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しおりを挟むその日、スラム街の空の一角に、無数の蝶が放たれた。
「侵入者だ!」
直後、その一角にあるアラーニャの拠点が、にわかに騒がしくなった。
「何人かやられたぞ!」
アラーニャのメンバーが敵の襲撃に気づいた時にはもう、見張りの男達は倒れていた。アラーニャのメンバー達はすぐさま武装して迎え撃とうとするも、彼らは襲撃者の姿を見つけられなかった。
「俺達に喧嘩を売るなんて、どこの組織の連中だ!」
正体不明の組織からの強襲に、彼らの足並みはそろっていなかった。こういう時は一か所に集まって応戦するのが正解なのに、彼らは散り散りに行動している。
もともと汚れ仕事をするために集められた烏合の衆で、訓練を受けた戦いのプロではないのだから、当然かもしれない。
「侵入者を殺せ!」
だが彼らがどれだけ敵の姿を探しても、目にするのは倒れた仲間の姿だけだった。襲撃者の姿は、影も形もない。
「敵はどこだ!?」
アラーニャのメンバーが拠点の中を走り回っている間、ヴォルケのメンバーは窓の庇の上や、屋根の上に待機していた。
そしてアラーニャのメンバーが窓を横切ったその一瞬を狙い、窓ガラスを破って、攻撃を仕掛ける。
私がホワイトレディの力で、アラーニャの拠点内部の、敵の人数や居場所を把握し、それをヴォルケのメンバーに伝えていた。そしてヴォルケが、散り散りになったアラーニャのメンバー達を各個撃破していくという、シンプルな作戦だった。
敵の位置がわかるとはいえ、気性が荒いならず者達を制圧するのは、簡単なことじゃない。
なのにヴォルケのメンバーはまるで流れ作業のように、敵に悲鳴を上げる間を与えないまま、速やかに捕獲していった。
「うわああっ!」
そして敵の人数が減ったところで、ヴォルケの総攻撃がはじまった。
残りのメンバーが、その総攻撃に耐えられるはずがなかった。
ホワイトレディの力で、ヴォルケのメンバーがアラーニャの拠点を制圧していく様子を見ていた私は、その手際の良さに感嘆した。
アラーニャの拠点の騒ぎとは裏腹に、その周辺は静かなままだった。
この周辺の治安は悪いため、住民は組織の抗争に慣れきっている。彼らは自分の身を守るために、関わり合いを避ける傾向にあった。だから争う物音を聞いても、無視を決め込み、家から出てこないだろう。
治安維持部隊や自警団ですら、治安が悪すぎるこの地域の騒ぎには関与しないことも、調査済みだ。
だからヴォルケがアラーニャのメンバーを制圧するまで、横やりが入ることはなかった。
ーーーー制圧までかかった時間は、十数分だろうか。あっという間に騒ぎは収まり、拠点は廃墟になったように静まりかえる。その時間の短さが、クリストフが育て上げた組織のメンバーの優秀さを物語っていた。
拠点の制圧が終わるまで、私とクリストフは離れた場所に停めた馬車の中で待機していた。
「閣下、制圧が完了しました」
騒ぎが静まってから数分後、やがて馬車の扉がノックされ、バルドゥールさんの報告が聞こえた。
クリストフは私と顔を見合わせて、にやりと笑い、馬車の扉を開ける。
「ご苦労だった。さすが、君達は仕事が早いね」
ヴォルケの、文句のつけようがない完璧な仕事ぶりに、クリストフは満面の笑顔になった。
「恐縮です」
バルドゥールさんは普段通り無表情を貫いていたものの、高揚している気配を隠せていなかった。恩人に力を示す機会を得られて、嬉しかったのかもしれない。
「アルムガルト侯爵、ご協力に感謝します」
「いえいえ、私にできることはこれぐらいしかありませんから」
拠点の一階にある、ラウンジのような場所で、アラーニャのメンバーは後ろ手に縛られた上、目隠しに猿ぐつわを噛まされ、一列にひざまずかされていた。
ヴォルケのメンバーは彼らの後ろに、こちらも一列になって、直立不動の姿勢で立っている。軍服のような黒衣の服のせいか、軍人のように見えた。
私とクリストフが中に入ると、ヴォルケのメンバーはいっせいに敬礼する。
「これで全員か?」
「一人も取り逃がしていません」
「君達の仕事は毎回完璧で、本当に頼もしいよ」
私とクリストフは、アラーニャのメンバーの前を、わざと靴音を鳴らして歩いた。これから自分達がどんな目に遭うのかわからず、アラーニャのメンバーは、私達が立てる物音の一つ一つに、びくついている。
今の彼らには私達の足音が、死刑囚を連行しようとする看守の靴音に聞こえているのかもしれない。
「予定通り、入れ替えるのかい?」
あらためてクリストフにそう問われて、私は深くうなずく。
ーーーーアラーニャを乗っ取りましょう。ボリスの受付役になっていた男だけ残し、中身をヴォルケのメンバーと入れ替えるんです。
それが、私が立てた計画だった。
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