128 / 152
127
しおりを挟むぱっちりと目を開けると、見慣れない天井があった。
天幕の屋根を支える細い梁を、ランプの橙色の光が照らしている。
(ここはどこ?)
自分がどこにいるのかわからなくて、混乱した。
「あ、お目覚めですか!」
天井ばかり見つめていた私の視界の中に、ぱっとシュリアが入ってくる。
シュリアがそばにいてくれたことに、安心した。身体を起こそうとすると、シュリアが手伝ってくれる。
「ここはどこなの?」
「皇室の天幕です。ダンスを踊った後に倒れたことを、覚えてますか?」
「あ・・・・」
陛下とダンスを踊った後に、激しい眩暈に襲われて、意識を失ったことを、ようやく思い出した。
「気絶したアルテ様を、陛下が抱きかかえて、ここまで運んでくれたんです」
「陛下が?」
「ええ」
事情を聞いた瞬間に、落ちこんだ。また、陛下に迷惑をかけてしまったようだ。それに体調管理もできずに、大勢の前で倒れるなんて、顔から火が出るほど恥ずかしい。
「・・・・陛下に、また迷惑をかけてしまったわ」
「陛下は、迷惑だなんて思っていないと思います。アルテ様のことを本当に心配されていましたから。あんなに焦っているところを、はじめてみました」
シュリアはそう言ってくれたけれど、沈んだ気持ちを立て直すことはできなかった。
「陛下は今、所用で席を外していますが、すぐに戻ってくるとおっしゃっていました。待ちますか?」
「ええ、きちんとお礼を伝えないと。それから、すぐに帰ることにするわ」
「それでは、アルムガルトの馬車に、出発の準備をするように伝えてきます」
シュリアは立ち上がったけれど、途中で何か思い出したようだった。
「そう言えば、父からの伝言を伝え忘れていました」
「何かしら?」
「アルテ様の元旦那様が押しかけてきて、口論になったそうですね」
「ああ、その話ね・・・・」
自嘲的な気持ちになる。
元夫との口論なんて醜聞だし、結局クリストフを呼ばずに解決できたのだから、シュリアにはこの件を知られたくなかった。でも噂好きの令嬢や夫人の中に身を置いている彼女に、知られないように、なんて、どだい無理な話だったのだろう。
「クリストフにも迷惑をかけて申し訳ないわ。でも、もう解決・・・・」
「許しがたいことです」
シュリアの声から怒りを感じて、ぎょっとする。
「根も葉もない噂を持ちだしてまで、アルテ様に言いがかりをつけてくるなんて、看過できないことです。しかもアルテ様は今日は不調だったのに、あの方は体調を悪化させるようなことをしました。父も激怒しています」
「あ、えっと・・・・」
「ジャコブ様のことは、父が対処するそうです。二度とこんなことが起こらないようにするということでしたので、後のことはすべて父に任せて、アルテ様はこの件に思いわずらうことがないよう、ゆっくりとお休みください」
「そ、そう・・・・ありがとう」
シュリアはにっこりと笑って、天幕を出ていった。
(何をするつもりなのかしら?)
