二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

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 ぱっちりと目を開けると、見慣れない天井があった。


 天幕の屋根を支える細い梁を、ランプの橙色の光が照らしている。


(ここはどこ?)


 自分がどこにいるのかわからなくて、混乱した。


「あ、お目覚めですか!」


 天井ばかり見つめていた私の視界の中に、ぱっとシュリアが入ってくる。


 シュリアがそばにいてくれたことに、安心した。身体を起こそうとすると、シュリアが手伝ってくれる。


「ここはどこなの?」

「皇室の天幕です。ダンスを踊った後に倒れたことを、覚えてますか?」

「あ・・・・」


 陛下とダンスを踊った後に、激しい眩暈に襲われて、意識を失ったことを、ようやく思い出した。


「気絶したアルテ様を、陛下が抱きかかえて、ここまで運んでくれたんです」

「陛下が?」

「ええ」


 事情を聞いた瞬間に、落ちこんだ。また、陛下に迷惑をかけてしまったようだ。それに体調管理もできずに、大勢の前で倒れるなんて、顔から火が出るほど恥ずかしい。


「・・・・陛下に、また迷惑をかけてしまったわ」


「陛下は、迷惑だなんて思っていないと思います。アルテ様のことを本当に心配されていましたから。あんなに焦っているところを、はじめてみました」


 シュリアはそう言ってくれたけれど、沈んだ気持ちを立て直すことはできなかった。


「陛下は今、所用で席を外していますが、すぐに戻ってくるとおっしゃっていました。待ちますか?」

「ええ、きちんとお礼を伝えないと。それから、すぐに帰ることにするわ」

「それでは、アルムガルトの馬車に、出発の準備をするように伝えてきます」


 シュリアは立ち上がったけれど、途中で何か思い出したようだった。


「そう言えば、父からの伝言を伝え忘れていました」

「何かしら?」

「アルテ様の元旦那様が押しかけてきて、口論になったそうですね」

「ああ、その話ね・・・・」


 自嘲的な気持ちになる。

 元夫との口論なんて醜聞だし、結局クリストフを呼ばずに解決できたのだから、シュリアにはこの件を知られたくなかった。でも噂好きの令嬢や夫人の中に身を置いている彼女に、知られないように、なんて、どだい無理な話だったのだろう。


「クリストフにも迷惑をかけて申し訳ないわ。でも、もう解決・・・・」


「許しがたいことです」


 シュリアの声から怒りを感じて、ぎょっとする。


「根も葉もない噂を持ちだしてまで、アルテ様に言いがかりをつけてくるなんて、看過できないことです。しかもアルテ様は今日は不調だったのに、あの方は体調を悪化させるようなことをしました。父も激怒しています」


「あ、えっと・・・・」


「ジャコブ様のことは、父が対処するそうです。二度とこんなことが起こらないようにするということでしたので、後のことはすべて父に任せて、アルテ様はこの件に思いわずらうことがないよう、ゆっくりとお休みください」


「そ、そう・・・・ありがとう」


 シュリアはにっこりと笑って、天幕を出ていった。


(何をするつもりなのかしら?)


 クリストフの〝対処〟という言葉が気になったものの、もう考える気力が残っていなかった。


 すぐに戻るということだったけれど、陛下はなかなか戻ってこなかった。貴族達が帰る前に、陛下に挨拶をしに来るだろうし、狩猟大会の後始末で忙しいのだろう。


(こっちからお礼を言いに行ったほうが早いのかも)


