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しおりを挟む「ファーラー男爵夫人が、社交界から追放されることが決まったそうです」
後日、バウムガルトナー邸のテラスで、コーヒーを飲んでいた私は、向かいに座るシュリアから、そのことを教えてもらった。
「追放?」
驚いて思わず、カップを落としそうになってしまう。
「私達と男爵夫人がもめた話が、噂として社交界に広がると、被害に遭った女性達が次々と声を上げたんです。陛下は被害者の数の多さと、被害の深刻さを知って、夫人の追放を決めたんだとか。・・・・私達以上に、ひどい目に遭わされた令嬢もいたようですから」
シュリアは複雑そうな顔で、カップを持ち上げた。
ニーナが陛下に叱責されたことで、今後彼女の評判が落ちるかもしれないと思っていた。だけど、ここまで大きな騒ぎになるとは予想していなかった。
「まさか、そんなことになっていたなんて・・・・」
「それだけじゃありません。夫人がそんなことをしていたなんて知らなかった男爵は、この事実に激怒し、夫人に離婚を断行したそうです。それで夫人は、実家に帰されることになったんだとか」
ファーラー男爵は、もめ事を極端に嫌う人だ。妻である女性がそんな騒ぎを起こしたら、今後、男爵家が賠償金を求められる可能性だってあるのに、黙っているはずがない。そもそも貴族の結婚は取引に近いところがあるから、ニーナのように騒ぎを起こしたら、庇う理由もないというのが男爵家の言い分なのだろう。
確か、男爵家にはまだ、子供はいなかったはず。なので男爵も迷わずに、離婚に踏み切れたのだろうと思う。
「アリアドナは、ニーナを庇ったの?」
「いいえ、むしろ人前で公然と、夫人を避難したんだとか」
「でしょうね・・・・」
アリアドナは、家臣を守るようなタイプじゃない。自分が主導したことだったとしても、危うくなったら簡単に家臣を切り捨てることを選ぶ人間だ。
今回も、今までのいじめの罪を全部ニーナに押しつけることで、この問題を片づけようとしたのだろう。
(だとしても、ニーナには同情できないわ)
ニーナは率先していじめに加担していたばかりか、アリアドナの権力を盾に威張り散らしていた。主犯であるアリアドナが裁かれていない点は問題だけれど、ニーナが罰を受けること自体は因果応報だった。
それに今回、裁かれるのがアリアドナの側だったとしたら、ニーナも同じように彼女にすべてを押しつけて、自分は安全な場所に逃れただろう。彼女達の関係は貴族の結婚以上に、取引に近いところがあったのだから。
だから同情心も、まったく湧かなかった。
「それで・・・・陛下に会ってみた感じは、どうだった?」
この話題を続けたくなかったから、私は話を変えた。
夜会の日に、陛下とシュリアを引き合わせたことで、原作の流れが再現されたかもしれない。今日、仕事の合間を縫ってバウムガルトナー邸を訪れたのは、それを確かめるためでもあった。
「それが・・・・ですね」
シュリアの歯切れは、なぜか悪かった。
「陛下は私によくしてくれましたが、それほど私に興味がないようでした」
「そ、そう?」
私は首を傾げる。
(出会い方を間違えた?)
私は二人の出会いかたや、恋に落ちる過程を知らない。アリアドナや私の行動で、原作の軌道を大きく外れてしまった今、原作のストーリーラインをたどったところで、無意味なのかもしれなかった。
ーーーーそれでもヨルグ陛下とシュリアが出会いさえすれば、原作通りに恋に落ちるのだろうと思っていた。
「あなたのほうはどうなの? 陛下に会って、なにか感じた?」
「ええと・・・・」
シュリアは言葉を探しているようだった。
「会って感じたことを、そのまま教えてくれればいいのよ」
するとシュリアは、苦笑する。
「緊張していましたし、その・・・・陛下に関する色々な噂も耳にしていましたから、好き嫌いという感情よりも、怖いという恐怖心のほうが先立ってしまって・・・・話した内容を、ほとんど覚えていないぐらいです」
乱暴者だという噂を、耳にしていたのかもしれない。確かにその噂は間違っていないけれど、それは相手が同じ乱暴者だった場合にかぎられている。無害な上に大人しくしている人には、無関心な人だった。
「会話の内容は、まったく覚えてないの?」
「ほとんど覚えてません。あ、でも、アルテ様の話をしたことは覚えてます!」
「わ、私の?」
何がどうして、私の話題になったのかと、少し混乱した。
「そうです。アルテ様は、普段はどう過ごしているのかとか、趣味はあるのかとか、好きな食べ物のことを聞かれました」
「なぜ陛下が私のことを聞くの?」
「さあ・・・・」
シュリアも首を傾げている。
「でも、ご安心ください。陛下がアルテ様に、悪印象を持っているようには見えませんでした。むしろとても好意的でしたよ!」
シュリアはそうとりなしてくれたけれど、私の不安が解消されることはなかった。
「アルテ様のおかげで、とっても話が盛り上がったんです!」
「わ、私の話はもういいから・・・・それよりも、あなたの気持ちを聞かせて」
「私の気持ち・・・・」
いったん上がったシュリアのテンションが、また下がってしまったようだった。
「お父様はなぜかいつごろからか、私が皇后になると信じこんでいて、お前はいずれ、皇后になる女性なんだと言われてきました。でも正直、自分がそこまでの器だとは思えなくて・・・・」
「皇后になりたくないの?」
「・・・・・・・・」
「素直に話してくれていいのよ。今ここには、私達しかいないんだから」
シュリアが迷っている様子だったから、背中を押すためにそう言った。
「・・・・正直、皇后になりたいとは思いません。お父様には申し訳ないけど、私はむしろ、一般的な貴族女性の人生を送りたいと思っています」
私やクリストフの期待が、シュリアには負担になっていたのかもしれないと気づいて、申し訳なくなった。
原作の登場人物の紹介文が、頭をよぎる。ーーーー純粋で無欲な少女。シュリアの紹介文には、そう書かれていたと記憶していた。
はじめから皇后を目指していたアリアドナと違い、原作のシュリアは地位や権力は望んでいなかった。でも本人の意思とは裏腹に、権力者から想いを寄せられたり、聖女として有名になってしまったせいで、権力争いに巻き込まれてしまうという流れだった。
(今のシュリアは魅惑の瞳も持っていないし、アリアドナというライバルもいる。おまけに陛下は、派閥争いのことを気にしてたし・・・・そんな状況じゃ、原作のルートに戻るのは難しいってことなの?)
だけど陛下にはもともと、魅惑の瞳の力は通じないのだから、原作で二人が恋に落ちる流れに、魅惑の瞳は関係ないはずだ。
(だとしたら、原因は何?)
いくら考えても、わからなかった。
(これからどうすればいいのだろう・・・・)
ゲームのように、シナリオの流れに沿って、クリアを目指せばいいと思っていた。原作の流れを再現して、私が悪役として裁かれる部分だけ、改変すればいい。ーーーーそう思っていたのに。
でも原作通りに二人を引き合わせても、物語が原作のストーリーラインに戻る気配がない。ーーーー今回のことで、脱線した物語が元通りになることはないのだと、突きつけられた形だった。
曇り空を見上げながら、これからは何を指針にして進めばいいのかと、私は途方に暮れた。
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