クリストフの〝対処〟という言葉が気になったものの、もう考える気力が残っていなかった。
すぐに戻るということだったけれど、陛下はなかなか戻ってこなかった。貴族達が帰る前に、陛下に挨拶をしに来るだろうし、狩猟大会の後始末で忙しいのだろう。
(こっちからお礼を言いに行ったほうが早いのかも)
忙しい陛下に、わざわざ天幕と会場の間を行き来してもらうのも心苦しい。手間を省くために自分から会いに行こうと思い、私は上着を羽織って、外に出た。
「まったく・・・・アルムガルト侯爵も本当にやるよな」
狩猟場のほうへ向かおうとしたとたん、どこからか聞こえてきた声に、身体が硬直していた。
「どうやって陛下に取り入ったのかわからないが、トロフィーを受け取った上に、ダンスまで申し込むように仕向けるとは」
天幕の裏側にいる三人の騎士が、大きな声で陰口を叩いていた。
「それで陛下が他の令嬢と踊ったら、倒れて気を引いたのか?」
「陛下もどうして、あんな女に構うんだか・・・・」
「どう考えても、シュリア嬢やアリアドナ嬢のほうがいいよな?」
「どうせ、汚い手口で取り入ったんだろ」
「まあそれでこそ、皇国一の悪女の面目躍如だよな」
騎士達はそう言って、爆笑する。
気づくと、膝が震えていた。ひどい言いがかりだ。でもこれぐらいの誤解や中傷は、私にとっては日常茶飯事だった。だから普段通り、素知らぬ顔で聞き流せばいい。
ーーーーでもなぜかその時は、いつもは当然のようにできていたことが、できなくなっていた。
身体が不調だと、精神まで衰弱してしまうようだ。だから言い返すことも、聞き流して通りすぎることもできずに、こうやって立ち尽くしていることしかできない。
騎士達はまだ、私の悪口を言い続けていた。せめて聞かずにすむように、私は天幕の反対側に隠れて、耳を塞ぐ。
ーーーーもう何も見たくない、何も聞きたくない。だから私は耳を塞ぎ、瞼もきつく閉じ、ただ時間が過ぎるのを待つ。
そうやってすべての感覚を閉ざしていたから、私は近づいてくる人影や足音にまったく気づかなかった。
「どうしたんだ?」
気づくと、私の目の前にヨルグ陛下が立っていた。
「あ・・・・」
すぐにでも言い訳しなければならなかったのに、声が出てこなかった。頭の中は真っ白で、ろくな言葉が浮かばない。
「侯爵は大会がはじまるまえに、元旦那と言い争ったらしいな。どんな醜い言い争いをしたのか、ぜひ見物したかった」
「陛下もあんな女に篭絡されるぐらいなら、さっさと他の令嬢と結婚しておけばよかったんだよ」
知られたくなかったのに、騎士達の罵倒はまた続いていた。
それを耳にして事情を察したのか、陛下の眉が吊り上がる。
こんな話、陛下にだけは聞かれたくなかった。恥ずかしさといたたまれなさで、私は震えながらうつむく。
「・・・・!」
ーーーー陛下の大きな手が、私の耳を包みこんだ。
その瞬間に、騎士達の声は一切聞こえなくなった。
顔を上げると、ヨルグ陛下の顔が思ったよりも近くにあって、呼吸が止まる。手の平を通して、陛下の体温をわずかに感じると、不思議と安心できた。それで、身体の震えも止まる。
「あいつらの声が悲鳴に変わるまで、耳を塞いでいろ」
陛下は私の両手を両耳に持っていくと、そう言って、私から離れていった。
どういう意味だろうと不思議に思ったけれど、すぐに理解する。
「ぎゃあ・・・・!」
騎士達の声が、悲鳴に変わったからだ。
思わず振り返ると、騎士の一人がうずくまっていた。他の二人は目を見開いて、立ち尽くしている。
陛下の手には、剣の鞘が握られていた。
どうやらうずくまっている騎士は、その鞘で頭を殴られたらしい。
「へ、陛下、これはあの・・・・!」
「・・・・盛り上がってたみたいだな」
陛下に笑顔で詰め寄られると、騎士達は凍りついた。
「何の話をしてたんだ? 内容がよく聞き取れなかったから、俺の前でもう一度話してみろ」
「それは、その・・・・」
「ーーーーまさか、俺や、中にいる客人に聞かせられないような下衆な話を、こんな場所で堂々としてたんじゃないだろうな?」
陛下が笑顔を消して、眼光をぎらつかせながら、騎士達に詰めよる。事態の深刻さを悟って、騎士達の膝が震えはじめていた。
「お、お許しください!」
騎士達はひざまずき、許しを請う。そんな彼らを見下ろし、陛下は舌打ちした。
「お前らの処分は、後で決める。今すぐ失せろ」
騎士達は脱兎のごとく逃げだし、後ろ姿はすぐに見えなくなった。
「悪かった。二度とこんなことは起こらないようにする。・・・・こんなつもりじゃなかった」
陛下のせいじゃないのに、彼は責任を感じているようだった。
「私は、平気ですよ」
陛下が罪悪感を覚えずにすむように、そう言ったけれど、さっきの情けない姿を見られた後では、説得力がなかっただろう。
「一度ついてしまったイメージは、なかなか消えないものですから・・・・私のような人間は、目立てば目立つほど、ボロクソに言われるものです」
「・・・・・・・・」
「あ、でもこれは、陛下のせいじゃありませんからね」
誤解されないよう、そう付け加えた。
「今日は陛下のおかげで、とても楽しかったです。ありがとうございました」
陛下は夜会の続きとして、今日、私を特別扱いしてくれたのだろう。皇帝と親交が深いことをまわりに知らしめれば、私の立場が安定するという思惑があったのだろうと思う。
