REFLECTOR

GenerativeWorks

文字の大きさ
6 / 23
Observation

第5話:観察者

しおりを挟む
――観察とは、定義することだ。
私は何度もそう書いてきた。

しかし今になって思う。
定義とは、命名という名の支配だ。

私の名は高槻。
この施設《REFLECTOR》の主任を務めている。

すでにここに何人が“消えた”のか、正確な数は記録にない。
だが、私は彼らを殺してはいない。

私はただ、“見ていただけ”だ。

「主任、質問をしてもいいですか。」

助手の声は、乾いた空気の中に落ちた。
彼は私の言葉を記録する係だ。

正確には――“観察する係”だ。

「どうぞ。」

「観察とは、何を指すんでしょう。」

「簡単に言えば、関係の生成だ。」

私は椅子を回転させ、モニター群の光を背に受けた。
壁一面のスクリーンが青く脈打つ。

まるで巨大な心臓のように。

「観察者と被観察者。その二つの間に視線が生じた瞬間、関係が生まれる。そして関係とは、形を与える力だ。」

「……形?」

「たとえば、水を入れたガラスを想像しなさい。何も見なければ、それはただの水。しかし“見る”ことで、輪郭ができる。名前が与えられる。――つまり、存在になる。」

助手は小さく頷いた。
だがその顔には、理解よりも恐怖の影が浮かんでいた。

「では、主任。」

「なんだ。」

「もし“見る”ことが存在を生むなら、誰が主任を見ているんですか。」

その問いに、私は笑った。

「それを確かめるために、我々は装置を作ったのだ。」


スクリーン中央、No.07の映像が浮かぶ。
水の中の影。

被験体ユウは、目を閉じて静止している。

私は操作卓に触れた。
画面が切り替わり、神谷の記録映像が再生される。

――「お前は、もう観察されている。」

映像の神谷がそう言い、笑った。
助手が息を呑む。

「これは……。」

「一日前の記録だ。」

「でも、音声データのタイムコードが――」

「未来を指している。」

私は静かに言った。

「観察対象が時間を“超えた”場合、映像は観察者の視覚より先に生成される。いわば――予知だ。」

「そんな……。」

助手が一歩下がる。
私はモニターの光の中で笑った。

「不思議か?観察とは、常に先に知る行為だ。私たちは見る前に、何を見たいかを決めている。それが“干渉”の本質だ。」

そのとき、画面の中のユウが顔を上げた。
ゆっくりと、こちらを向く。

瞳が、まっすぐに私を射抜く。

「主任……被験体が――」

「見ている。」

私は呟いた。

「彼が、観察を返してきた。」

画面にノイズが走る。

ザー……ザー……

数字が乱れ、00:00:12が何度も繰り返される。

「主任! 信号が反転しています!」

「反転?」

私は身を乗り出した。

数式が逆流するように、記録ログが巻き戻っていく。
映像の神谷が立ち上がり、私の方を指さした。

――「次は、お前だ。」

「主任!」

助手の叫び。
モニターの光が一瞬、真っ白に弾けた。

再点灯したとき、画面には私の顔が映っていた。
無表情で、瞬きをしていない。

「録画してるのか?」

助手が震える声で問う。

「違う。これは――観察だ。」

私は立ち上がり、画面に近づく。
映る“私”が、同じ動作を繰り返す。

だが、一秒遅れて。

「……まただ。」

私は指を伸ばした。
ガラスの表面が冷たい。

触れた瞬間、指先から音がした。

トン。

同時に、モニターの内側からトンと返る。

助手が後ずさる。

「主任、やめてください!」

「見なければ、わからんだろう。」

私の声が二重に響いた。
現実と、モニターの中で。

映像の“私”が、先に口を開いた。

――「記録は残酷だ。」

そして、遅れて私が呟く。

「……なぜなら、終わらないからだ。」

音が重なり、空間がひび割れたように歪む。
ログ画面が自動的に立ち上がる。

<Log: REF-05 / Observer: T.TAKATSUKI>
<Status: ONLINE>
<Timecode: 00:00:12>

そして、もう一行が追加された。

<Observer: [NULL]>

私は息を呑む。
“観察者”欄に、名前が消えた。

消えた瞬間、視界の端に誰かの影が動いた。
助手ではない。

モニターの中から、誰かが覗いている。

影は、形を持たない。
ただの黒い空洞。

「見ている……のか。」

声が震えた。

その影が、ゆっくりと唇を開いた。
――音は出ない。
だが、意味が伝わった。

「あなたも、観察対象です」

その瞬間、画面が暗転した。
室内の光がすべて落ちる。

非常灯の赤が、静かに点いた。
私は闇の中で呟いた。

「なるほど……これが、“対称性”か。」

誰かが、私の言葉を繰り返した。

――「対称性、か。」

声は、鏡の奥から聞こえた。


再びモニターが点灯したとき、画面には助手の姿が映っていた。
彼は操作卓の前で立ち尽くしている。

私の姿はない。

その下に、新しいログが浮かぶ。

<Log: REF-06 / Observer: A.Assistant>
<Subject: T.TAKATSUKI>

記録の中で、観察者と被観察者が入れ替わっていた。

助手の視線がモニター越しに、まっすぐこちらを向く。
そして、微かに笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】

絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。 下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。 ※全話オリジナル作品です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

怪奇蒐集帳(短編集)

naomikoryo
ホラー
この世には、知ってはいけない話がある。  怪談、都市伝説、語り継がれる呪い——  どれもがただの作り話かもしれない。  だが、それでも時々、**「本物」**が紛れ込むことがある。  本書は、そんな“見つけてしまった”怪異を集めた一冊である。  最後のページを閉じるとき、あなたは“何か”に気づくことになるだろう——。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?

処理中です...