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しおりを挟むーーーーそうして、隠家での生活も終わりが近づいてきた。
「おぉ!」
隠家の庭で、ヨルグ殿下が召喚した聖なる七剣を見て、アルホフ卿が歓声を上げた。
光る七本の剣を自在に操る姿は、いつ見ても壮観だ。
光に気づいて庭に出てきたヴォルケのメンバーも、ヨルグ殿下が召喚術や魔法の力を取り戻し、皇太子として復活したのだと実感したことだろう。
時期を同じくして、私もようやく、毒の後遺症から完全に立ち直ったので、あらためてクリストフと会うことにした。
「ヨルグ殿下が力を取り戻したんだって?」
夜に隠家を訪れたクリストフの第一声が、それだった。
私達は応接間に移動して、そこで今後のことを話しあう。
「力が戻ったなら、一刻も早く殿下を皇宮へ戻すべきだ」
クリストフが出した結論は、予想通りだった。
「行方不明で誤魔化すのも、もう限界だった。ヨルグ殿下はすでに殺されていると思う貴族のほうが増えているから、一刻も早く健在だと示さなければならない」
「陛下がヨルグ殿下が死んだと思わずに、粘ってくれたのは幸いでしたね」
「陛下にとってはヨルグ殿下は、長年の夢の顕現そのものだからね。簡単に諦められるものではないだろう」
「そうですね・・・・」
適当に相槌を打ったものの、ヨルグ殿下から幼少期の話を聞いた後では、複雑な心境だった。陛下は最後まできっと、ヨルグ殿下のことを、自分が慈しみ、守らなければならない息子だとは見ないのだろう。
一国の君主とその後継ぎに、普通の親子関係を求めるのは無理だと思いつつ、陛下にたいしていい感情を持つことはできなかった。
「アルテ、君はどう思う?」
「私はーーーー」
ここを離れれば、私とヨルグ殿下が会うことはなくなるだろう。私は皇宮に行くことを避けているし、行事にもめったに参加しないから、殿下の姿を目にする機会すら、今後はほとんどなくなるはず。
ーーーーだけど。
「賛成です。ヨルグ殿下をすぐに、皇宮へ戻すべきでしょう」
それが、正解だと思った。
私が原作通りのラスボスの道を選んだのなら、私とヨルグ殿下には敵対という接点が生まれたはずだけれど、今の私はそのルートから外れている。だからヨルグ殿下とは、ほとんど接点がないまま終わる予定だった。
なのに事態がおかしな方向へ転がった結果、奇妙な縁が生まれることになってしまった。
けれどいずれはまた、元の関係に戻る運命なのだ。
だったらお互いに妙な愛着が生まれてしまう前に、予定通りに別々の道に戻るのがいい。
「ーーーーそして皇宮に戻ったら、ヨルグ殿下本人の口から、暗殺の主犯がボリス・フォン・ヴュートリッヒだと告発してもらう」
そう言ったクリストフの目は、期待に輝いていた。
ーーーーそれが私達の、最終的な狙いでもあった。
当初の目的とは大きく外れてしまったけれど、最終的にヨルグ殿下に、暗殺の主犯がヴュートリッヒだと信じてもらうことができた。だから私達が頼まなくても、ヨルグ殿下はそのことを陛下に伝えるだろう。
皇族をーーーーしかも皇太子の暗殺を主導したとなると、重罪だ。一族郎党が処刑されることになるだろう。主犯以外は減刑されることもあるかもしれないけれど、軽くて永久追放か、生涯幽閉のどちらかだ。
ヴュートリッヒの罪には関与していないエルネスタまで、裁くことは望んでいない。おそらく政界どころか、貴族社会への影響力も薄いエルネスタなら、国外への永久追放ですむだろう。
でも、内政や神殿の威光に大きく関与していて、民衆への影響力も強いアリアドナは、追放ていどで許されないはずだ。
本当はアリアドナのことは、彼女が聖女計画のために犯した数々の罪で裁きたいところだけれど、今のモルゲンレーテの捜査レベルでは、それらの罪の立証ができない。だからボリスの暗殺未遂の罪の連座で、アリアドナが裁かれることを願うしかない。
ーーーーアリアドナが処刑、あるいは幽閉されれば、ようやく私達は彼女の脅威から解放される。
