聖女の話をしましょうか。~聖女図鑑~

やなぎ怜

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#16 イレギュラー・ホームレス

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 ねえ、聞いてよ。
 ちょっとうれしいことがあったの。
 え? 愚痴?
 今日は愚痴じゃないってば。
 というか、まるで毎回わたしが愚痴ばかり垂れてるような言い草じゃないの。
 ふつうにおしゃべりするときだってあるでしょ?
 ええ? 愚痴に付き合うのとそう変わらないって言いたいの?
 冷たいわねえ……。

 話っていうのはそう、聖女様のことなんだけれど。
 あ、今は元聖女か。
 そうそう、その一年半ほど前に召喚された聖女のことなんだけれどね。
 とうとう就職先が決まったのよ。もぎとった、とも言えるかしら?
 こちらに残るって宣言してから……もう半年も経つのね……それくらい経っているんだけれど、ようやく。

 で、どんな職に就いたと思う?
 え? 推測するには情報が少なすぎるって? まあそうね。
 もったいぶっていても話が進まないし、言っちゃうけれど……巫女よ。巫女。

 ちょっとはおどろくかと思ったんだけど……って、そういえばどんな子かまだ話していなかったんだっけ?
 ちょっと! 違うわよ。ぜったい、老化なんかじゃないってば。
 っていうか魔女は老化なんてしないわよ!
 ホントよ。ホント。
 わたしがウソを話したことなんてある?

 まあ、そんなことは置いておいて。あの子の話なんだけれど。
 あの子は召喚したときにはひどく怯えている様子だったわ。
 まあ、仕方ないわよね。突然、見知らぬ場所へ拉致されれば、だれだってそうなるわ。
 それでも説明されればまあ理解して、次の印象は気さくな女の子って感じだった。

 気になったのは体がちょっと臭ったことくらいかしら?
 あ、もうひとつあったわ。ちょっと服がボロっちかった。
 それから、大きな荷物をひとつだけ持っていたわね。
 今まで来た子の多くは清潔だったし、服もちゃんとしてたから、面食らった人がいたのはたしかね。

 でもだれもそこには触れなかったわ。
 おおかた、家出している最中だとか、たまたまちょっと体が臭っていて、たまたまちょっと古い服を着ていたんだろうって、たいていの人間は解釈した。
 せっかく落ち着いたところだったから、そこからまた機嫌を損ねたくなかったっていうのもあるでしょうけどね。
 だからまずしたのはあの子を風呂に入れることだった。

 まあ、ここまでは普通よね。
 あの子も普通にこちらの言うことを聞いているように見えた。
 でも、実際は違ったのね。

 王宮内の警備って、出入口はガチガチだけれど、中に入っちゃえばそうでもないのよね。
 まあ、国王の私室とかになるとまた話は変わってくるんだけれど……。
 とにかく広いし、部屋数も多いから、全部の部屋に衛兵を置くなんていうのは現実的じゃない。
 だから、一度中に入っちゃうと、場所によってはかなり警備が手薄なところがあるのよね。

 なんでこんな話をしたかって言うと、あの子がやらかしたからね。
 窃盗。盗んだのよ。
 王宮の警備が手薄な部屋から金目のものやらなんやら、恐らく持てるだけ持って、逃げたのよね。
 そう、王宮から逃亡したの。
 侍女が気づいたときには部屋の窓から抜けだしていて、そのあと王宮の部屋を荒らしまわったみたい。
 狙われたのは女中部屋が多かったわね。王宮のパッと目につかない場所にあって、衛兵もいない場所だからかしら?
 中には形見の品を盗まれたって子もいて、阿鼻叫喚だったわ。
 聖女が逃げたっていう意味でも、阿鼻叫喚ではあったわね。

 王宮中が上を下への大さわぎ。
 最初は聖女の逃亡と窃盗事件を結びつける人間はいなかったんだけれど、わたしは全部わかっちゃうからね。
 そう。聖女が逃亡した件でまず呼ばれて、謁見する途中で女中に窃盗事件の話を聞かされたの。
 それでピンと来ちゃった。
 で、調べたらふたつの事件は繋がっていて、犯人は聖女様だったってわけ。
 これにはみんなおどろいていたわ。
 過去に窃盗を働いた聖女や、逃亡した聖女はいなかったわけじゃないけれど、その両方をやって、かつこんな大々的に荒らしまわった聖女はいなかったからね。

 どうやって逃げ出したかって?
 どうやら、定時に食材を運び入れる荷馬車に忍び込んで脱出したみたいなのよ。
 異世界むこうって馬車なんかは珍しいハズなんだけれど、とっさにそこまで頭が回るなんて、ちょっとおどろきよね?
 たいていの子は未知の世界に警戒して、王宮で大人しくしているものなんだけれどね。
 あの子はちょっと、そういうタイプじゃなかったってわけ。

 それにしても大胆よね。初めて来た場所で金品を荒らし回れるのは、ちょっと豪胆がすぎると思うわ。
 え? 褒めてないわよ。
 まあたしかに、ちょっと目を見張るような一大事件だなとは思ったけれど、れっきとした犯罪だしねえ……。

