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しおりを挟む「・・・・魅惑の瞳って、どういうものなんだ?」
決心がつかずに黙りこんでいると、陛下のほうから話しかけてきた。
「え?」
「前に、俺が魅惑の瞳の影響を受けないって言ってただろ」
それでまだ私達が隠家にいた時に、うっかり口に出してしまった呟きを、彼に聞かれてしまったことを思い出した。
「よ、よく覚えてますね・・・・」
私にとってはただの呟きでしかなくて、陛下に言われるまで、すっかり忘れていた出来事だった。
「意味ありげな言葉だったからな。ずっと頭に引っかかってたんだよ」
「本当に油断ならない・・・・」
「侯爵が油断しすぎなんじゃないか?」
「・・・・・・・・」
「まあ、魅惑の瞳って名前だけで、あるていどどんな代物なのか察することはできるが。・・・・それを持ってるのが、ヴュートリッヒの聖女なのか?」
ここまで見抜かれているなら、もう誤魔化しても仕方がないと思い、私は素直にうなずいた。
「目の中に取りこんで使う、魔法道具だそうです。それを取りこんでから相手の目を見ると、男女問わず魅了することができるんだとか」
「なるほど・・・・謎が解けたな」
陛下は少しだけうつむくと、顎に手を当てた。
「謎?」
「・・・・ずっと、不気味に思ってたんだ」
陛下の目は、研ぎ澄まされたように鋭くなる。
「あの女は伝染病や火事のことで功績があって、だからまわりから称賛されているということはわかる。だが社交界であの女が放つ些細な一言を、まわりが大げさに持ち上げることまでは、理解できなかった。・・・・洗脳されたみたいな反応で、気味が悪かったんだ」
私達が心配しなくても、ヨルグ陛下はずっと前にアリアドナがまわりに及ぼす異変を見抜いていたようだ。
「それにあの女の目を見た時ーーーー言葉では言い表せない気持ち悪さに襲われた。頭の中を覗きこまれているようなーーーーそんな気持ち悪さだ。だからあの女を遠ざけたかったが、向こうはまるで、十年来の友人みたいな態度で、馴れ馴れしく話しかけてくる。権力を持った女だから、邪険にするわけにもいかず、遠ざけられなかった」
「嫌だったんですか? アリアドナが馴れ馴れしくしても、陛下は振り払ったりしないから、てっきり彼女のことは嫌っていないのかと・・・・」
ヨルグ陛下はよほどの事情がないかぎりは、好き嫌いの感情をはっきりと態度に出す人だ。だからアリアドナのスキンシップを振り払ったりしないのは、アリアドナにたいして好意的だからだろうと思っていた。
「俺のまわりの人間が、ヴュートリッヒの聖女の影響力を気にしてたんだ。そいつらから、聖女の機嫌を損なわないようにと注意された。だからべたべたと触られることは不快だったが、突き放すことはせずに、一定の距離を置いて観察することにしたんだ」
それを聞いて、今までのアリアドナにたいする陛下の態度に合点がいった。
私は今までずっと、陛下がアリアドナに一定の配慮を見せていると思いこんでいたけれど、あれは配慮ではなく、警戒だったのだ。
魅惑の瞳の影響を受けないのであれば、アリアドナにたいするまわりの反応が不気味に見えるというのも、うなずける。アリアドナが距離を縮めるために使うスキンシップも、魅惑の瞳の影響力がなければ、逆に反感を買う結果にしかならなかったのだろう。
「・・・・意外ときちんと、まわりの忠告を聞いているんですね」
「俺をなんだと思ってるんだ? ・・・・俺が落ちぶれたら、ついてきてくれた連中まで一緒に潰されることになるんだから、慎重になるのは当然だろ」
「でも、アルホフ卿は・・・・」
「自分の身は自分で守れる」
陛下は、政治の問題ではきちんと側近の声に耳を傾けているようなのに、警備の問題では、自分の主張を譲る気はないようだ。やはり、アルホフ卿が気の毒だった。
「それで、あの女は他に何をしている? カウフマンの時も怪しいと思っていたが、あれにもからくりがあるんだろう?」
「気づいてたんですか?」
「当たり前だ。話し合いを意味もなくだらだらと長引かせていた連中が、交渉役が聖女に代わっただけで、手の平を返したんだぞ。あんなに簡単に妥協するなんて、どう考えても不自然だろ。袖の下でも握らせたのか?」
