、バウムガルトナー侯爵は長い長い溜息を吐きだした。


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