 わたしがのんびりしているように見えるのなら、それは事件が解決しているからよ。
 あの子はちゃんと盗品を返して、ひとりひとりに謝罪もしたから、こうやって振り返れるの。
 意外? まあ、そうかもね。
 わたしもあのときは逃亡しちゃうくらいだから、素直に帰ってはこないだろうとは思っていたのよね。

 わたしがいるんだから、あの子の行方はすぐにわかったわ。
 王都からちょっと離れた場所にある神殿にいたのね。
 そう、あの森の中の。巫女しかいない神殿。
 どうして神殿にいるんだろうと思ったんだけれど、どうもそこで再び盗みに入ろうとしたらしくってねえ……。
 そう、あの神殿に。
 どういう場所か知っている人間だったら、まあまず盗みになんて入らないんでしょうけれど、あの子は異世界人だからね……。

 あそこの巫女はどんな階級の人間だろうが巫女になれる機会がある代わりに、なる方法が荒っぽいもの。
 そうそう。武器はなんでもOK。とにかく今いる巫女と戦って勝てれば新たな巫女になれる、っていう。
 まあそんなところに盗みに入って気づかれたら、どうなるか……わかるわよね?
 ……そう。案の定、ボッコボコにされたみたいよ。まあ、死なない程度ではあったんだけれど。

 でもわたしたちが来たときはあの子、折れた右腕を布で吊り下げたまま、スープを飲んでいたわ。
 どうしてそんなことになっているのかわからなくて、神殿に急行した騎士たちは不思議そうな顔をしていたわね。
 どうやらあの子の身の上話を聞いて同情した巫女がスープを出してあげたみたいなの。
 窃盗犯をボコボコにしたあと同情してスープを出すほうも出すほうだけれど、それで素直に飲むほうも飲むほうよね……。

 まあとにかく、聖女は見つかったんだし連れ戻そうってことになったんだけれど、あの子は抵抗してね。
 戻りたくないって言ったのよ。まあ、盗みを働いた場所に戻りたくないのは、道理よね。
 でね、どうしようかって雰囲気になる間もなく、巫女のひとりがあの子をぶん殴ったのよ。
「アンタは一度戻るべきだよ。それで、盗んだもの全部返してみんなに謝ってきな。盗人なんて、この神殿にいちゃあいけないんだよ」って。
 いきなり殴るもんだから騎士たちもビビってたわね。屈強な男どもでもあそこの巫女は怖いのねえ……。
 まあわたしもあそこの巫女の思考回路はちょっと理解しにくいんだけれど。

 おどろきなのは、そこまでされてもあの子は帰るのを迷ったってところかしら。
 よっぽど巫女たちになついていたのね。
 帰ったら、もう二度とここには来れないんじゃないかって思っていたみたい。
 でもそれをどうにか説き伏せて、盗品といっしょに王宮へ戻ることを了承させたんだけど。

 あの子はどうも、今までの子たちとは違って、路上生活者っていうやつだったらしいのね。
 両親がロクデナシだったから、あの歳で家を飛び出して、根なし草生活。
 娼妓館みたいなところで働いたりもしたけれど、タチの悪いお客に当たって、トラブルで結局辞めちゃったり。
 それでお金も底を尽きかけて、身売りでもしようかってなったときに召喚されたらしいのよ。
 自分からは言わなかったけれど、元の世界では窃盗を働いたことがあるのかもしれないわね……あの手際のよさを鑑みると。
 まあそういう生活をしていたから、猜疑心が強くて他人を信頼できなかったみたい。
 だからってまあ、窃盗が許されるわけじゃないけれど……でもどうしてあんなことをしたのかは、ひとまず理解できたわ。

 そういう話を聞いた巫女たちが、あの子になんて言ったのかまではわからないけれど、でもあの子は最終的に王宮へ帰るという選択をした。
 それで盗品を返して謝罪して回って、巡礼の旅も引き受けるって言ったの。
 そうしないと巫女たちの元へは戻れないと感じたからみたい。
 巡礼の旅は、あの子にとっては贖罪の旅でもあったのね。
 それでも騎士や侍女たちはあの子が根を上げるんじゃないか、また逃亡するんじゃないかって危惧していた。
 前科があるものね。でも、あの子はちゃんと文句も言わずに旅を終えたわ。
 それで、巫女になったのよ。そうよ、あの神殿のね。

 巫女になるまでの道のりは大変のひとことじゃ済まなかったけれど、でも、あの子は巫女になったわ。
 あの子自身も巫女になれたことが信じられないみたいだった。
 なにかをやり遂げたのは巡礼の旅と、コレくらいだって、言っていたもの。
 学校でも落ちこぼれで、娼妓館も途中でやめちゃって、自分はなんにもできない人間だと思っていたって、あとで言っていたわね。
 稽古は巡礼の旅に同行してくれた騎士がつけてくれてたんだけれど、彼も決闘を見届けて、喜んでいたわねえ。感無量、って感じで。

 まあそういうわけで今日は気分がいいのよ。
 ……なあに、その顔。今日は気分がいいって言ったじゃない。
 だから、ホラ。二〇年モノのワインを買って来たのよ!

 え? 明日は槍が振る? ちょっと、さすがに失礼じゃない?!
 わたしだって、たまには差し入れくらいするわよ。
 ひとをケチみたいに言うんじゃないの!

 ……まあいいわ。さっそく開けちゃいましょう。
 乾杯は……もちろん、あの子の未来を願って、ね。
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