二人の転生悪女 ー偽聖女のヒロイン成り代わり作戦を防げー

炭田おと

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 戦わずにすむ環境にいるため、私の体調はかなり良くなってきていた。


 一方で俗世から切り離されたような、何の不安もない浮世離れした生活を続けているせいで、侯爵としての緊張感や危機感が薄れていることも感じていた。政治への関心が薄れ、情報収集もおろそかになってしまっている。


 時々我に返ると、ぬるま湯のような安心感にどっぷり浸かっている、今の自分の危うさに気づいて、怖くなった。


 外界との唯一の接点である、クリストフからの手紙がなければ、私はすっかり俗世のことを忘れて、この生活を受け入れてしまっていたかもしれない。


 手紙には、建国記念祭のパフォーマンスで、ヨルグ陛下の治世が揺るがないものだと、まわりに再認識させるには十分だったと書かれてあった。



 そうすると次に貴族達が注目するのは、皇后の座に誰が座るのか、という問題だった。



 実質、皇后の座は、家門の強さと派閥の大きさで決まるようなものだ。なので多くの貴族が予想したとおり、今は二大派閥の一つであるバウムガルトナー派が推すシュリアと、ヴュートリッヒ派が推すアリアドナの競争になっているらしい。


 二人はどちらも聖女と呼ばれる存在なので、比較されやすいことも、競争を過熱させる要因だった。



 とはいえ、ダークホースが出てこないとも言いきれない。家門が弱く、派閥を持たなくても、陛下に見染められさえすればチャンスは得られるので、躍起になって娘を陛下に引き合わせようとする貴族もいるそうだ。



 クリストフがつかんだ情報によると、アリアドナはさすがに、反乱分子となったベルント殿下との交流は絶ったようだけれど、ヨルグ陛下の即位後も、フィリップ殿下とは会い続けているのだという。


 かといって、殿下と結婚するつもりもないらしく、あくまでも本命はヨルグ陛下のようだった。結婚相手が陛下でなければ、皇后になれないからだろう。


 本命はヨルグ陛下でも、アリアドナはフィリップ殿下の心も手放したくないようだ。彼女が多くの男性に囲まれていたのはもう過去のことだけれど、それでも取り巻きを一人でも失いたくはないらしい。


 なのでフィリップ殿下から求婚されても、〝私はヴュートリッヒ家を背負っているから、陛下との結婚を望まれている〝と言って、悲劇の令嬢を装い、のらりくらりとかわしているそうだ。


(ヴュートリッヒ派はやっぱりエルネスタじゃなく、アリアドナを推すことに決めたのね。・・・・アリアドナはまだ、皇后になることを諦めてないんだわ)


 アリアドナの性格を考えれば、当然かもしれない。でも色々あったから、アリアドナも皇后の座を諦めているかもしれないという淡い期待があった。


 私とクリストフは、ヴュートリッヒ家の新しい当主になったマルティンが、アリアドナとエルネスタのどちらを推薦するのか、それに注目していた。マルティンは血の繋がっていないアリアドナと、あまり仲が良くないという情報をつかんでいたからだ。


 けれど結局彼は、影響力の強さを考慮したのか、アリアドナのほうを選んだようだ。



 ところが、結婚させようとする貴族達の加熱とは裏腹に、ヨルグ陛下はまわりからの圧力をのらりくらりとかわして、相手を決めようとしないらしい。



 決断を急がせようとして、貴族の一人が結婚を勧めようものなら、睨まれてしまうそうだ。


 クリストフもこの陛下の態度には頭を悩ませているようで、〝もし聞けるのなら、恋人がいるかどうか、探りを入れてほしい〟という言葉で、文面は締めくくられていた。


(恋人・・・・そういえば、考えたこともなかった)


 ヨルグ陛下のように、見た目がよく地位が高い男性には、複数人の恋人がいるのが一般的だ。いてもおかしくないのに、なぜか考えたことすらなかった。


 複雑な気持ちを抱えたまま、私は手紙を蝋燭にかざし、崩れて灰になるのを見届ける。


(ヨハンナなら、なにか知ってるかも)


 探りを入れると言っても、陛下本人に、恋人がいるのかどうか、聞く勇気はない。でも使用人なら、何か知っている可能性はある。一番教えてくれそうな可能性が高いのは、ヨハンナだろうか。


(答えてくれないかもしれないけど・・・・)


 使用人達はみな、口が堅い。雇い主のプライベートなことを、簡単に教えてくれるとは思えなかった。


 だとしても、世間話を装って聞くだけなら、罰せられることはないはずだ。


(聞くなら、二人きりの時がいいはず)


 ヨハンナから聞きだそうとしても、他の使用人が聞き耳を立てている状況では、止められてしまう可能性が高い。だから、二人きりの時を狙わなければならなかった。



 聞きだすタイミングを探りつつ、いつものように過ごしていると、ヨハンナと二人きりで話をするチャンスが訪れた。



 昼頃にお菓子の差し入れがあったので、一人で食べるのは寂しいからと、一緒に食べてほしいとヨハンナに頼んでみた。ヨハンナは応じてくれた。


「おいしいですね!」


 お菓子を味わいながら、お喋りに花を咲かせていると、他の使用人は用事ができたのか、いつの間にか退室していた。ヨハンナと二人きりで話をするチャンスは今しかないと思い、私はその話題を口にした。