ーーーーでも、狙ったようにはいかないものだ。一度世間から嫌われてしまった私のような存在が、権力者から特別扱いされると、むしろ〝贔屓されている〟という面が強調されることになってしまう。思惑とは逆に、不満を向けられる結果になってしまうのだ。
その日はなんとも言えない空気を引きずったまま、陛下に別れの挨拶をすることになった。
(もう・・・・限界ね)
馬車に揺られながら、窓の外を眺め、私は考えにふける。
ーーーー限界を感じていた。魔力不足でずっと不調続きの上、今日は感情さえ抑えきれなかった。自分がふがいなくて、悲しい気持ちになる。体調と感情は繋がっているのだと、あらためて思い知らされた一日だった。
幸い、国外脱出の準備は、着々と進んでいる。
(・・・・また迷惑をかける前に、遠くに行こう)
決めかねていた覚悟が、ようやく決まった瞬間だった。
0
あなたにおすすめの小説
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜+おまけSS
himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。
えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。
ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ!
アルファポリス恋愛ランキング入りしました!
読んでくれた皆様ありがとうございます。
*他サイトでも公開中
なろう日間総合ランキング2位に入りました!
結婚したけど夫の不倫が発覚して兄に相談した。相手は親友で2児の母に慰謝料を請求した。
佐藤 美奈
恋愛
伯爵令嬢のアメリアは幼馴染のジェームズと結婚して公爵夫人になった。
結婚して半年が経過したよく晴れたある日、アメリアはジェームズとのすれ違いの生活に悩んでいた。そんな時、机の脇に置き忘れたような手紙を発見して中身を確かめた。
アメリアは手紙を読んで衝撃を受けた。夫のジェームズは不倫をしていた。しかも相手はアメリアの親しい友人のエリー。彼女は既婚者で2児の母でもある。ジェームズの不倫相手は他にもいました。
アメリアは信頼する兄のニコラスの元を訪ね相談して意見を求めた。
断罪前に“悪役"令嬢は、姿を消した。
パリパリかぷちーの
恋愛
高貴な公爵令嬢ティアラ。
将来の王妃候補とされてきたが、ある日、学園で「悪役令嬢」と呼ばれるようになり、理不尽な噂に追いつめられる。
平民出身のヒロインに嫉妬して、陥れようとしている。
根も葉もない悪評が広まる中、ティアラは学園から姿を消してしまう。
その突然の失踪に、大騒ぎ。
【完結】婚約発表前日、貧乏国王女の私はお飾りの妃を求められていたと知りまして
Rohdea
恋愛
────とうとうこの時が来たのね
決められた運命を受け入れて生きていくつもりだったのに────
貧乏国の王女のウェンディ。
貧乏だろうと王女として生まれたからには、国のために生きるのが当たり前。
そう思って生きて来た。
そんなある日、婚約が決まったことを父親から告げられる。
その相手は女癖が悪いという噂の他国の王子。
複雑な思いを抱くもこれは国のためにも受け入れるべき結婚。断るなんて選択肢はない。
そう腹を括ったウェンディに対して、なぜか様子がおかしくなったのは、
護衛騎士のエリオット。
そんな彼の様子を不思議に思いながらも、婚約者となった王子、ヨナスとの対面を果たすウェンディ。
愛はなくてもせめてお互いを尊重しやっていけたなら……
そう考えていたウェンディに対してヨナスは、
はっきりと“お飾りの妃”を求めているのだと口にした。
それを聞いたウェンディは────……
⋆˳˙ ୨୧…………………………………………………………………………………………………………………୨୧˙˳⋆
関連作
『結婚式当日、婚約者と姉に裏切られて惨めに捨てられた花嫁ですが』
『誕生日当日、親友に裏切られて婚約破棄された勢いでヤケ酒をしましたら』
『記念日当日、婚約者に可愛くて病弱な義妹の方が大切だと告げられましたので』
※こちらのシリーズ作品のスピンオフとなります。
リクエストのありました、
全ての作品に出ていて記念日~ではヒーローにまで昇進した、
陽気な公爵令息エドゥアルトの両親の話。
時系列的に『誕生日当日~』より前の話。
なのでベビーは出ませんが、若かりし頃のガーネットは登場します。
(追記 その後を書いたのでベビーたちも登場しました)
[完結]私を巻き込まないで下さい
シマ
恋愛
私、イリーナ15歳。賊に襲われているのを助けられた8歳の時から、師匠と一緒に暮らしている。
魔力持ちと分かって魔法を教えて貰ったけど、何故か全然発動しなかった。
でも、魔物を倒した時に採れる魔石。石の魔力が無くなると使えなくなるけど、その魔石に魔力を注いで甦らせる事が出来た。
その力を生かして、師匠と装具や魔道具の修理の仕事をしながら、のんびり暮らしていた。
ある日、師匠を訪ねて来た、お客さんから生活が変わっていく。
え?今、話題の勇者様が兄弟子?師匠が王族?ナニそれ私、知らないよ。
平凡で普通の生活がしたいの。
私を巻き込まないで下さい!