モルゲンレーテの民衆が、これ以上彼女の聖女計画に巻き込まれて、犠牲になることもないはずだ。
「数日中に、ヨルグ殿下を皇宮まで送り届けましょう。ヴュートリッヒやフックスに邪魔されないよう、安全なルートを考えないと。・・・・この決定は、ヨルグ殿下に、私から伝えておきます」
「ああ、頼んだよ、アルテ」
不安材料が一つ減ることが嬉しいのか、去っていくクリストフとバルドゥールさんの足取りは、軽かった。
「・・・・・・・・」
一人になると、なぜか気分が沈んだ。
なぜ暗い気持ちになるのか、それは自分でも説明できなかった。
翌朝、ヨルグ殿下の部屋の前に立っただけで、なぜか私は緊張していた。
落ち着くために深呼吸してから、部屋をノックする。
「入れ」
許可をもらって部屋に入り、ヨルグ殿下と相対した。着替えを終え、いつも通り読書をしていたヨルグ殿下は、本を置いて立ち上がる。
なぜか殿下も少し、緊張しているように見えた。
「ヨルグ殿下に、皇宮に戻ってもらうことになりました」
ーーーーそしてヨルグ殿下に、私達の決定を伝えた。
「・・・・・・・・」
あるていど予想できた言葉だったのか、ヨルグ殿下は驚かなかったものの、なぜか反応は薄く、喜んでいるようにも見えなかった。
「・・・・殿下?」
怖々と顔を覗きこむと、殿下は溜息を落とす。
「・・・・無理に連れてきたくせに、今度は戻ってもらうことになったとか、本当に勝手な奴らだな」
「・・・・その点に関しては、返す言葉もありません」
今でもヨルグ殿下をここにかくまうことが、最善の選択だったのかどうかわからない。力を取り戻していなくても、一時的な保護にとどめ、皇宮に戻すほうがよかったのかもしれないし、信頼できる他の人達に任せるべきだったのかもしれない。
でも、すでに起こってしまったことを悔いても仕方がないから、今はヨルグ殿下を安全に皇宮まで送り届ける方法を考えるべきだった。
「数日中に、皇宮まで送ります。私達が護衛できるのは皇宮の手前までですが、危険がないように細心の注意を払うので、ご安心を」
「・・・・・・・・」
「殿下が無事な姿を見せれば、陛下もお喜びになるでしょう」
「喜ぶだろうな。・・・・俺はあいつが望んだ、〝強い皇族〟という幻想そのものだ。俺が召喚術を使えないままだったら、帰っても喜ぶことはないだろうが」
ヨルグ殿下の口調は冷めていた。
「・・・・そんなことはないはずです。陛下にとって殿下は、大事なご子息の一人なのですから・・・・」
「ーーーー俺の家族は母親だけだ。亡くなってからは、俺に家族はいない」
私のその言葉だけは、ヨルグ殿下は強く否定した。
「・・・・・・・・」
何も言えなくなり、私達の間にはつかの間、沈黙がわだかまった。
「そのーーーーなにか質問はありますか?」
ヨルグ殿下の口数が、今日に限って少ないことが気がかりだった。ヨルグ殿下もこの日を待ちわびていたはずなのに、喜ぶ気配もなく、浮かない顔に見えることが、さらに不安を誘った。
だからこの件にたいして、質問でもいいから、なにか言ってほしかった。
「・・・・俺が皇宮に戻ったら、あんた達はどうするんだ?」
しばらくしてヨルグ殿下が口をしたのは、そんな問いかけだった。
私達の今後を、心配してくれているのだろうか。それとも、ただの興味だろうか。
「私達は、今まで通りです。何も変わりません」
「・・・・俺がいなくても、何も変わらないか」
殿下の声からわずかな苛立ちが伝わってきて、ハッとした。
「殿下ーーーー」
「戻るための準備がしたい。・・・・一人にしてくれ」
ヨルグ殿下は私から顔をそむけ、もう二度と、こちらを見てくれることはなかった。
「ーーーー」
拒絶されたように感じて、胸が痛む。何を言いたいのかもわからないのに口を開いて、結局言葉が見つからないまま、ぐっと唇を噛みしめた。
「・・・・失礼します」
身をひるがえして、部屋を出る。
ーーーー扉を閉じるまで、ヨルグ殿下がこちらを見ることはなかった。
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