「そういえば、陛下は忙しいようだけれど、恋人との時間は作れているの?」


 するとヨハンナは目を瞬かせる。


「恋人ですか?」

「いないの?」

「いないと思います。・・・・少なくとも私は、そういった人を見かけたことも、噂を聞いたこともありません」

「そう・・・・」


 なぜか安堵している自分自身に気づいて、怖くなった。


「・・・・閣下はもしかして、今まで陛下に恋人がいると思っていたんですか?」


 考えこんでいると、ヨハンナが話しかけてくる。


「いてもおかしくないでしょ?」

「おかしくはないですが・・・・もしいたとしたら、多忙な中、ここを訪ねてくる時間も作れないと思います」


 確かに、陛下は一日中政務に追われている。だから恋人との時間を作ることも難しいはずだし、その時間を作っていたら、私の様子を見に来る暇なんてなかっただろう。


「ご心配なさらずとも、陛下はああ見えて、本当は誠実な方なんです。何人もの女性をそばに置いたり、軽い気持ちで近くにいる女性に手を出したこともありません。陛下は閣下のことを、本当に大事に想っていらっしゃいますから、大切にしてくれるはずです」


 予想外のことを言われて、私が思わず黙ると、ヨハンナは、陛下がいかに私が困ることがないように気を配っているか、私の体調管理に気を付けているかを説明しはじめた。


「ヨハンナ・・・・それは、本当に誤解なのよ」


 訂正したはずなのに、まだヨハンナの誤解が続いているようなので、もう一度伝えておこうと思った。


「私と陛下は、そんな関係じゃない。そんなことを言われたことも、一度もないもの。陛下は素直な方だから、もし気持ちがあったなら、とっくに言っているはずよ」

「それは・・・・なぜ陛下が、気持ちを伝えないのかはわかりませんが・・・・」


 ヨハンナは言いよどみながらも、言葉を探している様子だった。


「閣下の安全のためとはいえ、ここに閉じこめていることは事実ですから、陛下も罪悪感から距離感を測りかねて、本音を語れなくなっているのかもしれません。今は閣下を怖がらせないように、慎重に距離を縮めようとしているんだと思いますか? 閣下はその・・・・警戒心が強すぎる野良猫のようなところがありますから」


「・・・・・・・・」


 ヨハンナなりに、言葉を尽くそうとがんばってくれたのだろう。


 でも、たとえ話にしても警戒心が強すぎる野良猫はないと思う。ヨルグ陛下のことを、警戒心が強い野良犬呼ばわりしたことが、今さら自分に跳ね返ってきたようだ。


「陛下は口調が乱暴なせいか、誤解されがちですが、本当は優しい方なんです。使用人として働きはじめて長いですが、雇い主が理不尽なことを言ったり、無理なことを要求してくることは珍しいことじゃありませんでした。でもクロイツェルのタウンハウスは、陛下のおかげで理想的な職場だったんです。陛下は仕事さえきちんとしておけば、干渉してこない方でしたから、自分の仕事に集中できました」


 ヨハンナの上司自慢に、私はたじたじになる。前々からうすうす感じていたことだけれど、ヨハンナは陛下のことを深く尊敬しているようだ。


「そ、そうなのね・・・・」


 なんと答えればいいのかわからなくて、私は曖昧な相槌を打つ。



「・・・・ところで閣下は、なぜ突然、そんなことをお聞きになったんですか?」


 今度は質問を返されて、私はますますたじろいでしまった。


「・・・・陛下の結婚相手が誰になるのか、知りたかったの。誰が皇后になるかで政界の勢力図が大きく変わるから、生き残るためには知っておかないと」

「アルムガルト家を守るためですか?」

「それもあるけど・・・・自分を守るためにも、知らなければならないの」



 もし、次の皇后にアリアドナが選ばれるならーーーー間違いなく、私は危機的状況に立たされることになる。私だけじゃない、クリストフやシュリアの安全だって、脅かされることになるだろう。



「私は、生き残りたいの。ーーーーそのためなら、何でもする覚悟はある」


「何でも・・・・」


 ヨハンナは何を思ったのか、私の言葉を繰り返し、考えこんでしまった。


「ヨハンナ?」

「あ、すみません。閣下のその言葉が気になったので・・・・」

「なにか、おかしなことを言ったかしら?」


 気づかないうちにおかしなことを口走っていたのかもしれないと思い、そう聞いた。


「いいえ、閣下はおかしなことなんて言ってませんよ。ただ・・・・」


 ヨハンナは言葉を選びなおそうとしたのか、いったん間を置く。


「ただ、閣下の目的が生き残ることなら、令嬢を皇后にしようとあれこれ画策するよりも、もっと手っ取り早い方法があると思ったんです。それも、すぐ近くに」

「手っ取り早い方法・・・・」

「陛下はとても、情が深い方です」


 私の目をまっすぐ見て、ヨハンナは微笑む。


「本当はとても、献身的な方なんですよ。陛下のお母上の、フロレンツィア様のお世話をしていた方と話したことがあるんですが、陛下は幼いのに、臥せってしまったフロレンツィア様のことを一生懸命看病していたそうです」


「・・・・・・・・」


「陛下は大事な人達を、絶対に守り抜こうとする方です。たとえどんな犠牲を払ってでも、守ることを諦めないでしょう。・・・・ですから閣下のほうから、陛下に歩み寄ってみてはどうでしょうか? 深い関係になれば、閣下の〝生き残りたい〟という願いは、叶うはずです。むしろ、死ぬことのほうが難しくなるかもしれませんよ?」


 どんなふうにも受け取れる内容で、困惑した。


 ヨハンナの言う、深い関係とは、主従関係のことなのか、それとも恋人関係のことなのか、あるいはどちらも、という意味だったのかもしれない。


 でも、ヨハンナが伝えたいことはなんとなくわかる。



 ーーーー必ず守ると約束する。


 陛下の言葉を思い出したけれど、なぜかその続きを考えることを恐ろしく感じて、私はそこで思考をシャットダウンした。



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