恋愛要素は、中盤以降から出てきます
9月28日 本編完結
10月4日 番外編完結
長い間、お付き合い頂きありがとうございました。
元公爵令嬢は年下騎士たちに「用済みのおばさん」と捨てられる 〜今更戻ってこいと泣きつかれても献身的な美少年に溺愛されているのでもう遅いです〜
日々埋没。
ファンタジー
「新しい従者を雇うことにした。おばさんはもう用済みだ。今すぐ消えてくれ」
かつて婚約破棄され、実家を追放された元公爵令嬢のレアーヌ。
その身分を隠し、年下の冒険者たちの身の回りを世話する『メイド』として献身的に尽くしてきた彼女に突きつけられたのは、あまりに非情な追放宣告だった。
レアーヌがこれまで教育し、支えてきた若い男たちは、新しく現れた他人の物を欲しがり子悪魔メイドに骨抜きにされ、彼女を「加齢臭のする汚いおばさん」と蔑み、笑いながら追い出したのだ。
地位も、居場所も、信じていた絆も……すべてを失い、絶望する彼女の前に現れたのは、一人の美少年だった。
「僕とパーティーを組んでくれませんか? 貴方が必要なんです」
新米ながら将来の可能性を感じさせる彼は、レアーヌを「おばさん」ではなく「一人の女性」として、甘く狂おしく溺愛し始める。
一方でレアーヌという『真の支柱』を失った元パーティーは、自分たちがどれほど愚かな選択をしたかを知る由もなかった。
やがて彼らが地獄の淵で「戻ってきてくれ」と泣きついてきても、もう遅い。
レアーヌの隣には、彼女を離さないと誓った執着愛の化身が微笑んでいるのだから。
虐げられていた次期公爵の四歳児の契約母になります!~幼子を幸せにしたいのに、未来の旦那様である王太子が私を溺愛してきます~
八重
恋愛
伯爵令嬢フローラは、公爵令息ディーターの婚約者。
しかし、そんな日々の裏で心を痛めていることが一つあった。
それはディーターの異母弟、四歳のルイトが兄に虐げられていること。
幼い彼を救いたいと思った彼女は、「ある計画」の準備を進めることにする。
それは、ルイトを救い出すための唯一の方法──。
そんな時、フローラはディーターから突然婚約破棄される。
婚約破棄宣言を受けた彼女は「今しかない」と計画を実行した。
彼女の計画、それは自らが代理母となること。
だが、この代理母には国との間で結ばれた「ある契約」が存在して……。
こうして始まったフローラの代理母としての生活。
しかし、ルイトの無邪気な笑顔と可愛さが、フローラの苦労を温かい喜びに変えていく。
さらに、見目麗しいながら策士として有名な第一王子ヴィルが、フローラに興味を持ち始めて……。
ほのぼの心温まる、子育て溺愛ストーリーです。
※ヒロインが序盤くじけがちな部分ありますが、それをバネに強くなります
※「小説家になろう」が先行公開です(第二章開始しました)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる