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しおりを挟む「・・・・それにファンクハウザーには、裁判の後に判明した事実がいくつかありまして・・・・」
部屋には俺達以外に誰もいないのに、なぜかバスラーは小声になっていた。
「なんだ?」
「・・・・実はファンクハウザーの邸宅で働いていたメイドが何人か、行方不明になってるんですよ。しかも若くて美人なメイドばかりが、金も荷物も持たずに、ある日忽然と消えているんです。メイドの家族がファンクハウザー邸に押しかけたそうですが、当時当主だったジャコブは、メイドは自分の意志で出奔したの一点張りで、取り合わなかったんだとか」
「まさか、ジャコブが殺したとか言わないよな?」
「いいえ。・・・・真偽は不明ですが、先々代の当主の、ハインリッヒの仕業だと憶測している人が多いようですね。ハインリッヒは折檻と言って、女性を鞭で殴ることを好んでいたんだとか」
「鞭でーーーー」
アルベルタの背中の傷のことが、頭をよぎっていた。
「馬用の鞭を使い、メイドが気絶することもあったそうです」
「なんでメイドは逃げなかったんだ?」
「あの家の使用人はすべて、家族が借金まみれで逃げられなかったり、軽犯罪の前科があるといった、特殊な身の上の人間ばかりだったようです。そういう人間をあえて選んでいたか、もしくは逃げ出せるような人間は、あの家門の闇に触れて、早々に逃げ出したんでしょう」
逃げ出せない身の上というなら、親戚に家門を乗っ取られていたアルムガルト侯爵も当てはまる。暴力を振るう側もそういった事情がわかっていて、強気に出ていたのだろう。
「ジャコブは何をしていた? どうして凶暴な祖父を、放置したんだ?」
「・・・・ジャコブは凶暴な祖父を持て余して、見てみぬふりをしていたとか」
「・・・・クソ野郎だな」
吐き捨てずにはいられなかった。
「ーーーーだからハインリッヒの暴力が原因でメイドが亡くなり、それをファンクハウザー家がもみ消したというのが、大方の見方ですね。ジャコブも、当時働いていた使用人達も、ほとんどが口を閉ざし続けているので、この件が解決することはないでしょう」
「殺人鬼野郎はその後、どうなったんだ?」
「ハインリッヒは、獄死したそうです。衰弱死したというのが公式の発表ですね。かなり高齢だったのでほとんどの人間が公式発表を疑いませんでしたが、一部は看守の鞭打ちが原因だったんじゃないかと憶測しています。殺されたメイドの家族が、看守に金を握らせたという噂がありますから」
メイド殺しが真実なら、ハインリッヒにふさわしい末路だと言えた。
「まったく、信じられません。女性を鞭打って、何が楽しいんだか・・・・殿下は理解できますか?」
「できるはずないだろ。クソ野郎の思考はさっぱりわからないが、そういう人間がいることは知っている」
俺の答えが意外だったのか、バスラーが顔を覗きこんできた。
「クロイツェルの軍にも、そして皇室騎士団の中にも、弱い立場の人間を好きなだけ殴って、悦に浸るようなクソ野郎がいた」
多分そういう人間は、どの場所にも潜んでいる。そして彼らには、自分が悪人だという自覚もない。自覚がないからこそ、厄介な〝癌〟だった。
「・・・・侯爵も、被害に遭ってたのか?」
「えっ」
バスラーは目を丸くする。
「そ、それはないんじゃないですか? だって相手は貴族の女性で、息子の妻ですよ? ファンクハウザーの女主人だったんですから!」
「だけどお前の話だと、ジャコブは愛人をのさばらせてたんだろ。正式な女主人とは扱われなかったんじゃないか?」
「それは・・・・そうかもしれませんが・・・・」
バスラーは言いよどむ。
議論をするつもりはなかった。あの背中の傷とバスラーの情報を合わせれば、ファンクハウザー邸の中で何があったのかなんて、考えるまでもない。
どんな気持ちだったのだろうか。
貴族の令嬢として、温室の花のように育てられて、幸せな結婚を夢見ていただろうに、その結婚を境に、獣のような連中に取り囲まれることになった。暴力で傷だらけになりながらも、生き残るためにただ耐えることを強いられる日々は、地獄だっただろう。
ーーーーあんな日々の中でも、折れずに、自分を保ってきたからーーーー。
また、アルベルタの言葉を思い出した。
なぜあの時アルベルタが、一部とはいえ、自分の過去について吐露したのか、不思議に思っていた。
ーーーーでも、誰にも守ってもらえなかった俺の過去に、自分自身の苦しみを重ねていたのだとしたら。
手を取り合えるかもしれないと思った。
だからこちらから提案をしてみたのに、彼女は拒絶した。
その理由が、今でもわからなかった。
「殿下、僕も聞きたいことがあるんですが」
「なんだ?」
「クロイツェルの内部の裏切り者を、このまま放置するつもりなんですか?」
アルベルタが教えてくれた、クロイツェルの内部の裏切り者を、俺は皇宮に戻った後も放置していた。バスラーは対処の甘さに、不満を持っているようだ。
「彼らをきちんと処罰し、陣営をいっそう団結させるべきではないですか?」
「監視はつけてある」
「ですが、彼らをまだそばに置いておくなんてーーーー」
「連中は餌なんだ」
俺は、執務机に置いていた砂時計をひっくり返した。青い砂がさらさらと流れて、下に落ちていく。
「餌ですか?」
「連中を監視することで、敵の動きを測ることができる。それに連中を通して、敵に嘘の情報を流し、攪乱できるはずだ。・・・・いくらでも使い道はある。だからもっと大きな魚が釣れるまで、泳がせておけ」
団結しなければならない今、それに水を差すような裏切り行為をした連中に、はじめこそ怒りを感じたが、すぐに冷静になった。
政治面で補佐してくれている連中は政治家だから、役人や貴族達と同じように、俺の形勢が不利になれば、他に鞍替えする。それはある意味、当然の流れだった。
アルホフのような実直で忠実な人物に好感を持ち、信頼しているが、それは彼が軍人だからだ。バスラーも補佐官だからこそ、忠実さがプラスになる。
でも二人が政治家だったら、実直な性格はむしろマイナスに働いただろう。
政治の世界に入るなら、風見鶏の連中を毛嫌いするだけじゃなく、御する方法を学ばなければならない。連中を信頼する必要はなかった。連中の望むものを適度に与えてやりながら、操ってやろう。そう考えなおしたのだ。
ーーーーだから裏切り者が俺を利用して利を得ようとするなら、俺も奴らを利用して、もっと大きなものを釣りあげてやろうと思いなおした。
せっかくアルベルタがくれた情報なのだから、最大限活用したい。
「・・・・わかりました」
バスラーは納得してくれたようだった。
「それからバスラー。アルムガルト侯爵の好みについて、調べておいてくれ。お菓子でもドレスでも、装飾品でもなんでもいい」
質問に答えたついでに、こちらからも注文を付け加えると、バスラーは目を瞬かせる。
「どうして・・・・」
「質問はなしだ。とにかく調べろ」
「仕事量がーーーー」
「補佐官の補佐官を雇ってやる。それで、取引成立だろ」
バスラーは嬉しさのあまり涙ぐむと、取引成立だと示すために、親指を立てた。
※ ※ ※
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