陛下がここまで勘づいているなら、もう隠すのは無意味だと思った。
「すべてお話しします。・・・・ですが、その前にもう一つだけ、聞きたいことがあるんです」
「なんだ?」
「港で私を襲ってきた暗殺者は、どうなったんですか?」
「連中のことか・・・・」
とたんに陛下の表情が険しくなった。
「・・・・あらかじめ、何かの呪いをかけられていたらしく、尋問しようとすると苦しみだしてーーーー全員、死んだ」
背筋が凍えた。
アリアドナは、暗殺者の口から自分の名前が出ないように、あらかじめ暗殺者達に、死にいたる呪いを仕掛けておいたのだろう。暗殺が成功しても、失敗しても、どのみち彼らは死ぬ運命だったということだ。
おそらくボリスが、暗殺者を始末しそこねて失脚したことを踏まえての対策だと思うけれど、利害関係でしか繋がっていない相手とはいえ、そこまで残酷な手段に出られるなんてーーーーアリアドナの恐ろしさを、あらためて思い知った瞬間だった。
(・・・・アリアドナが本当はどんな人間なのか、陛下に知ってもらわなければならない)
今までは、私がアリアドナの脅威から、陛下を守るつもりでいた。でも私がこうなった以上、今は陛下が自分で、アリアドナに対応するしかない。
だから、陛下自身に彼女のことを包み隠さず伝えておくべきだと、その時ようやく、決心がついた。
「今から、私が彼女について知っていることをすべて、お話しします」
だから私が知っているアリアドナの情報を、洗いざらい話した。
彼女が聖女の称号を得るために、意図的に伝染病を広めたり、火事を拡大させたこと、自分に批判的な貴族達の部屋に、有害物質を含んでいる塗料を仕込んだこと、自分の対抗馬になりそうなシュリアのデビュタントを、手下を使って台無しにしたことまで。
予想以上に長い話になり、順序立てて説明したことで、あらためてアリアドナの罪状が多いことを実感した。話をしただけで私は疲労を感じたので、聞いているだけだった陛下も疲れたことだろう。
「ーーーーというわけなんです」
私は長い話を、暗殺者を送られてくるようになった話で締めくくった。
「・・・・・・・・」
私の話は、色々な経験をしてきた陛下にとっても、やはり衝撃的だったらしく、彼は話が終わった後もしばらく黙ったまま、考えこんでいた。
(・・・・当たり前よね。聖女だと称賛されていた女性が、裏では死を撒き散らしていたんだから)
私もクリストフからこの話を聞いた時は、声を失うほどの衝撃を受けた。だから陛下にも、考える時間が必要なはず。
陛下が口を開くまで、私は待つことにした。
「・・・・予想以上に面白い奴だったみたいだな」
しばらくして陛下の口から出てきた言葉が、それだった。
私は衝撃を受ける。
「・・・・まさか、アリアドナの本当の姿を好きになったとか?」
「そんなわけないだろ。今の話を聞いて、それでも好きだと言える奴なんて自殺志願者だぞ。政敵として潰すには、申し分ない相手って意味だ」
それから陛下は私の顔を見て、なぜか笑う。
「・・・・まあ、侯爵を好きな俺も、自殺志願者とまではいかなくても、そうとうな変わり者には違いない」
「!」
「・・・・まさか、気づいてなかったとか言わないよな?」
真っ赤になっておたおたしている私を見て、陛下は呆れていた。
「俺があれだけ露骨に好意を見せてたのに、本当に気づかなかったのか?」
「へ、陛下はひねくれてるので、ただの冗談なのかと・・・・」
「俺のどこがひねくれてる? 素直すぎるぐらいだろ」
「大真面目に言いますが、もっとご自分を客観的に見てください」
「失礼な奴だな・・・・」
「わ、私のどこを好きになったんですか?」
「それは自分でもわからん」
「わからないんですか・・・・」
好きな点を聞くのはなんだか気恥ずかしいけれど、逆にわからないとここまではっきりと言いきられるのも、それはそれで複雑だ。
ともあれ、これでヨハンナの言葉が正しかったことが証明されてしまった。
ヨハンナの言うとおり、陛下は警戒心が強い私と慎重に距離を縮めるために、はっきりした形では気持ちを伝えようとしなかったのだろう。でも、態度では好意を示していたと思う。私が気づかないふりをしていただけだった。
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