 忙しい陛下に、わざわざ天幕と会場の間を行き来してもらうのも心苦しい。手間を省くために自分から会いに行こうと思い、私は上着を羽織って、外に出た。




「まったく・・・・アルムガルト侯爵も本当にやるよな」


 狩猟場のほうへ向かおうとしたとたん、どこからか聞こえてきた声に、身体が硬直していた。


「どうやって陛下に取り入ったのかわからないが、トロフィーを受け取った上に、ダンスまで申し込むように仕向けるとは」


 天幕の裏側にいる三人の騎士が、大きな声で陰口を叩いていた。


「それで陛下が他の令嬢と踊ったら、倒れて気を引いたのか?」

「陛下もどうして、あんな女に構うんだか・・・・」

「どう考えても、シュリア嬢やアリアドナ嬢のほうがいいよな?」

「どうせ、汚い手口で取り入ったんだろ」

「まあそれでこそ、皇国一の悪女の面目躍如めんもくやくじょだよな」


 騎士達はそう言って、爆笑する。


 気づくと、膝が震えていた。ひどい言いがかりだ。でもこれぐらいの誤解や中傷は、私にとっては日常茶飯事だった。だから普段通り、素知らぬ顔で聞き流せばいい。


 ーーーーでもなぜかその時は、いつもは当然のようにできていたことが、できなくなっていた。


 身体が不調だと、精神まで衰弱してしまうようだ。だから言い返すことも、聞き流して通りすぎることもできずに、こうやって立ち尽くしていることしかできない。

 騎士達はまだ、私の悪口を言い続けていた。せめて聞かずにすむように、私は天幕の反対側に隠れて、耳を塞ぐ。


 ーーーーもう何も見たくない、何も聞きたくない。だから私は耳を塞ぎ、瞼もきつく閉じ、ただ時間が過ぎるのを待つ。



 そうやってすべての感覚を閉ざしていたから、私は近づいてくる人影や足音にまったく気づかなかった。



「どうしたんだ?」


 気づくと、私の目の前にヨルグ陛下が立っていた。


「あ・・・・」


 すぐにでも言い訳しなければならなかったのに、声が出てこなかった。頭の中は真っ白で、ろくな言葉が浮かばない。



「侯爵は大会がはじまるまえに、元旦那と言い争ったらしいな。どんな醜い言い争いをしたのか、ぜひ見物したかった」

「陛下もあんな女に篭絡されるぐらいなら、さっさと他の令嬢と結婚しておけばよかったんだよ」


 知られたくなかったのに、騎士達の罵倒はまた続いていた。


 それを耳にして事情を察したのか、陛下の眉が吊り上がる。


 こんな話、陛下にだけは聞かれたくなかった。恥ずかしさといたたまれなさで、私は震えながらうつむく。


「・・・・!」



 ーーーー陛下の大きな手が、私の耳を包みこんだ。



 その瞬間に、騎士達の声は一切聞こえなくなった。


 顔を上げると、ヨルグ陛下の顔が思ったよりも近くにあって、呼吸が止まる。手の平を通して、陛下の体温をわずかに感じると、不思議と安心できた。それで、身体の震えも止まる。


「あいつらの声が悲鳴に変わるまで、耳を塞いでいろ」


 陛下は私の両手を両耳に持っていくと、そう言って、私から離れていった。


 どういう意味だろうと不思議に思ったけれど、すぐに理解する。



「ぎゃあ・・・・!」


 騎士達の声が、悲鳴に変わったからだ。


 思わず振り返ると、騎士の一人がうずくまっていた。他の二人は目を見開いて、立ち尽くしている。



 陛下の手には、剣の鞘が握られていた。


 どうやらうずくまっている騎士は、その鞘で頭を殴られたらしい。



「へ、陛下、これはあの・・・・!」


「・・・・盛り上がってたみたいだな」


 陛下に笑顔で詰め寄られると、騎士達は凍りついた。


「何の話をしてたんだ? 内容がよく聞き取れなかったから、俺の前でもう一度話してみろ」


「それは、その・・・・」



「ーーーーまさか、俺や、中にいる客人に聞かせられないような下衆な話を、こんな場所で堂々としてたんじゃないだろうな?」



 陛下が笑顔を消して、眼光をぎらつかせながら、騎士達に詰めよる。事態の深刻さを悟って、騎士達の膝が震えはじめていた。



「お、お許しください!」


 騎士達はひざまずき、許しを請う。そんな彼らを見下ろし、陛下は舌打ちした。



「お前らの処分は、後で決める。今すぐ失せろ」



 騎士達は脱兎のごとく逃げだし、後ろ姿はすぐに見えなくなった。



「悪かった。二度とこんなことは起こらないようにする。・・・・こんなつもりじゃなかった」


 陛下のせいじゃないのに、彼は責任を感じているようだった。


「私は、平気ですよ」


 陛下が罪悪感を覚えずにすむように、そう言ったけれど、さっきの情けない姿を見られた後では、説得力がなかっただろう。


「一度ついてしまったイメージは、なかなか消えないものですから・・・・私のような人間は、目立てば目立つほど、ボロクソに言われるものです」

「・・・・・・・・」

「あ、でもこれは、陛下のせいじゃありませんからね」


 誤解されないよう、そう付け加えた。


「今日は陛下のおかげで、とても楽しかったです。ありがとうございました」


 陛下は夜会の続きとして、今日、私を特別扱いしてくれたのだろう。皇帝と親交が深いことをまわりに知らしめれば、私の立場が安定するという思惑があったのだろうと思う。



 ーーーーでも、狙ったようにはいかないものだ。一度世間から嫌われてしまった私のような存在が、権力者から特別扱いされると、むしろ〝贔屓されている〟という面が強調されることになってしまう。思惑とは逆に、不満を向けられる結果になってしまうのだ。



 その日はなんとも言えない空気を引きずったまま、陛下に別れの挨拶をすることになった。



(もう・・・・限界ね)


 馬車に揺られながら、窓の外を眺め、私は考えにふける。



 ーーーー限界を感じていた。魔力不足でずっと不調続きの上、今日は感情さえ抑えきれなかった。自分がふがいなくて、悲しい気持ちになる。体調と感情は繋がっているのだと、あらためて思い知らされた一日だった。



 幸い、国外脱出の準備は、着々と進んでいる。


(・・・・また迷惑をかける前に、遠くに行こう)


 決めかねていた覚悟が、ようやく決まった瞬間だった。



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